第1119例 WPW型心電図、早期再分極合併例
(WPW症候群、下方早期再分極合併例で失神を起こした例)

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第1119例
症例:55歳、男性
主訴:動悸
病歴:特記するべき症状は無い。月に1度程度、風呂に入る際に短時間動悸を感じるが、すぐ自然停止する。その他に心疾患の病歴は無い。
現症:身長160cm, 体重44.5kg, BMI=17.4、理学的所見正常、尿:正常、血液化学検査結果に著変を認めない。
胸部X線写真:正常。下図は本例の心電図である。この心電図の診断は?

解説
 下図に本例の心電図の解説図を示します。基本リズムは心拍数63/分の正常洞調律で、QRS軸は正常軸です。Ⅱ、Ⅲ,aVF、V2-6に明らかなデルタ波があり、WPW型心電図に特徴的な所見を示しています。第1118例で詳しく紹介したGallagherらのデルタ波極性に基づく副伝導路の位置推定では、本例の副伝導路の位置は左室前傍中隔部と推定されます。

 この心電図の第2の注目点はV2-5のJ波で、前方早期再分極が合併しています。前回の症例(第1118例)は、WPW型心電図、saddle-back型Brugada症候群に早期再分極(J波)を伴った3者合併例で、前2者の所見についてくわしく解説し、WPW+早期再分極(J波)の所見の意義については説明を省略しました。今回はこの問題を詳しく説明したいと思います。

 J波は正常例ないし一般成人にもしばしば認められる所見で、その頻度は報告者により異なりますが3.3-12.9%と報告されており、病的意義がない場合が多いことも知られています。しかし、J波は原因不明の心臓突然死の原因である特発性心室細動の重要な基質であることが指摘されており、Brugada症候群においても、J波合併Brugada症候群は非合併例に比べて予後が悪いことが指摘されています。

 ことに第2, 3, aVFなどの下方誘導にJ波を認める場合(下方早期再分極)は、特発性心室細動との関連が指摘されています。WPW症候群では、副伝導路(Kent束)を介して一部心筋(心基部)の早期興奮が起こりますが、この部分の心筋は他の部位の心筋よりも早期に再分極が始まることは自明の理であり、WPW症候群では早期再分極所見を多く認めることが予想されます。

 またWPW症候群では、心室内興奮伝搬過程が、正常房室伝動時に比べて著しく変化しますから、正常興奮伝導時には下方早期再分極所見(危険な不整脈を起こす可能性がある)を認めるべき例で、WPW型心電図所見を示す例では、J波が隠蔽(mask)されされる場合が起こり得ます。従って本例の解説の機会にWPW型心電図と心室早期再分極(J波)との合併の問題について主として文献的考察を行いたいと思います。

 WPW症候群と早期再分極との合併については、Yagiharaららの詳細な研究があります(J Electrocardiol 1012;45:36-42)。まずこの研究結果を紹介します。Yagiharaらは、WPW症候群120例と対照群1,936例について、全体的および各誘導別に見たJ波出現率を比較し、下表に示す成績を示しています。すなわち、J波出現例はWPW症候群では120例中63例(52.5%)、対照群では1,936例中223例(11.5%)で、WPW症候群で有意に高率にJ波を認めています。J波を認める誘導部位については、WPW症候群では下方誘導に49.2%の高率にJ波を認めますが、対照群では5.9%と低率でした。

 これらのW`PW症候群例は、何れも副伝導路のカテーテルablationの目的で入院した例で、ablationによる副伝導路の遮断前後のJ波出現率について検討し、下表に示すような結果を示しています。すなわち、
 1) WPW型波形を示している時だけにJ波を認めた例は22例(18.3%)であった。
 2 )副伝導路切断後のみにJ波を認めた例は19例(15.8%)であった。
 3) J波がablation前後で変化しなかった例が22例(18.3%)であった。
 4) WPW症候群全体としてのJ波出現率は120例中63例(52.4%)であった。

 これらの内、2)は心房細動発作を起こした病歴を持つ例が多く、かつ心室の有効不応期が短い例が有意に多いとの結果を得ており、注意を要します。この2)の状態はmaskingと呼ばれ, 3)の状況はunmaskingと呼ばれます。

  下図は副伝導路遮断前後の心電図です。焼灼前心電図(左図)では、デルタ波が明らかで、QRS波の変形と陰性T波を認めますが、右図の副伝導路焼灼成功後の心電図では、デルタ波の消失、QRS間隔短縮を認めます。

 下図は副伝導路のablation前後のV5,6誘導心電図の拡大図です。左図はablation前,右図はablation治療成功後の心電図で、後者では前者で認められたデルタ波および著明なJ波が同時に正常化しています

 下表は、Yagiharaらが120例のWPW症候群についてJ波がある群(63例)と無い群(57例)における心房細動病歴の有無および心室有効不応期を比較した成績を示します。J波(+)群ではJ波(-)群に比べて、心房細動発作の病歴を持つ例が多く、また右室の有効不応期がより短いとの成績でした。これらは何れもJ波(+)群では(-)群に比べて,不整脈を起こし易いことを示しています。

 下表は、Mizukamiら(2011)が副伝導路ablation前後におけるJ波の有無により4群に分けた際の各群の頻度を示します。具体的に説明しますと,ablation前にJ波があった例で, ablation後にもJ波を認めた例が28例あり、これは全例の25.2%に相当するといった具合です。この表をまとめますと、ablaion前のJ波出現率は43.2%ですが、ablation後には32.4%に減少したとの研究成績です。

