第1103例

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第1013例:「世界希少・難治性疾患の日」の紹介

 昨日、日本医師会から日医ニュースNo.478 が届きました。御覧になられた方も
多いのではないかと思いますが、私には興味深い例が掲載されていましたので、
それをご紹介すると共に, 追加意見を述べたいと思います。

 今回の日医ニュースは「世界希少/難治性疾患の日」 特集号でした。この言葉
を私は初めて聞いたのですが、平成22年から毎年2月最終日を「世界希少/難治性
疾患の日」と定め、全国的に啓発運動を展開しているとのことです。推定難病の
種類は合計306疾患、小児慢性特定疾病対象疾患は704疾患が指定されている
とのことで、その数が多いのに驚きました(何れも平成26年時点)。

 今回は日医ニュースでFabry病を取り上げて特集していました。私達のMLでも
Fabry病に注目し, 第1075例、1076例、1077例および第1029例と4回にわたり、
かなり詳しく紹介しました。以下、日医ニュースに掲載された国立生育医療研究
センター理事長:五十嵐隆先生の記載の要点を紹介し、併せて私共の付加的
意見を述べたいと思います。

 まずFabry病の頻度ですが、添付file-1に示すように, 従来の記載とは異なり,
日常臨床で遭遇し得る範囲の頻度で存在することが示されています。男性の
左室肥大例の3%, 男性透析例の1%, 原因不明の若年脳血管障害例の0.4~0/8%
と言う頻度は, 思いのほかに高率であると言わざるを得ません。男性左室肥大例
の3.0%と言う頻度は非常に高率ですから、職場健診などでは留意するべきこと
であると思います。私共のML症例も 肥大型心筋症との診断を受け、経過観察中
に腎機能障害が進展して初めてFabry病に思いを致して諸検査を実施し, 確定
診断に至っています。

 Fabry病の家族歴、症状を添付file-2に示します(日医ニュースから)。 これらの
内の皮膚症状としての被角血管腫は, この言葉の記載からは実態を把握でき
ません。被角血管腫と言う言葉の英訳はangiokeratomaですので、英語名を
見ると直感的に分かり易いのですが、日本語名の被角血管腫と言う言葉は
あまり適切でないと感じます。

 日医ニュースに掲載された背部に生じた被角血管腫の写真を添付file-4に
示します。被角血管腫とは 表面に過剰な角化を伴う赤紫色の発疹が胸部、
腹部、臀部、陰部、大腿部などに出現する所見をさし、痛み、かゆみなどは
ありません。血管腫が破裂した際には出血を伴うこともあるとのことです。

  本症には角膜混濁、白内障が高率に合併するとのことですが、この角膜混濁
はかなり特徴的で, 「渦巻き状角膜混濁」と形容されています。これも実際の
例を診ると分かりやすいので、添付file-5に日医ニュースに掲載された写真を
引用して示します。

 日医ニュースのこの記事は,非常に分かりやすく書かれていますが、心臓症状
として「心肥大、心筋症、心不全」と3つの所見があげられています。しかしこれらの

3所見は、極めてありふれた所見で、Fabry病以外の多くの心疾患で普遍的に
認められるため、鑑別診断にはあまり役立ちません。

 私が指摘したいのは、本症の心臓所見としての心電図のPR間隔短縮所見です。
添付file 6, 7に本症の標準12誘導心図を示します(徳島大学循環器内科山田博胤
先生御経験例)。この2例の心電図は非常に類似した所見を示していますが、全く
別の症例です。両者の共通点として下記の諸所見をあげることができます。
 1)肢誘導QRS軸:両者は共に正常QRS軸ですが、第3誘導でS波が非常に深い。
 2)V5,6で著明なQRS波の高電圧を認める。
 3)左室対応誘導(第1, aVL, V5,6)にST低下、陰性T波を認める。
 4)PR間隔が著明に短縮している。

 これらの内、1)-3)は左室肥大例に見る普遍的な所見ですが、4)のPR間隔短縮は,
通常の左室肥大例では認められない本症にかなり特異的所見です。 この所見の成
因については未だ完全には明らかにされていません。本症は先天的な糖脂質代謝
異常疾患で、ライソゾーム(リソゾーム)にある加水分解酵素の一種であるαガラクトシ
ダーゼ活性が低下し、糖脂質のセラミドヘキソシドが全身臓器、組織に蓄積する
疾患です。

  類似した先天性代謝異常にPombe病がありますが、この疾患でも心電図にPR間隔
短縮が多く認められることが指摘されています。 ポンペ病(Pompe Disease)は、糖原病
の1型で(II型)、細胞内酵素であるα1, 4グリコシダーゼ欠損のために、あらゆる細胞の
ライソゾームにグリコーゲンが大量に蓄積する疾患です。

 現時点でこれらの疾患におけるPR間隔短縮の機序としては、これらの細胞内蓄積物質

が房室結節内での興奮伝導を促進するためではないかとの仮説が有力です。しかし、
これらの疾患でも進行例では房室ブロックや洞不全症候群が出現することも知られており、
細胞内蓄積物質が過量になると、本来の刺激伝導系細胞の機能を傷害して(圧迫壊死など)、
却って興奮形成ないし興奮伝導を障害する可能性が推測されます。

 いずれにせよ、Fabry 病は従来考えられていたよりも高頻度に認められる疾患で, いつ
私共の臨床の場で遭遇するか知れない疾患であり、最近では治療法が進歩し、酵素置換

などによる治療が可能となった疾患ですから、正しく早期に診断することが大切です。


   尚、難病についての詳しい情報については添付file-8に示すweb siteを御参照下さい。

以上
森 博愛