第1112例 原発性肺高血圧症による右室収縮期性負荷(右室肥大)

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症例:15 歳、女性
主訴:心電図異常
前病歴:5歳時に溶血性連鎖状球菌感染症に罹患
病歴:小学校時代から運動が苦手であったが、中学時代から運動時に息切れを人より強く感じるようになった。しかし体育は通常のように行ってきた。
現在でも二階への階段昇降の程度では途中で休む必要はない。300m程度の疾走も可能である。昨年、高校の検診時に記録した心電図に異常を指摘され,精査のために大学病院を紹介された。
診察所見:心基部第2音亢進、肺動脈領域:駆出性収縮期性雑音+、三尖弁領域に2度の拡張規制雑音+。血圧100/70mmHlg, 脈拍50/分、整。不全症状なし。
 尿:正常、血液:赤血球429万,白血球5800、Hb 11.9g/dl
 胸部X線写真:心胸郭比55% 、左第2弓軽度凸出。
  下図は本例の心電図である。本例の心電図所見および心電図診断は?また、基礎疾患としてはどのような疾患が最も考えやすいか?

解説
 下図に本例の心電図の解説図を示します。基本リズムは洞リズムで、QRS軸は正常軸ですが、右軸偏位傾向を示しています。P波には異常所見を認めません。この心電図の最も特徴的所見はV1-3などの右側胸部誘導におけるR波振幅の増大です。他方、その相反性変化として左側胸部誘導でR波の振幅低下を認めます。またV1-4のT波が陰性であることも注目するべき所見です。

 下表に代表的な右室肥大心電図診断基準であるSokolow-Lyon基準、Milnor基準およびそれらの補正値を示します。Sokolow基準は広く用いられていますが、偽陽性率が高く、他方, Milnor 基準はある程度の高い陽性率を示しながら、偽陽性率は低く、信頼性が高いと思われます。

 私はこのMilnor基準を基本とし、これに若干の補正を加えた下記の3項目を右室肥大心電図診断基準として用いています。
  1) QRS軸の+110度を超える右軸偏位
  2) V1のR/S≧2,かつRV1≧5mm
  3) V6のR/S<1

   これらの3項目の内のいずれか1項目を満たせば右室肥大と診断します。この基準は偽陽性率が低く、信頼性が高い基準です。この基準を本例に当てはめますと、V1のR/Sが10mm/4-5mm(2-2.5)ですから、右室肥大が強く疑われます。また、付加的所見として胸部誘導のT波がV1-4で陰性で、この所見も右室肥大の存在を支持しています。またV1-3 のR波振幅の絶対値の増大も右室肥大を支持しています。
 しかしP波は正常で、未だ右房負荷所見は認められていません。正常肺動脈圧の正常値は収縮期圧25~15mmHg、拡張期圧8~2mmHg、平均圧18~9mmHgとされており、安静時平均肺動脈圧が≧25mmHgの場合に肺高血圧症があると診断されます。この場合、肺動脈楔入圧が<15mmHgの場合には肺動脈性肺高血圧症と診断されます。
  本例の年齢は15歳と若年ですが、家族歴に肺高血圧の者はいませんし、肺高血圧の原因となるような基礎疾患も認められないことから原発性肺高血圧症が最も強く考えられます。

  下表に肺高血圧症の分類を示します。このように肺動脈圧を上昇させる疾患は多くありますから、入院の上、心臓カテーテル検査で肺動脈圧を確認し、膠原病、先天性心疾患、その他の肺動脈上昇を起こす疾患を除外することが必要です。

  以上から本例の心電図診断は右位室肥大(右室収縮期性負荷)となります。

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