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QT延長症候群 | 遺伝性不整脈 | / |
下図は入院当日に記録された心電図である。
入院当日の心電図
A: 13時38分の記録。心室性期外収縮の4連発を認める。洞リズムのT波
の幅は広く、T波の頂点の近くに結節があり、U波とT波が融合を示す(T-U complex)る。B,C: 13時45分の連続記録。心室性期外収縮を引き金として
TdPが出現している。
心電図所見:
Aは入院時心電図(13時38分)である。第1心拍は心室性期外収縮と思われる。第3〜6心拍の4個の心拍は第1心拍とは起源を異にする異所性心室性心拍で、心室頻拍のshort
run と考えられる。
Bは、その7分後(13時45分)の記録で、B、Cは連続した記録である。Bの後半では心室波の振幅が漸次増大し、次いで漸次 振幅を減じ、以後 同様のリズムを繰り返している。やや非典型的であるが、このようなリズムを torsade de
pointes(トルサード・ド・ポアンツ)と呼び、心室頻拍の一型で、容易に心室細動に移行する危険度が高い不整脈(悪性不整脈、malignant
arrhythmia)である。
下図は、上図の8日後に記録された心電図である。
入院8日目の心電図 不整脈を認めない。QRS軸は左軸偏位傾向を示す。QTcは0.52秒と延長している。 V2-4のT波の頂点の近くに結節があり、増大したU波がT波と融合したためと思われる。 |
この心電図は心拍数 69/分の洞調律で不整脈を認めない。QRS軸は左軸偏位傾向を示す。ST低下やT波異常も認められない。QT間隔は0.48秒、QTc間隔は0.52秒(正常上界 0.425秒)と延長している。V2−4のT波の頂点の近くに結節があり、T波の分裂のように見えるが、増大したU波がT波と重なったものと思われる。
心電図診断:
(1) フェノチアジン系向精神薬による二次性QT延長症候群、
(2)
多形性心室性期外収縮多発、
(3) torsade de pointes
解説:フェノチアジン、三環系抗うつ薬などの向精神薬を投与した際にQTc間隔が延長し、torsade de pointes型心室頻拍が誘発され、突然死する例さえあることが広く知られている。三環系抗うつ薬の心電図に及ぼす影響は下表の如くである。
1 | 洞頻脈 | 8 | 心室性期外収縮 |
2 | PR間隔延長 | 9 | 上室頻拍 |
3 | QRS間隔延長 | 10 | 心房細動、心房粗動 |
4 | 心室内伝導障害 (脚ブロックなど) |
11 | 心室頻拍 |
5 | ST−T変化 | 12 | 心室細動 |
6 | U波出現 | 13 | 徐脈 |
7 | QT間隔延長 | 14 | 心停止 |
フェノチアジン系薬剤の心筋活動電位(イヌ)に及ぼす影響は硫酸キニジンに類似し、活動電位第3相を延長し、第2相には影響を与えない。本剤による最も早期の心電図変化はQT間隔延長、T波の幅の拡大およびT波の結節形成で、大量投与時には各誘導におけるT波の平低化、陰性化が認められる。U波はしばしば増大する。
下図に典型的な torsade de pointes の心電図を示す。torsade de pointes はフランス語で、torsade とは「撚り房(よりふさ)」、「(肩章の)モールの総(フサ)」という意味である。pointes は、pointe の複数形で、pointe は「針などの尖端」、「塔などの先端」という意味であるが、フランスの脳波研究者の間では、脳の活動電位のスパイク状電位 (spiky potentials, activite de pointes)を意味している。従って、torsade de pointes という言葉は、「spike状の波が捻れた房毛のように twist した波形」を意味する。
典型的なtorsade de pointes(Kirkler DM, Curry PVL: Brit. Heart J 38:117,1976) |
