第10例 左脚前枝ブロック、左室肥大、左室過負荷
第10例:
症例:15歳、男性
臨床診断:大動脈縮窄症
下図は本例の心電図である。

解説:
1.リズムは?:
正常洞調律です。
2.QRS軸は?(左軸偏位、正常軸、右軸偏位):
著明な左軸偏位を示しています。この「著明な」というところが重要です。第1誘導で陽性、第3誘導で陰性であれば左軸偏位と診断しますが、本例では、第2誘導QRS波形で、R波の振幅に比べてS波の振幅が著しく大きいのが特徴的です(S波の振幅がR波の振幅の2倍以上大きい)。この所見は「左脚前枝ブロック」の存在を示しています。(左脚前枝ブロックの診断基準:−45度以上の左軸偏位)
左脚前枝ブロックの存在は、左室の器質的障害があることを示す所見として臨床的に重要です。
3.本例には左室伝導障害があるか?
勿論あります。左脚前枝ブロックは左室伝導障害の1型です(左脚分枝ブロック)。いわゆる1枝ブロックです(monofascicular
block)。これは心室内伝導系は3本の筋束(fascicules)で構成されており(右脚、左脚前枝、左脚後枝)、これら3本が障害されたものが3枝ブロックで、完全房室ブロックにはこのような形で出現する例が多いと考えられています。
4.左室収縮期性負荷か、あるいは拡張期性負荷か?
左室誘導 (V5, 6)
ではQRS波が上向きであるのに、T波は下向きになっています。すなわち、QRS-Tベクトル夾角の拡大があり、左室の収縮期性負荷の表現です。
血行動態的心室負荷様式(心室肥大の収縮期性負荷と拡張期性負荷)の心電図所見、基礎疾患について、詳しく知りたい方が下記のマークをクリックして下さい.
5.前額面におけるQRS軸の方向は何度くらいか?
そのためには、まず肢誘導で どの誘導が移行帯波形(陽性波と陰性波との振幅がほぼ等しい波形)を示しているかを見ます。この心電図では、丁度移行帯波形を示している誘導はありません。強いて言えば、第2誘導が最も近いのですが、この誘導では陰性相が陽性相よりも大分大きく描かれています。
従って、本例の前面図におけるQRSベクトルは第2誘導の誘導軸(+60度)に対し垂直な方向(−30度)よりも大分上方に向かっていると考えられます。また、aVRで陰性ですから−60度よりも下方にあります。すなわち総合的に、−30度と−60度の間にあり、丁度−45度くらいにあると考えられ、左脚前枝ブロックの診断基準を満たしています。
標準12誘導心電図の各誘導の誘導軸の意義および心起電力ベクトルの方向と標準肢誘導心電図波形との関係については、下のマークをクリックして下さい。
6.前額面におけるT軸の方向は何度くらいか?
肢誘導のT波の移行帯波形(陽性波と陰性波との振幅が等しい波形)は第2誘導に見られます。従って本例における前面図Tベクトルの方向は−30度です。
7.前額面におけるQRS-Tベクトル夾角は何度くらいか?
上の5)と6)から、QRSベクトルが−45度、Tベクトルが−30度ですから、前面図におけるQRS-Tベクトル夾角は15度となり、前面図ではあまりQRS-Tベクトル夾角は拡大していません。
8.胸部誘導におけるQRS波の移行帯はどの誘導に認められるか?
胸部誘導におけるQRS波の移行帯はV4とV5の間にあると考えられます。
9.胸部誘導におけるT波の移行帯はどの誘導に認められるか?
胸部誘導におけるT波の移行帯は、V5に認められます。
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1) 本例は、著明な左軸偏位を示しており、前面図QRS軸は−45度を超えているため、左脚前枝ブロックと診断されます(第2誘導でS波がR波の2倍以上ある)。
2) R1+S3≧20mmの左室肥大診断基準を満たすために左室肥大があります(本例では23mm)。
一般に左室肥大は、次の2基準の内、何れか1項目を満たせば左室肥大があると診断します。
(1) RV5(6)+SV1≧40mm(30歳以下の男性では50mm)
(2)R1+S3≧20mm
3) V5, 6でST低下、陰性T波(ないし−/+型の二相性T波)を示しているため、冠不全(ないし左室過負荷)があります。
4) 左室側誘導で、R波が陽性の誘導でT波が陰性であり(QRS-Tベクトル夾角拡大)、初期QRSベクトルが小さい(RV1が低く、V5, 6にq波がない)ため、左室収縮期性負荷が考えられます。
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