第5章 正常ベクトル心電図

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ベクトル心電図トップ 6.ベクトル心電図の長所/短所

正常ベクトル心電図は、P、QRS、TおよびU環からなるが、P環とU環の観察のためには、増幅率を上げてベクトル心電図を記録しなければならない。

1.P環
 正常P環は左下方にあり、わずかに前方または後方に向かう。強拡大でみると、P環終末部は原点に帰らずにTa部(心房性T環)に移行する。下図は正常P環の1例を示す。上段の弱拡大ではP環は明瞭でないが、下段の強拡大記録では明らかなP環を認める。本例のP環は、前・側面図では垂直位をとり、水平面図では小さい。

上段:弱拡大記録:QRS環全体が記録される増幅率では、
明らかなP環を認め得ない場合が多い。
下段:拡大記録で、P環が明らかに認められる。前、側面図
でP環は垂直位をとり、水平面図では小さい。

  1) 水平面図:
    P環は小さく、左方にあり、その前半は前方、後半は後方区画にある。回転方向は反時針式の場合が多いが、8字型回転の場合もある。最大Pベクトルの大きさの平均は0.06(範囲:04〜0.10)mV、角度の平均は−5(−50〜+60)度である。
  2) 左側面図
    細長い楕円形で、反時針式に回転する。P環は垂直位をとり、その前半は前方、後半は後方区画にある。最大Pベクトルの大きさの平均は0.12(0.04〜0.18)mV、角度の平均は85(50〜110)度である。
  3) 前面図
    左下方に反時針式に描かれる。最大Pベクトルの大きさの平均は0.12(0.06〜0.20)mV、角度の平均は65(15〜90)度である。

2.QRS環
 QRS環は通常スムースな環(loop)として描かれ、最も幅が広い投影面ではハート型または楕円形を示す。正常QRS環の形態は種々であるが、回転方向については特徴がある。下表は正常例における各投影面でのQRS環の回転方向の頻度を示す。 

/ 投影面 回転方向 青年男子群
(%)
 (118例)
壮年男子群
(%)
(73例)
QRS環 水平面図 時針式
反時針式 90 93
8字型 10
前面図 時針式 40 55
反時針式 20 21
8字型 41 25
左側面図 時針式
反時針式 89 90
8字型 11 10

 下表は正常例でのT環の各投影面における回転方向を示す。

/ 投影面 回転方向 青年男子群
(%)
(118例)
壮年男子群
(%)
(73例)
T環 水平面図 時針式
反時針式 100 99
8字型
前面図 時針式 48 58
反時針式 25
8字型 26 34
左側面図 時針式
反時針式 99 99
8字型

 下図に正常ベクトル心電図の3例を示す。

正常ベクトル心電図(3例)

  1) 水平面図
    QRS環の回転方向は全例で反時針式である。QRS環起始部(初期ベクトル)は右前方に向かう例が多く(92%)、少数例では左前方に向かう(8%)。QRS環主部は左方にあり、前半は前方区画、後半は後方区画にあるが、通常、後方区画に含まれる部分の面積が広い。QRS環終末部は後方(わずかに左方、又は右方)から原点に帰る。QRS環瞬時ベクトルについては、0.02秒ベクトルは常に前方に向かう。0.04秒ベクトルは最大QRSベクトルとほぼ同方向に向かい、0.06秒ベクトルは常に後方に向かう。
 T環は常に反時針式に回転する。

   2) 左側面図
     QRS環は常に反時針式に回転する。QRS環起始部は前上方(時に前下方)に向かう。QRS環主部は下方にあり、終末部は後上(下)方から原点に帰る。T環も常に反時針式に回転する。

   3) 前面図
    前面図QRS環は細長型、8字型等を示す例が多い。回転方向は一定せず、時針式回転が最も多いが(65%)、反時針式回転(10%)、8字型回転(25%)なども見る(Chou T,Helm RA:Clinical Vectorcardiography,Grune & Stratton,NY,1967)。一般に、最大QRSベクトルが水平位(横位)を示す例では反時針式回転、垂直位(立位)をとる例では時針式回転を示す傾向がある。QRS環起始部および終末部の方向は多様性を示すが、起始部については右上方、終末部は右下方にある例が多い。QRS環主部は左下方にある。T環の回転方向は一定せず、線状で回転方向を定め得ない例もある。

3.STベクトル(Jベクトル)
 QRS環終末部では、ベクトル環の描記速度が急に緩徐となってT環に移行する。この描記速度が急に緩徐になる時点は、心電図のJ点に相当する。ベクトル心電図原点と、この点を結んだ線がSTベクトル(またはJベクトル)である。通常の増幅率では明らかなSTベクトルを認め得ない例も多いが、増幅率を上げると全例でSTベクトルを認める。QRS環が原点に帰らずに、明らかなSTベクトルを形成してT環に移行する場合をopen QRS loopと呼ぶ。正常例のSTベクトルは左前下方に向かい、その大きさは3投影面共に0.1mV以下である。

4. T環
 正常T環は細長い楕円形(または線状)で、左前下方に向かう。T環の長径(L)と幅径(W)の比(L/W比)でT環の丸さを表す。L/W比の正常値は5.7±2.5で、正常下界は2.5である。L/W<2.5の場合はwide T環(または丸いT環)と記載し、心筋虚血の表現である。下図にL/W比の測定方法を示す。T最大ベクトルとQRS最大ベクトルとの比(T/QRS比)の正常下界は0.14で、最大QRSベクトルの大きさの1/7より小さいT環は異常である。

T環のL/W比の測定方法

5. U環
 通常の増幅率では小さくて観察しがたい。
   1)水平面図:T環の延長線上に小さい環を作り、γ型を示し、左前方にある。時にV字型で、閉じた環を作らない。
   2)左側面図:前下方に小さい環を描く。
   3)前面図:左下方にクラブ型またはγ型を示す。

6.最大QRSベクトルおよび最大Tベクトルの大きさと角度の正常値
 下表に最大QRSベクトルおよび最大Tベクトルの大きさと角度の正常値を示す。

最大ベクトル 項目 水平面図 前面図 左側面図
最大QRS
ベクトル
大きさ
(mV)
平均 1.24 1.59 1.23
標準偏差 0.41 0.46 0.47
範囲 0.52〜2.18 0.79〜2.59 0.58〜2.16
角度
(度)
平均 −14 44 71
標準偏差 36 15 35
範囲 −89〜+32 17〜83 −5〜+126
最大Tベクトル 大きさ
(mV)
平均 0.46 0.51 0.43
標準偏差 0.19 0.19 0.17
範囲 0.14〜0.95 0.18〜0.93 0.16〜0.83
角度
(度)
平均 31 45 120
標準偏差 22 14 28
範囲 0〜68 15〜73 49〜162

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