torsade de pointes の出現には、「long-short phenomenon 」と呼ばれる電気生理学的現象が関与している。下図はlong-short phenomenon の解説図である。
Long-short phenomenon 期外収縮の長い(long)休止期の後に正常収縮があり、これに続いて短い(short) 連結期で心室期外収縮が出現し、これが引き金となってTdPが出現している。 |
期外収縮後の長い(long) 休止期の後に正常収縮があり、これに続いて短い(short) 連結期で心室期外収縮が出現し、これが引き金となって torsade de pointes が出現している。一般に、拡張期が長いと、心室筋の不応期の長さが不均一になり、このような状況下に短い連結期で心室性期外収縮が起こるとリエントリーを生じ易く、心室性期外収縮の連発、心室頻拍、心室細動などの重篤な心室性不整脈を起こし易い。
下図は心筋興奮性の回復過程を示す。
心筋興奮性の回復曲線 (Bellet S:Clinical Disorders of the heart beat,Lea&Febiger,1963) |
心室筋に刺激が加わると脱分極が起こる。脱分極直後は、どのような強い刺激が加わっても反応しない(絶対不応期)。その後、心筋は徐々に興奮性を回復し、強い刺激には反応するが、弱い刺激には反応しない時期が続く(相対不応期)。しかし、相対不応期における心筋の反応性の回復は一様なスムースな過程をたどるわけではなく、T波の頂点の前後に一過性に興奮性が高まる時期があり、受攻期 (vulnerable period) と呼ばれている。この時期はT波の頂点の前後、あるいはT波の頂点に先行する 30msec の時期に相当し、興奮性回復曲線において凹みとして認められるため「dip現象」と呼ばれる。この時期に心室を刺激すると、心室頻拍、心室細動などを生じ易い。その理由は、この時期 (dip) には心筋線維はいろんな程度の再分極レベルにあり、この時期に刺激が加わると、振幅、持続、速度が異なる種々の活動電流を生じ、心室性不整脈の原因となるリエントリーを生じるに十分な心筋各部間の興奮の不均一性を生じるためと考えられる。
下表はtorsade de pointesの成因を示す。
一次性QT延長 症候群 |
遺伝子異常 | Romano-Ward症候群、 Jervell and Lange-Nielsen症候群 |
|
二次性QT延長 症候群 |
薬剤性 | 抗不整脈薬 (Ta,Tc,V) |
キニジン、ジソピラミド、プロカイナミド、 シベンゾリン、ピルメノール、アプリンジン、 フレカイニド、ベプリジル、プロパフェノン、 ソタロール、アミオダロン |
抗菌薬 | エリスロマイシン、スルフロキサシン、ST合剤 | ||
抗真菌薬 | ケトコナゾール、イトラコナゾール、ミコナゾール | ||
抗ヒスタミン薬 | アステミゾール、テルフェナジン | ||
抗潰瘍薬 | シメチジン、ラニチジン、ファモチジン | ||
消化運動改善薬 | シサプリド | ||
抗精神薬 | ハロペリドール、クロルプロマジン、イミプラミン、 アミトリプチン、ドキセピン |
||
高脂血症薬 | プロブコール | ||
抗癌薬 | ドキソルビシン | ||
電解質異常 | 低K血症、低Mg血症 | ||
徐脈 | 房室ブロック、洞不全症候群 | ||
栄養障害 | 神経性食思不振症 | ||
内分泌機能障害 | 甲状腺機能低下症 | ||
脳血管障害 | 頭蓋内出血、脳卒中、頭部外傷 | ||
心筋病変 | 心筋虚血(心筋梗塞)、心筋炎 | ||
(堀江 稔:二次性QT延長症候群と遺伝子異常. 医学のあゆみ 200(9):667-672,2002から改変引用) |
まとめ:
向精神薬により二次性QT延長を生じ、torsade de pointes 型心室頻拍→心室細動へと進展し、アダムス・ストークス症候群を惹起し、失神発作を繰り返した例を示した。向精神薬、抗不整脈薬の投与の際には、このような二次性QT延長症候群を生じ易いため注意を要する。