第1118例 WPW型心電図、Brugada心電図(saddle-back型)及び早期再分極の合併例

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第1118例
症例:54歳、男性
臨床的事項:高血圧のため近医を受診した際に心電図を記録し,異常を認めたために大学病院に紹介された。本人に現在、循環器学的愁訴は全くない。理学的所見に異常はない。血圧140/80mmHg, 血液化学検査には特に異常を認めない。この心電図の診断は?

解説
 下図に本例の解説図を示します。この心電図には3つの大切な所見があります。
  1) WPW型心電図
  2) coved型Brugada心電図
 3) 前方早期再分極
 皆様方は、これらの内、いくつの所見に気付かれましたか?以下これらについて順次解説します。

 1) WPW型心電図
 この心電図がWPW型心電図であることは、このML参加者の方々であれば、全ての人が正しく診断されたことと思います。WPW型心電図を示している場合は,
その心電図からは心室肥大、脚ブロック、冠不全、心筋梗塞の診断を下すことができません。本例には頻脈発作の病歴がありませんから、副伝導路のカテーテル焼灼などの積極的治療を必要としませんが、一応, 副伝導路が心臓内のどの部位にあるかを診断することは興味深いことであると思います。

 WPW型心電図の分類として最も古くから広く用いられているのはRosenbaum分類です(下図2)。RosenbaumはV1のQRS波形が大きい陽性波を示す場合をA型、大きい陰性波を示す場合をB型と分類し、前者では早期興奮部(すなわち副伝導路の左室連結部)は左室後基部にあり、V1のQRS波形が大きい陰性波を示す場合をB型とし、このような例では早期興奮部は右室前側壁基部にあるとしました。

 しかし、時にV1のQRS波形がQS型ないしQr型を示し、Rosenbaum分類では分類できない例があるため、上田らはこのような波形を示す例をC型とし、この場合の心室早期興奮部は左室、右室の何れの場合もあり得るとしました。下図2にRosenbaum分類および上田分類の各型の代表的心電図波形を例示します。

 その後、心臓電気生理学的検査法の進歩・普及、外科的副伝導路切断術、更に副伝導路のカテーテル電気焼灼法の普及などにより、WPW症候群各例での
心臓電気生理学的特性が明らかにされ、標準12誘導心電図所見との対応についても一層解明されてきました。 私は日常臨床では、Gallagherらが発表した方法(添付file-3,4)を用いて標準誘導心電図所見のデルタ波の極性に基づいて副伝導路の位置を推定する方法を用いています。この方法では、まず添付file-3に示すような表を準備します。

 各誘導毎にデルタ波の極性が陽性、陰性、二相性の何れであるかを判断して,下表に示すように当該部分に丸を付け,最終的には丸の数が最も多い列の左端の数字を求め, この数字に該当する部位を下方の図から求め、その部に副伝導路があると判断します。この説明は多少回りくどくて分かり難いため, 本例の心電図について、Gallagherらの方法を用いて具体的にどのようにして副伝導路の位置推定を行うかを説明します。

 まず下表に示すように, 各誘導についてデルタ波の極性(QRS波初期40msecにおける平均的極性)が上向き(+),下向き(-)、あるいは二相性(diphasic)ないし平坦(isoelectric)(±)であるかを判定し, 該当所見に○を付け、○の総計が多い左端の数字を求めます。本例では、○の数が最も多いのは左端の数字5ですから、下図に示す房室便輪レベルでの心臓横断面上に記入した数字の5に該当する位置(右後傍中隔部)に副伝導路があると推定します。

 本例の心電図の第2の重要な所見はV1-3の心室群波形です。あるいは、多彩なWPW型波形に幻惑されて、この所見を見落とされた方も多いのではないかと思います。このV1,2の心室群波形は正に典型的なsaddle-back型Brugada心電図です。すなわち、QRS波終末部に著明なJ波があり(V1で4mm),上方凹の3mm に及ぶ著明なST上昇を示して陽性T波に移行しており、典型的なsaddle-back型Brugada心電図波形を示しています。

  本例の病歴には失神発作、不整脈発作などもなく、無症候性Brugada症候群に属します。本例では1-2肋間上方でのV1-3対応誘導(付加的高位右側胸部誘導)の心電図記録が行われていませんが、このような誘導での単極胸部誘導心電図を記録すると、あるいはcoved型波形が記録されていたかも分からないような著明なsaddle-back型Brugada心電図波形を示しています。

