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急性心筋梗塞と虚血性J波 |
1.Brugada症候群と冠動脈攣縮性狭心症との合併
Brugada症候群がしばしば冠動脈攣縮性狭心症を合併することは広く知られている。NodaらはBrugada症候群症例でアセチルコリンないしエルゴメトリン(エルゴノビン)を冠動脈内に注入し、冠動脈攣縮が出現する頻度を調査し、下表のような成績を示している。
すなわち、アセチルコリンの冠動脈注入時には18.2%、エルゴメトリン注入時には4.5%に冠動脈攣縮が誘発された(これらの数字は何れも冠動脈枝数)。これらの薬剤の何れかにより冠動脈攣縮が出現した症例数は27例中3例(11.1%)であった。(野田崇;冠攣縮性狭心症.鎌倉史郎:Brugada症候群,Medical Reviiew社、東京,2009)
一般成人における冠動脈攣縮の出現率は明らかでないが, Hardingらは有意の冠動脈狭窄(内腔狭窄度≧50%)がなく、臨床的に冠動脈攣縮性狭心症がない3447例中4%で冠動脈攣縮を誘発出来たことを報告している。Brugada症候群での冠動脈攣縮の出現率は対照群よりも多いことを推論している。
他方 Chinushiらは、Brugada症候群の臨床例38例中5例(13.2%)に冠攣縮性狭心症を認めており、上記の野田の成績とほぼ一致した頻度を報告している。
Brugada症候群が冠攣縮を合併する頻度 |
アセチルコリンないしエルゴメトリン冠動脈内注入による 冠動脈攣縮誘発率は11.1%、Brugada症候群臨床例で 冠動脈攣縮性狭心症合併例の頻度は13.3%である。 |
Brugada症候群と冠動脈攣縮性狭心症との密接な関連性の背景には、両者が副交感神経緊張亢進状態で顕性化し易いことがある。Brugada症候群の急性心臓死は夜間睡眠中に好発することが広く知られている。また、冠動脈攣縮性狭心症も夜間睡眠中、早朝起床時などにその発作が出現し易い。
虚血性J波の報告例を見ると、冠動脈攣縮性狭心症の発作時に心筋虚血の出現と共にラムダ波あるいは顕著なJ波が出現した例が報告されている。冠動脈攣縮時に虚血性J波(著明なJ波増大)が出現する機序は明らかでないが、以下の2つのことが考えられる。
1)冠動脈攣縮はしばしば高度の冠動脈狭窄ないし完全血流途絶を起こし、一過性の強い心筋傷害を生じる。
2)右冠動脈の攣縮によりIto密度が高い右室流出路の虚血が起こる。
下壁梗塞単独の場合よりも、下壁梗塞に右室梗塞を合併した場合に死亡率が有意に高く、かつ心室細動、心室頻拍などの致死的心室性頻脈性不整脈の出現率もが有意に高いことが指摘されている。
私どもが経験した34歳の典型的な冠動脈攣縮性狭心症例で、非発作時の平常時の標準12誘導心電図では典型的なsaddle-back型Brugada心電図を示していた例で、夜間睡眠中に、本人は全く自覚していないが、ホルター心電図に多形性心室頻拍(ないし心室頻拍)が記録され、その不整脈発作の前後に著明なJ波が記録された例を経験したので、以下にその概略と心電図記録を示す。
第248例:
症例:34歳、男性
主訴:反復する前胸部痛
病歴:3週間前から起床後、午前7時頃に前胸部に締め付けられるような痛みを感じるようになった。痛みの持続は2〜3分であるが、5〜10分後に同様の痛みが再発し、そのような事を数回繰り返す。上記のような発作がほぼ毎日のように起こるので、近医を受診したところ、心電図を記録し、「正常心電図」と言われ、恐らく肋間神経痛であろうと言われ、漢方薬を処方されたが、全く効果がないため外来を受診した。
家族歴に急死例なく、既往歴に失神発作を認めない。
現症:血圧120/70mmHg。理学所見:正常。血液化学:血清脂質、尿酸、血糖など全て正常。
生活歴:アルコール(-)、喫煙30本/日(17歳から)。
下図は本例の安静時心電図である。
34歳、冠動脈攣縮性狭心症の非発作時心電図 V1にQRS波終了後にJ波を認め、ST部は上方凹の上昇波形を示し、 典型的なsaddle-back型Brugada心電図と診断される。失神病歴、 急死家族歴はない。 |
標準12誘導心電図記録ではsaddle-back型であったが、このような例では高位右側胸部誘導(通常記録の1〜2肋間上方でのV1-3対応誘導)での心電図を記録することが必要で、このような誘導での心電図記録に典型的なcoved型波形が記録される場合があるため、本例でもこのような付加的高位右側胸部誘導心電図を記録した。下図にその心電図記録を示す。しかし、心電図波形はsaddle-back型心電図波形を示すに止まった。
