第1102例 低K血症心電図(付:低K血症に起因するBrugada phenocopy)

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症例:79歳、女性
この例は大分以前の例で、臨床記録がほとんどありませんが、心電図所見が典型的ですので、学生さん向けの出題です。この心電図の診断は?

解説
 下図に本例の心電図の解説図を示します。心拍数42/分の高度の洞徐脈で、QRS軸は正常QRS軸を示しています。P波の振幅はやや低いが,波形には特記するべき異常は認めません。各誘導でU波が著明で、T波終末部と融合し、QT間隔を正確に定めることが困難ですが、QT-U間隔は著明に延長し,低K血症に典型的所見を示しています。aVLのT波は陰性で、V6にST低下があり、これらも低K血症の心電図所見と考えられます。

  私は従来、QRS軸の定義としては,下図に示す1955年にNew York心臓協会が提案した基準を用いてきました。

 しかし、今後、2009年にアメリカ心臓学会などの3学会共同勧告として提案した下図に示す新しい軸偏位の定義を用いたいと思います。この軸偏位の定義は,New York心臓協会の定義に比べて,より詳細にQRS軸を分類しています。通常、QRS軸偏位の診断は,添付file-3の下方に示す表により目視法により定めます。本例のQRS軸をこの表を用いて診断しますと,第1,2誘導共に陽性波と陰性波の振幅の代数和が正ですから、正常軸と診断されます。

 下図に低K血症心電図の諸型を示します。A→Gに移るほど,低K血症の程度は強くなっています。低K血症心電図は日常臨床でしばしば遭遇する所見ですから、是非,記憶に留めておいて頂きたいと思います。

 最近、低K血症心電図の1型として、V1,2などの右側胸部誘導にcoved型Brugada心電図波形と同様な心電図波形を示す例があることが注目され、「低K血症に基づくBrugada phenocopy」と呼ばれています。

   Brugada症候群というのは常染色体性優性遺伝、遺伝子変異(20-30%),濃厚な急性心臓死の家族歴、失神病歴(心停止からの蘇生を含む),明らかな器質的心疾患の欠如などを特徴とする重要な疾患です。Brugada症候群は, このように明らかな器質的基礎疾患がない特発性心室細動の1型ですが、明らかな基礎疾患の発症と共に典型的なBrugada型心電図(coved型又はsaddle-back型)が出現するが、基礎疾患の消褪(軽快)と共に心電図所見が速やかに正常化する例があることが相次いで報告され、これらはBrugada phenocopyと総称されるようになりました。

 Phenocopyと言う言葉は、「表現型相同」と訳され,遺伝子変異により生じる異常所見に類似した所見が, 環境要因の変化により生じる病態」に対して用いられています。Brugada phenocopy を起こす病態には, 代謝異常(低K血症、高K血症、低Na血症、高Ca血症、低体温など)、右室流出路の機械的圧迫、心筋虚血、心膜・心筋疾患、諸種薬剤(向精神薬、Naチャネル遮断薬、Caチャネル遮断薬など)など多様な基礎疾患の存在が指摘されています。

 下図に、再現性を示した低K血症により生じたBrugada phenocopy例の心電図を示します(Genaro NR et al,2014)。

 以上、本例は典型的な低K血症心電図で、あわせてQRS軸偏位についての最近の考え方および低k血症心電図のまれな病型としてみるBrugada phenocopyについて紹介しました。

 心電図診断:低K血症心電図

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