第1111例 軽度ST低下、陰性/二相性U波の見落とし例

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症例:50歳、男性
臨床的事項:本例は健診例で,循環器学的愁訴はない。BMI 28.6,血圧126/78mmHg, LDLコレステロール 154gm/dl, 中性脂肪249mg/dl。下図は検診時に記録した心電図である。健診施設担当医は此の心電図に対して「正常心電図」と診断している。この診断は妥当であるか?皆様方の診断は?
 

解説
 この心電図は,日常診療でしばしば見るごくありふれた心電図です。特に学問的に意義がある心電図ではありません。しかし、このような心電図を正しく診断する能力を身につけておくことが、心電図を臨床で使用する者にとって最も大切なことなのです。

 私は大学退官後、知人からの依頼で徳島市役所の産業医を長期間していました。その際,まず最初に気がついたのは,徳島市が人間ドック健診を委嘱している諸施設の診断担当医の方々の心電図診断の中に不適切な診断する方がかなり多く認められることでした。これらの施設の担当医の方々の臨床知識の水準が特に低いと言うことではなく、むしろ少なくとも徳島県の平均的水準よりは高い方々ではないかと思われます。しかし、これまで臨床心電学についてきちんとした指導を受けてこなかったため、自己流の狭い知識の範囲にとどまり、また若干の疑問を抱いても指導を受ける適当な人が近辺に存在しないために、自分のせまい知識の範囲内に安住して過ごしてこられたのではないかと思いました。 しかし、人間ドックといえども, 正しい診断を行うことは基本的なことで、受診者は担当医の診断に全幅の信頼を寄せているわけですから、その期待を裏切るような診断をしてはいけません。

 少し前置きが長くなりましたので、本題に帰ります。この心電図は,肥満、脂質異常症がある50歳男性の心電図で、健診施設担当は「正常心電図」と診断しています。下図にこの心電図の解説図を示します。心拍数71/分の正常洞調律で、QRS軸は正常軸です。最も顕著な所見はV4-6(ことにV5)に明らかなST低下があり、かつこれらの諸誘導ではU波が-/+型の二相性U波を示す所見です。また第2誘導、V6でT波が低い所見も認められます。

 下図に正常例と本例のV4,5の拡大図を示します。本例では、正常例に比べて、ST低下(下降性ST低下)および-/+型二相性U波などの所見が認められます。

 以上から,この心電図は正常心電図ではなく、左室負荷心電図と診断するべきであると思います。
 心電図診断:左室負荷

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