V1-3の標準記録(左端)、第3肋間(中央)および第2肋間(右端)での V1-3対応誘導心電図記録。高位右側胸部誘導記録においてもsaddle- back型を示した。 |
冠攣縮性狭心症が夜間にしばしば出現するため、発作確認の目的で、ホルター心電図を装着して帰宅させた。
早朝起床時の胸痛発作に対応して、ホルター心電図には下図に示すような著明なST上昇が記録されたた。
午前7時16分、患者の主訴に対応する胸痛が出現し、 ホルター心電図では下段の心電図に見るような著明な ST上昇とT波増高が記録された。 |
本人は、ホルター心電図装着中は何ら症状を自覚しなかったが、記録されたホルター心電図には極めて危険な多形性心室頻拍(ないし発作性心室細動)発作が記録されていた。下図にその心電図を示す。多形性心室頻拍開始前のAの心電図記録(最上段)において、QRS波直後の小さいドーム状の波(hump)は一見したところT波のような印象を与えるが、これをT波と考えると次の諸点が矛盾する。
1) ST間部の短縮が認められない。
2) QT間隔が短すぎる。
3) 波形がT波としては、通常のT波の波形と著しく異なっている。
従って、この波は顕性化したJ波(J-hunp)であると考えるのが最も妥当である。
ホルター心電図に記録された極めて危険な多形性心室頻拍/心室頻拍。 Aの心電図の第1,2,4,5心拍のQRS波直後の小さいdome上の波はT波 ではなく、J波である(虚血性J波)。従って、Aの心電図で第3,第6心拍の 心室性期外収縮は、J波の直後に出現しており、連結期が極めて短い 心室性期外収縮と考えられ、それをtriggerとして多形性心室頻拍(ないし 心室細動)が誘発されており、出現機序としていわゆるpjlase 2 reentry が考えられる。 |
下図は、多形性心室頻拍(ないし心室細動)が自然停止した時点の心電図記録である。この記録から、QRS波直後の波がT波でなく、J波であることが容易に理解される。記録の後尾の心電図波形で、Qと記したラインはQRS波開始時点、Teと記したラインはT波終末部で,Q-Te間隔はQT間隔に相当する。
このQT間隔を下図の頻拍停止後の第3心拍に重ねると、上の心電図ではQT間隔に一致するが、下方の心電図ではQRS波直後のハンプの後方にある低い陽性波の終末部に一致しており、この誘導のQRS波直後のハンプは顕性化して振幅と幅が増大したJ波であることが容易に理解される。
多形性心室頻拍(ないし心室細動)の自然停止時の心電図 最後から2つ目の心拍では上段の心電図波形からT波の終末部を 定め易い(QT間隔 0.38秒)。このQT間隔を頻拍停止後の第3心拍 に移すとQRS波直後のハンプはT波の終末部より大分早く終了して おり、このハンプがTなみでなく、J波であることが分かる。 |
本例は、冠動脈攣縮性狭心症例で、非発作時心電図はsaddle-back型Bugada心電図を示していた。ピルジカイニドなどの静注負荷試験は行っていないが、少なくとも高位右側胸部誘導心電図ではcoved型を記録することは出来なかった。
本例は夜間に無自覚性の多形性心室頻拍(ないし心室細動)発作を起こし、その発作の前後に著明なハンプ状のJ波を認めた興味深い「虚血性J波」の症例である。
なお、本例の非発作時心電図にはJ波は全く認めていない。
本例には下記の治療を行い、その後は狭心症発作は全く起こらなくなった。
1) 胸痛発作時にニトログリセリン錠の舌下使用、
2) ニコランジル 3錠(1錠中5mg) 1日3錠内服。
3) ニトログリセリンテープ 1枚(27mg),眠前1枚貼付
ホルター心電図で虚血性J波と多形性心室頻拍(ないし心室細動が記録された約1カ月後(11月16日)に徳島赤十字病院で冠動脈造影を行い、右冠動脈近位部に75%狭窄を認めたため、この部に対して方向性粥腫切除術(DCA)を実施すると共に、強力に禁煙を含めたライフスタイルの改善を指導し、し、順調に経過している。
なお、Brugada症候群におけるJ波(早期再分極波)の合併率については, Sarcozyら(2009)が280例のBrugada症候群でのJ波の出現率を調査し、下表のような成績を示している。
ERV分類 | 誘導部位 | 例数 | % | Brugada全例 中の頻度(%) |
側方早期再分極 | 第1,aVL | 12 | 37.5 | 4.3 |
下方早期再分極 | 第2,3,aVF | 18 | 56.3 | 6.4 |
下側方早期再分極 | 1,2,3,aVL,aVF | 2 | 6.3 | 0.7 |
全例 | 32 | 100 | 11.4 |
本例の非発作時心電図にはJ波は全く記録されていない。夜間に出現した冠攣縮性狭心症発作時に出現した多形性心室頻拍j(ないし心室細動)の発作出現前に出現し、発作停止後に急激に消失した。