 下表もMizumakiらの研究成績です。上の表は副伝導路のablation前後におけるJ波の振幅と幅の平均値とその比較結果を示しています。ablation後には、J波の振幅及び幅が有意に減少しています。下の表は,側方(Ⅰ,aVL),下方(Ⅱ,Ⅲ,aVF),前方(V1,2; V3,4)および前側方(V5,6)早期再分極の、ablation前後におけるJ波の頻度を示します。前方早期再分極の頻度は何れもablation後には減少していますが、下方早期再分極は不変ないし軽度に増加しています。しかし、その臨床的意義は明らかでありません。

 下図は、Mizumakiらが示した39歳、男性、左前側方Kent束を持つWPW症候群症例でのカテーテル焼灼術実施前後の心電図経過です。治療前(左端)には第2,3,aVF V1-5の広汎な誘導にJ波を認めますが、焼灼治療成功の1週後には下方早期再分極所見は消失し、J波はV2-5の前方早期再分極所見を残すのみになっています。更に焼灼術2ヵ月後には前方早期再分極所見の出現誘導範囲が少し減少しています。

 WPW症候群が示す頻拍発作のほとんどはnarrow QRS tachycardiaで、心房→房室結節→心室→Kent束→心房の経路での興奮旋回を示し、orthodromic A-V reentrant tachycardia(正方向性房室リエントリー性頻拍)と呼ばれています。このようなWPW症候群に伴うnarrow QRStachycardiaに対して、現在でもなお発作性上室頻拍(あるいは単に上室頻拍、supraventricukar tachycardia)と診断する人もいますが、これは明らかな誤りです。循環器専門医の中にも,このような診断をする人々が少なからずいます。

 これを(発作性)上室頻拍(supraventricular tachycardia)と診断することが不適切である理由は、WPW症候群における正方向性房室リエントリー性頻拍では, 興奮線回路の一部に心室を含んでおり、決して上室性のみではないためです。正しく房室リエントリー性頻拍と診断することが大切です。

 WPW症候群は一般的には予後が良い疾患であると考えられていますが、中には頻脈性心房細動を伴い, 急死する例も希でありません。これは副伝導路組織は一般心筋であるために、不応期が短く,頻数の心房細動波を心室に伝え、心室内に不規則な不応期を作り,興奮持続時間の著明なばらつきを生じ、心室内各部で多くの不規則なリエントリーを生じ、これが心室細動に進展します。WPW症候群の際に,心室細動に進展する前兆となる頻脈性心房細動の心室群は,心房→心室への伝導に副伝導路を用いるためにQRS間隔が広く,偽心室頻拍とも呼ばれています。

 Takahashiらは、WPW症候群の際の心室細動(心停止)の原因として、頻脈性心房細動に起因するantidromic tachycardiaではなく、下方早期再分極の関与による特発性心室細動と考えられる興味深い例を示しています。患者は39歳、男性で、深夜に入浴後、居室のソファでくつろいでいた状態で突然失神し,駆けつけた救急隊員により心室細動が確認されました。下図は本例の一連の心電図経過を示します。


A図
は今回の心室細動発作の1年前に記録された心電図です。第1,2,aL,aVF,V1-6にデルタ波がありA型WPW心電図の特徴を示しています。またこの心電図ではV3-5にJ波が明らかに認められます。B図は本例に記録された典型的な正方向性房室リエントリー性頻拍発作(orthodromic reentrant tachycardia)の心電図です。

 本例では, 2年前に数分間続く最初の失神発作があり、その翌年、WPW症候群と診断されています。その後の経過観察で本例は間欠的WPW症候群と診断され、その間に房室リエントリー性頻拍発作が心電図で確認されています。

 心室細動発作の1月後に心臓電気生理学的検査(EPS) を実施し、後僧帽弁輪部に副伝導路を認めましたが、心房刺激を繰り返して行っていますが、この伝導路を通る心室早期興奮は全く認めることができず、副伝導路の前方伝導の不応期を定めることはできませんでしたが、逆方向性伝導の不応期は340 msecでした。また右室心尖部および右室流出路の電気刺激で心室細動を誘発できませんでした。
 TakahasiらはBrugada 症候群の可能性についても考え、Naチャネル遮断薬静注負荷を行っていますが、Brugada型心電図は誘発されていません。

 C図の心電図は副伝導路のカテーテル焼灼の6ヵ月後の心電図です。この心電図のⅡ,Ⅲ,aVF誘導心電図の拡大図をD図に示します、この図では第2,3,aVFに明らかなJ波を認めています。

 これらの一連の検査成績からTakahashiらは、本例に見られた失神発作(心室細動)の原因は、頻脈性心房発作に関連して生じた偽心室頻拍ではなく、WPW型心電図の際には隠蔽されていた下方早期再分極が心室細動の原因であると推論しています。しかもこのJ波は、WPW型心電図の際には隠蔽され、副伝導路遮断術後に顕性化している点で興味深く、WPW症候群による心室細動出現ないし急性心臓死にはこのような機序があることについて注意を喚起しています。WPW型心電図を示す例では、このようにJ波が隠蔽されている場合もあることに留意する必要があると考えられます。

以上
森 博愛
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引用文献
1)  Mizumaki K et al:Early repolarization in Wolff-Parkinson-White syndrome: prevelence and clinical significance. Europace 2011;13;
1195-1200
2) Yagihara N et al:The prevalence of early repolarization in  Wolff-Parkinson-White syndrome with a special reference to J wave and the effets of catheter ablation. J Electrocardiol 1012:45:36-42
3) Takahashi N et al:Wolff-Parkinson-White syndrome concomitantwith idiopathic ventricular fibrillation associated with  inferior early repolaryzation.Int Med 2012; 51:1861-1864