第1109例 洞房間Wenckebach周期(洞不全症候群 2型)

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症例:50歳、男性
臨床的事項:本例は定期健診例です。2年前の健診の際にも心電図を記録したが、このときは特に異常を指摘されていない。今年も心電図を検診時に記録して、不整脈を指摘された。しかし、本人には自覚的には何ら症状がない。現在、薬剤も服用していない。理学的所見は正常。血液化学検査にも異常を認めない。下図は今回の検診時に記録された心電図である。この心電図の診断は?またとるべき対応は?

解説
 下図に本例の心電図の時相分析図を示します。時相分析図というと、何か特別の分析のような感じを与えますが、下図に示すように、単に3本の直線を引き、これにP波およびQRS波の開始点を記入するだけです。そして、心房興奮が心室に伝わっている場合は、心房興奮と心室興奮を線で結びます。
 

  本例の心電図を一見して気がつくことは、高度の洞徐脈と洞不整脈があり、それに関連して心室群の出現も極めて緩徐で、かつ著明な不整脈を認めることです。最も長いRR間隔は1840mseですから、心拍数に換算しますと33/分の高度の徐脈であり、患者に何らの自覚症状がないことが不自然に感じる程度の徐脈です
 
   心室群が不規則に出現していますが、これはP波が不規則に出現しているためです。このP波の出現様式を見ますと、長いPP間隔(P1-P2間隔、800msec)があり、これが次の心拍ではPP間隔は1120msecと短縮し、その後は再び長いPP間隔を示し(2120msec)、これが再び漸次短縮し(2120mse →1160msec→1003msec)、その後は再び延長し(2160msec)、このようなリズムを繰り返しています。
 
 すなわち、本例の不整脈の特徴は、延長しているPP間隔が漸次短縮し、その後は再びPP間隔が延長し、これが漸次短縮するP波の出現様式を示している点です。これは丁度 房室ブロックにおけるWenckebach周期(第2度、第1型房室ブロック)の際の心室波の出現様式と同様です。
 
 下図に、房室間Wenckebach周期(第2度第1型房室ブロック)の典型例の心電図とその時相分析図を示します。RR間隔は103msec→60 msec→57msecと漸次短縮し、その後、RR間隔が突然103msecに延長しています。このようにRR間隔が漸次短縮し、その後に突然RR間隔が延長し、それに続いてRR間隔が再び漸次短縮を繰り返すといったリズムを繰り返しいます。これが房室間Wenckebach周期の特徴的心電図所見です。
 
 このことを理解すれば、心電図を記録しなくとも、 単に脈診により房室間Wenckebach周期を診断することが出来ます。ではなぜ、房室間Wenckebach 周期の際に、このような現象が認められるのでしょうか?房室間Wenckebach周期(第2度第1型房室ブロック)の心電図所見の特徴は、すでに述べたように、房室伝導時間(PR間隔)が漸次延長し、ついにはブロックし(心室収縮が脱落し)、その後は再びPR間隔が短縮し(正常化し)、以後、再びPR間隔の漸次延長を繰り返します。
 
 この際に注意するべきことは、PR間隔の漸次延長の様式です。上図を例にとって解説しますと、PR間隔の漸次延長は18msec→23msec→25msecとなっており、延長幅は5msec(23-18msec)、2msec(25-23msec)と短くなっています。従って、RR間隔についてみると、RR間隔が漸次短縮して、ブロックに移って、突然 著しいRR間隔延長がおこり、その後は再びRR間隔が漸次短縮するリズムを繰り返します。
 
   洞房ブロックにおいては、洞結節の興奮は心電図では表現されませんので、間接的にP波の出現を洞結節の興奮の表現とみなして考察します。すなわち、洞房ブロックでは、洞結節→心房への興奮伝導時間が漸次延長するのですが、その延長の程度は漸減しますから、PP間隔についてみると、PP間隔が漸次短縮し、ブロック時点で突然PP間隔が延長するといったリズムを繰り返します。すなわち洞房ブロックを房室ブロックと同様に分類すると、そのおのおのの際の心電図所見は下記のようになります。
 
 1)第1度洞房ブロック:心電図では診断できない。
 2)第2度洞房ブロック
    (1)第2度第1型洞房ブロック(洞房間Wenckebach周期):PP間隔が次第に短縮し、ついにブロックしてPP間隔が延長し、以後、同様のリズムを繰り返す。
    (2)第2度第2型洞房ブロック(洞房間Mobitz2型ブロック):PP間隔が突然基本リズムの2倍(整数倍)に延長する。
  3)第3度洞房ブロック:洞停止(sinus arrest)の所見を示す。P波が出現しない。
 
 下図に第2度洞房ブロックの2型(第1型と第2型)の時相分析図を示します。本例では、PP間隔が漸次短縮し、その後、突然延長するリズムを繰り返していますので、典型的な第2度第1型(洞房間Wenckebach 周期)と診断されます。

 

 洞房ブロック (sinoatrial block)所見の臨床的意義は、多くの場合、洞不全症候群 (sick sinus syndrome, SSS) の一部として認められます。Rubensteinらは洞不全症候群を次のような3つの病型に分類しており、本例は第2群に属します。
  1群:持続的な洞徐脈(原因が明らかでない持続的な50/分以下の洞徐脈)、
  2群:洞停止(sinus arrest) または 洞房ブロック、
  3群:徐脈ー頻脈症候群(bradycardia-tachycardia syndrome)

 下表に洞不全症候群の基礎疾患を示します。


 
   ご参考までに、添付fileに正常洞結節の組織像と洞不全症候群のそれとを対比して示します。 洞不全症候群では、洞結節の刺激伝導系細胞(特殊心筋細胞)が脂肪組織ないし線維組織により置き換えられています。本例は検診によりたまたま発見され、現時点では何ら自覚症状がありません。しかし、基本リズムとして高度の洞徐脈を示し(33/分相当)、160 msec(2.1分)に及ぶ長い心停止がありますから、直ちに生活法の是正と非侵襲的な精査を実施する必要があります。
 
 
 本例は検診によりたまたま発見され、現時点では何ら自覚症状がありません。しかし、基本リズムとして高度の洞徐脈を示し(33/分相当)、160 msec(2.1分)に及ぶ長い心停止がありますから、直ちに生活法の是正と非侵襲的な精査を実施する必要があります。すなわち、下記のような対応がとりあえず必要です。
  1)絶対禁煙
  2)運動負荷試験への反応(副交感神経緊張の影響排除)
  3)ホルター心電図検査   (迷走神経緊張の影響評価)
  4)家族歴調査(Lenegre 病の可能性の有無の検討)
  5)以上により現時点での病態把握を行い、患者への洞不全症候群の詳しく説明し、注意深い経過観察を行う。
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