第1126例 頻脈依存性左脚ブロック例に見られたcardiac memory (Rosenbaum)

目次へ  第1127例へ 

 今回は下記の文献例の紹介です。皆様方が日常臨床心電図に接する際に、このような症例のことを心の一隅にとどめておくと、思いがけず非常に参考
になる場合があると思い、ここにご紹介します。
 Rosenbaum MB et al:Am. J Cardiol 1982;50(2):213-222
-----------------------------------------------------------
第1126例
症例;46歳、女性
 器質的基礎心疾患がない46歳、女性の心電図を下図-1に示す。本例に刺激頻度100/分の心房ペーシングを行った際の心電図を下図-2に示す。96時間に及ぶ心房ペーシング後に、ペーシングを中止した時点で記録した心電図を下図-3に示す。この下図-3の心電図では、正常時の心電図(下図-1)に比べて、V1-3の深い陰性T波とV4のT波の扁平化が認められる。この心房ペーシング後(心拍増加後)のST-T変化をどのように考えるべきか??皆様方のお考えは?

 器質的基礎疾患がない46歳、女性の正常洞調律時(心拍数:65/分)の心電図

 刺激頻度100/分の心房ペーシング中に記録された心電図(頻脈依存性左脚ブロック)

 96時間に及ぶ持続的心房ペーシング後に、ペーシングを中止した時点で記録した心電図(心拍数72/分)

解説
  下図は器質的基礎心疾患がない46歳女性における心拍数65/分の際の標準12誘導心電図です。この心電図ではST部およびT波に何ら異常所見を認めません。

 本例は頻脈になると完全左脚ブロックが出現する頻脈依存性左脚ブロック例で、その左脚ブロック波形を起こさせるために刺激頻度100/分の心房ペーシングを行っています。その際に記録した心電図を下図上段、ペーシング中止により洞調律に復した際の心電図を下図下段に示します。

 上図-1のペーシング前の心電図と上図-2の下段のペーシング中止後の心電図は、本来は同一波形を示すことが期待されます。しかし、両者を比べますと、ペーシング中止後の心電図ではV1-3 のST上昇と陰性T波が出現しています。後者のST-T波形の変化は、何らかの心筋障害ないしは右室負荷増大などの病的所見を表現していると考えるべきでしょうか?

 この所見は、最近の考えではいわゆる心臓メモリー(cardiac memory)の表現であると考えられます。今まで正常房室伝導を示していた例が、頻脈依存性左脚ブロックを起こして、脱分極過程が変化しますと、それに伴って再分極過程も変化し、心臓の部位により、再分極に必要な時間が変化して(再分極時間が延長して)、洞調律時とは異なった再分極過程を示し、心室gradientが変化してST-T波の異常を起こしたとの解釈です。

 この図2の上段の左脚ブロック時の心電と下段の正常心室内伝導に復した際の心電図を比べますと、両者間に奇妙な一定の関連があることをRosenbaumらは指摘しています。すなわち、正常伝導回復後のT波の方向(cardiac memoryによるT波の方向)は、その原因となった頻脈依存性左脚ブロック時のQRS波の方向と一致しています。

  下図(図3)は、明らかな基礎的心疾患がない正常冠動脈造影所見を示す間欠的左脚ブロック例の完全左脚ブロック時(左図)及び正常伝導時(右図)の心電図です。

 上図の正常伝導に復帰した際の心電図では、V1-4のT波が陰性(下向き)です。興味深いことは,完全左脚ブロック時の心電図ではV1-3(4)でQRS波が下向きに描かれていますので、正常伝導時の心電図のT波の方向は,左脚ブロック時のQRS波の方向と一致しています。

  この正常伝導時のT波の方向が,左脚ブロック時のQRS波の方向と同一方向に向かう両者の相互関係は下図に示すベクトル心電図を見ると一層明確に把握できます。上段は完全左脚ブロック時、下段は正常伝導に復帰した際のベクトル心電図です。の添付file-4のベクトル心電図では、正常伝導復帰後のTベクトルの方向(cardiacmemoryによるT波の方向)は、その原因となった頻脈依存性左脚ブロック時のQRSベクトルの方向と一致しています。すなわち、cardiac メモリーにおけるT波の方向は,その原因となった完全左脚ブロック時のQRSベクトルの方向と極めて密接な関連があることが分かります。

  下図のグラフは図1に示す例において、ペーシング開始時点からページング持続中およびそのペーシング終了時点までのT波の極性および振幅の変化の経時変化を示します(横軸は時間)。ST-T波形はは、ペーシング開始の最初の24時間以内に急速に変化していますが、以後の変化は極めて緩徐です。

 下図は図1の例に対応したペーシング中止後のT波の正常化に至る経時的経過を示します。ペーシングによるT波の変化の出現に比べて、T波変化の退縮はほぼ一定速度で正常化していることが分かります。

 下図は右室流出路を20/分の頻度で45時間20分に渡って刺激した例におけるT波の変化の出現とその退縮の経時的経過を示します。ペーシング後のT波変化(陰性T波の出現)は比較的急速に発現していますが,その退縮経過は緩慢で,40日間の長期間を要してペーシング前の状態に復しています。

 このように心室興奮様式(脚ブロックなどの脱分極異常)が変化した際には,心室筋にリモデリングが起こり、それにより生じる電気緊張性変化が脱分極異常をおこす原因が除去された後においてもなお残存した状態が心臓メモリーと呼ばれる状態ではないかと考えられます。

この頁の最初へ