第16章 WPW症候群のベクトル心電図

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1.WPW症候群とは
 心臓自身には何らの異常がない人が、特有の心電図所見を示し、しばしば発作性心頻拍症を起こし、またこれらの心電図異常が突然 正常化する興味深い例があることが1915年頃から知られていた(Wilson)。 1930年、Wolff,  Parkinson、 Whiteという3人の心臓病研究者が、このような例を12例集め、その臨床所見、心電図などについて詳しく報告して以来、この疾患はこれらの3人の頭文字をとってWPW症候群と呼ばれるようになった。 

 WPW症候群の臨床像の特徴は次の3点に要約される。
   1) 特有のWPW型心電図を示す。
   2) このWPW型心電図が、自然に、または何らかの操作により突然正常化する。
   3) 発作性心頻拍、心房細動(粗動)などの頻脈発作を高率に合併する。
  しかし、なかにはWPW型心電図のみを示し、頻脈発作を伴わない例や、いろんな操作によっても正常化しない例もある。WPW型心電図のみを示し、なんら頻脈発作を伴わない例は学校の身体検査や人間ドックで偶然発見される。

 2.WPW症候群の成因
 上記のようなWPW症候群の病態は、正常の房室伝導系(田原結節ーヒス束系)の他に、心房と心室を結ぶ筋性連絡(副伝導路)が存在するためであることが明らかとなった。下図はWPW症候群の病態の成立機序を示す模型図である。

B:正方向性房室回帰性頻拍、 D:反方向性房室回帰性頻拍

    A:正常例では心房と心室は線維輪で確然と区別され、田原結節-ヒス束系以外の筋性連絡はない。先天的な線維輪の形成不良などのために、心房ー心室間の筋性連絡が残存したものがKent束である。
    B:正常房室伝導系を通った興奮が、Kent束を心室→心房方向に伝わり、興奮旋回運動を起こすと発作性心頻拍症が惹起される(正方向性房室回帰性頻拍)
   C:洞結節に生じた興奮(洞興奮)は、正常房室伝導系を通って心室に伝導されると共に、Kent束を通って心室筋の一部を早期に興奮させる。房室結節では興奮の心室への伝導が抑制され、PR間隔で表わされるような一定の興奮伝導の遅延を示すが、副伝導路は一般心筋であるからここを通る興奮は抑制を受けず、心室筋の一部を早期に興奮させる。しかし、この興奮はPurkinje線維を通らないため、心室筋内を緩徐に伝導する。そのため、P波に直ぐ引き続いてQRS波が始まり(PR間隔短縮)、緩徐な伝導を反映してゆっくり上昇する小さい波が本来のQRS波の前に追加されたような波形を示す(デルタ波)。すなわち、WPW症候群の心電図は、正常房室伝導系を通る興奮と、副伝導路を通る興奮の両者による一種の心室融合収縮 (ventricular fusion beat)であると考えられる。WPW型心電図の特徴は、このデルタ波の存在である。
  D:心房興奮が副伝導路を下降して心室に伝わり、正常房室伝導系を心室→心房方向に逆行する興奮旋回路を形成した場合(反方向性房室回帰性頻拍)。

3.WPW症候群のベクトル心電図の特徴と分類
  WPW症候群の心電図の特徴がデルタ波の存在であるように、ベクトル心電図の特徴はこのデルタ波に対応するデルタ・ベクトルの存在である。デルタ・ベクトルとは、QRS環起始部が刻時点の密集を示して緩徐に描かれる所見であり、水平面図で最も認めやすい。副伝導路を介する心室早期興奮部の範囲が狭い場合は、刻時点密集はQRS環起始部の短い部分に限られるが、副伝導路を介する心室興奮の関与が大きくなるにつれて、QRS環の変形の程度が著しくなる。T環もしばしば二次的変化のために変形する。
 WPW症候群はデルタ・ベクトルの方向によりA,B2型に分類される(Chouら)。

   1) A型(Type A):デルタ・ベクトルが水平面図で+25度よりも前方に向かう。心室早期興奮部(副伝導路)は左室後基部にある。
   2) B型(Type B):デルタ・ベクトルが水平面図で+25度よりも後方に向かう。心室早期興奮部(副伝導路)は右室基部にある。

