第1127例 移動性ペースメーカー、左室肥大・負荷

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 症例:91歳、女性
 今回は心電図のみの提示です。外来担当医はこの心電図に対して「正常心電図」と診断し、自動診断は「心房調律」と診断しています。これらの診断は妥当でしょうか? 皆様方の診断は?
 

標準肢誘導

標準12誘導

解説
 下図は標準肢誘導の連続記録の解説図です。第2誘導の第3-6心拍のP波は陰性ですが、第1,2心拍のP波は陽性です。つまりペースメーカー移動(wandedring pacemaker)が認められます。第5,6心拍のP波は第2,3誘導共に陰性ですから房室接合部への移動が認められます。他方、第1,2心拍のP波は第2誘導では陽性ですからペースメーカーは洞結節内にあります。すなわち洞結節から房室結節へのペースメーカー移動があります。

 下図は標準12誘導心電図の解説図です。この心電図で注意するべき所見は以下の2所見です。
 1) V1のP波の二相化と陰性相の幅と深さの増大(左房負荷)
 2) SV3+RaVL=20mm これは左室肥大のCornell voltage基準です。診断基準の原値は24mmですが、この値を用いると日本人女性では陽性率が著しく低くなりますので、日本人女性正常例の正常上界95-98パーセンタイル値を診断基準値として用いるように改変し、私は女性では≧16mm、男性では≧23mmという診断基準値を用いています。

 Cornell voltageの日本人における診断基準値は未だ確定されていませんが、私は上記の診断基準値を用いて、日常臨床で大きい過ちがなく使用でき、妥当な基準値であるとして使用しています。下表にCornell voltageおよびCornell productの左室肥大診断のためのCornell 基準原値と私の日本人に用いる補正基準値を示します。本例ではこの補正診断基準値陽性であるため、左室肥大ありと診断されます。

 本例では左房負荷所見もありますが、これは左室肥大があるために,左室壁心筋のコンプライアンスが低下し(コンプライアンス=伸展性)、そのために左房から左室への血液流入の抵抗が増大し、左房負荷が増大したために生じた所見です。

 以上から本例の心電図診断は下記の如くなります。
 1) wandering pacemaker from sinus node to AV junctional tissue (洞結節から房室接合部への移動性ペースメーカー)
 2) 左室肥大(Cornell voltage基準陽性)
 3) 左房負荷(V1のP terminal force増大、左室コンプライアンス低下)

 本例では臨床情報の記載がありませんので、推測に留まりますが、左室肥大と左房負荷があることから、何らかの左室負荷疾患の存在が考えられ,そのような基礎疾患としては高血圧の存在が最も強く考えられます。

  Frohlichによると、下図に示す経過で高血圧性心不全が進展しますから、心電図上で認める左房負荷所見は、高血圧性心不全の最も早期の所見であると考えられ、臨床上、この所見に注意することが必要であることを指摘しています。

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