 ここに示す第1118例はsaddle-back型ですが、他にも同様のWPW+Brugada(saddle-back型)心電図例を経験しています。しかし両者の間に特別の因果関係はなく 偶然の合併例と考えられます。

 文献ではWPW症候群とcoved型Brugada心電図波形を示す例の報告も認められます(下図)。Bodegasら(2002)は32歳、男性で、2年間に3回の頻脈発作を起こした例で、V1,2にcoved型Brugada心電図波形を認めた例の心電図を報告しています。この心電図はその後、1年間同様の所見が持続していました。なお本例には失神病歴、急死家族歴はありません。

  本例で心臓電気生理学的検査を実施し,正方向性房室リエントリー性頻拍を誘発した際、右室後基部に前方向への潜在性伝導を示す副伝導路を認め, この部の焼灼により、以後の頻脈発作の停止に成功しています。この焼灼の6ヵ月後に再び心臓電気生理学的検査を行い、右室心尖部の2連発早期電気刺激により心室細動が誘導されたためICD植え込みを行っています。すなわち、本例は潜在性WPW症候群に合併したBrugada症候群症例です。


 顕性WPW症候群とBrugada症候群との合併例については, 2013年にJaiswalらが最初の報告しています。この報告例の心電図を下図に示します。Ⅰ, aVL, V5,6に明らかなデルタ波がありV1が多相性波形を示すことから右室後中隔基部に副伝導路を持つWPW症候群と診断されます。この心電図で注目するべき所見は,同時にV1,2でJ点が著明に上昇し,ST部の起始部は高い位置から斜めに下降して陰性T波に移行しており、coved型Brugada心電図波形を示している点です。

 本例は頻脈発作があったため、心臓電気生理学的検査を行い,副伝導路を通る頻脈性心房細動および正方向性房室リエントリー性頻拍発作を誘発でき, 右後中隔部に再早期興奮部を認め,その電気的焼灼を実施しています。以後、WPW型心電図は認めなくなりましたが、Brugada型心電図は持続的に存続していました(添付file-10)。その後、再び心臓電気生理学的検査を行い、右室流出路の3連発までの期外電気刺激で心室細動が誘発されました。翌日に行った心電図検査ではWPW型心電図は正常化していましたが、Brugada型心電図はなおsaddle-back型を示していたため、患者に病況を詳しく説明し、同意を得てICD植え込みを実施しています。

  今回私が提示した第1118例は、顕性WPW型心電図にsaddle-back型Brugada心電図が合併した例です。後者の所見は極めて典型的で,あるいは付加的高位右側胸部誘導心電図を記録すればcoved型波形が得られたかも分かりません。この例はBrugadaらの最初の本症候群についての記載(1902)よりも随分以前の経験例ですから、そのような検査は行っていません。

 しかし、私の古い心電図fileにsaddle-back型Brugada心電図とWPW型心電図との併存例は2-3例見つかっており、それほど希な所見ではないのではないかと思われます。Brugada型心電図とWPW型心電図の合併は単に偶発的な事象であり、あまりそのこと事態に臨床的意義はないと考えられます。しかし、WPW型心電図の多彩な心電図所見に惑わされて、Brugada型心電図所見を見逃す危険があると危惧されます。このような合併の可能性があり得ることを、WPW型心電図を見た際には思い起こしてV1-3のST上昇所見の有無について常に考慮することが必要です。

 本例が示す第3の特徴的異常所見はV2-4における著明なJ波です。これは左室前壁の早期再分極の表現です。この所見は、WPW症候群の合併よりも臨床的意義が大きいと考えられます。機会を改めてWPW型心電図と早期再分極所見(J波合併所見)について詳しくく紹介したいと思います。

 むしろ、ここに紹介したWPW症候群とBrugada型心電図との合併例で、臨床上問題となる点は,これらの2例共に心臓電気生理学的検査の際に右室心尖部ないし流出路の期外刺激を与えた際に心室細動が誘発されたためにICDが植え込まれたことです。

 WPW症候群は, 副伝導路のカテーテル焼灼により一応治癒したと見なされますが、追加的処置として、その後にICDが植え込まれており、果たしてICD植え込みが妥当な処置であったかどうかについては強い疑義があります。Brugada症候群におけるEPSでの心室細動誘発によるICD植え込み判断の妥当性が強く疑われ、その代わりに少量キニジン内服治療の有用性が検討されていることを申し添えたいと思います。

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