4.A型WPW症候群のベクトル心電図の特徴と実例
  心室早期興奮は、左室後基部の心外膜下筋層に始まり、前方に向かうため、デルタ・ベクトルは著しく前方に向かう(左前または右前方)。
 水平面図:QRS環起始部は著しい刻時点の密集を示してデルタ・ベクトルを形成する。このデルタ・ベクトルは+20度よりも前方に向かう。以後のQRS環は反時針式または8字型に回って左前方の最大QRSベクトルに移行する。
 左側面図:デルタ・ベクトルは前方に向かう。QRS環の回転方向は反時針式が多いが、時針式、8字型も少数認める。QRS環主部および最大QRSベクトルは前下方にある例が多い。
 前面図:デルタ・ベクトルの方向およびQRS環回転方向は一定しない。QRS環主部および最大QRSベクトルは左下(時に上)方に向かう。
 T環:回転方向は一定しない。左前下方に向かう例が多いが、心室融合収縮の程度によりいろんな方向を取り得る。

 下図(a)は、A型WPW症候群のベクトル心電図である(33歳、男性)。水平面図QRS環起始部は著しい刻時点の密集を示し(デルタ・ベクトル)、真っ直ぐ前方に突出し、時針式に回転している。このデルタ・ベクトルの角度が水平面図で+20度よりも大きい場合はA型WPW症候群と診断される。前面図の最大QRSベクトルが垂直位をとるにもかかわらず、前面図QRS環は反時針式に回転している。水平面図および左側面図でQRS環は前方に偏位している。

A型WPW症候群のベクトル心電図 (33歳、男性)

 下図(b)はA型WPW症候群のベクトル心電図である(48歳、男性)。QRS環起始部に著しい刻時点の密集がある(デルタ・ベクトル)。このデルタベクトルは水平面図で+50度の方向に向かい、A型WPW症候群と診断される。前・側面図でもQRS環起始部は刻時点の密集を示しつつ不規則に描かれ、QRS環は全体的に上方に描かれている。open QRS環を示し、右前下方に向かう大きいSTベクトルを作っている。T環は左前下方に向かう。

A型WPW症候群のベクトル心電図 (48歳、男性)

5.B型WPW症候群(Type B)のベクトル心電図の特徴と実例
 心室早期興奮部は右室基部心外膜下に始まり、左後(時にわずかに前)方に向かう。
 水平面図:QRS環起始部は著しい刻時点の密集を示し、このデルタ・ベクトルは+20度よりも後方にある。以後のQRS環は反時針式(または8字型)に回転し、左後(または前)方にある最大QRSベクトルに移行する。
 左側面図:デルタ・ベクトルは後方(時にやや前方)に向かう。QRS環回転方向は反時針式が多く、最大QRSベクトルおよびQRS環終末部は後下方にあるものが多い。
 前面図:デルタ・ベクトルは左方に向かい、QRS環は反時針式に回る例が多い。最大QRSベクトルおよびQRS環主部は左上(または下)方にある。
 T環:3投影面ともに反時針式に回転する例が多いが、例外も少なくない。前方区画にあって左右両区画にわたり、変形した幅広いT環を示す場合が多い。

 下図(c)はB型WPW症候群(Type B)のベクトル心電図である(30歳、男性)。QRS環起始部に著しい刻時点の密集がある(デルタ・ベクトル)。このデルタ・ベクトルは水平面図で−10度に向かい、B型WPW症候群と診断される。T環は3投影面共に変形している。

B型WPW症候群(Type B)のベクトル心電図(30歳、男性)
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 下図(d)はB型WPW症候群のベクトル心電図の1例である。QRS環起始部に著しい刻時点の密集がある(デルタ・ベクトル)。水平面図のデルタ・ベクトルの方向は−10度で、B型WPW症候群と診断される。QRS環の刻時点の密集は遠心脚全体に見られる。前面図QRS環は反時針式に回転して上方に描かれている。T環は変形し、水平面図および側面図では丸味を帯びている。

B型WPW症候群のベクトル心電図

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