5.ラムダ波を示す心筋虚血例の心電図
(Kukula P et al: Kardiol Pol 66:873,2008)

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冠動脈攣縮性狭心症と虚血性J波

 Kukulaらは、急性心筋虚血時に いわゆるラムダ様波形のST上昇を示し、心室細動発作を繰り返して起こした急性心筋梗塞症ないし冠動脈攣縮性狭心症の3例について報告している
(Kukula P et al:Kardiol Pol 66:873,2008)。

 下表はこれらの3例のまとめである。

第1例:74歳、男性、急性冠症候群

 第1誘導, aVL, V4-6でST上昇を示す急性冠症候群で入院した例である。冠動脈造影で責任冠動脈は第1対角枝であった。入院4時間以内に7回の心室細動発作が出現した。アミオダロン静注は心室細動の出現防止に有効でなく,メトプロロール30mg静注が有効であった。下図に本例の心電図を示す。

 第1誘導, aVL, V5,6にいわゆるラムダ様ST上昇波形を認める。第2,3,aVF, V1,4はそのreciprocalな波形を示す。このST-T波形は通常見る心筋傷害時のST偏位の所見とは著しく異なっている。ことにV5,6のR波頂点の近くでは幅が
狭く、J波の頂点を定めることが出来る。その後はJ波はST部と融合し、緩徐に低下して基線に復している。

第2例:41歳、男性、冠動脈攣縮性狭心症(疑(疑)

 3回の心室細動発作があり、精査のため入院した例である。入院時心電図では、第1誘導、aVL,、V2-6にST上昇を認めた。しかし、冠動脈造影では有意狭窄を認めなかった。左室造影では、左室前側壁、心尖部前方の運動性不良、左室拡張終期圧上昇(66mmHg)を認めた。心エコー図では、駆出分画低下(45%), 左室前壁、心室中隔前部の低・無運動性を認めた。僧帽弁逆流(2/3度)。心筋酵素上昇(DCショックのためか?)。最大CK 407U/L, トロポニン1 最大値38.58ng/ml。

 下図は本例の心電図である。

 V4-6の心室群は奇妙な波形を示す。すなわち、QRS波終了後に
振幅が大きいJ波が立ち上がり、上昇したST部と融合して一体化し、
やや緩徐に下降して基線に復している。V6の第3心拍では、QRS波
とJ波の移行点を比較的明瞭に認めることが出来る。

 本例のV4-6のQRS波の後方の幅広い波は、通常は見かけない波形であるが、、このような波形は低体温、高K血症などの際の著明なJ波出現例で認められている。以下に低体温例および高K血症で著明なJ波を示した例の心電図を示す。

(参考例-1〕:著明なJ波を示した偶発性低体温例の心電図

体温<32度C。著明なJ波を全誘導に認める。
QT間隔延長、ST低下、平低T波、第1度房室
 ブロックを伴う。V2-6に著明なJ波を認める

(参考例-2〕:著明なJ波を示した高K血症の心電図

各誘導で、QRS波の後方に幅広い著明なJ波を
認める(Gussak I et al: J Electrocrdiol 33(4).
299,2000

第3例 83歳、男性、急性冠症候群 

 4回の心室細動発作を伴う急性冠症候群のため入院した。心エコー図では、左室駆出率は33%で、左室前壁中央部の心尖部よりと心室中隔前部がakineticになっていた。CK頂値は3567 IU/L, CK-MB頂値は666、トロポニン1は>30ng/mlであった。 冠動脈造影では、左冠動脈前下行枝近位部の亞完全閉塞を認め、stent留置を行った。

 下図は本例の入院時心電図である。

 第3例の入院時心電図。V2,3の心室群がいわゆるラムダ波の特徴
を示す。V4,5ではJ波はQRS波から分離し、上昇したST部と融合して
一体化している

 下図は第3例の入院時とPCI(冠動脈形成術)翌日の胸部誘導心電図を示す。入院時心電図ではV2-5誘導にラムダ波ないし著明なJ-ST融合を認めたが、PCI後の心電図ではこれらの所見が著明に改善している。

第3例の入院時とPCI翌日の胸部誘導心電図。PCI後には入院時に
認められたV2,3のラムダ様波形およびV4-6の著明なJ波が著しく
改善している。

 Kukulaらが報告したこれらの3例の虚血性心疾患の心電図を見ると、急性心筋虚血(心筋傷害)の際には、著明なJ波が出現し、これが上昇したST部と融合していわゆるラムダ様波形や著しいJ-ST融合波形を示す例があることは明らかである。しかし、これらの所見は、心筋傷害例の全てに認められるわけではなく、一部の例に限定して出現するようである。
 
 しかしながら、このような例では心室細動発作の頻発が認められる例が多く、臨床的には重要な所見であると思われる。このような所見がどのような人に出現するのか、その遺伝的背景の検証などは今後の課題である。

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