第47例 完全左脚ブロック(典型例)

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第47例
症例:65歳、男性
臨床的事項:最近、労作時に心悸亢進添付、軽度の呼吸困難を感じるようになったので精査を求めて来院した。血圧 160/95mmHg,、総コレステロール230mg/dl, 中性脂肪170mg/dl, HDL-コレステオール 30mg/dl。喫煙 20本/日。
下図は本例の心電図である。

質問:
1) リズムは?
2) QRS軸は*
3) この心電図でV4のQRS波形が複雑な形をしているが、何故か?
4) 本例に固有心筋の障害の合併があるか?
5) この心電図に心室graient の異常を思わせる所見はあるか?
6) V5,6にq波がないが、なぜか?

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第47例解説

1)リズムは?  :洞調律
2)QRS軸は  :左軸偏位
 
3)この心電図でV4のQRS波形が複雑な形をしているが、何故か?
    V4の前の誘導(V3)ではQRS波は陰性ですが、V4の次の誘導(V5)ではQRS波は陽性で、V4は丁度その中間にあり、いわゆる移行帯に相当しています。一般に、水平面図におけるQRS最大ベクトルの方向は、QRS波が移行帯波形を示す誘導(陽性波と陰性波との振幅が等しい誘導)と直角の方向に向かうと考えられています。

 従って、本例ではQRS最大ベクトルがV4の誘導軸と垂直な方向に向かっています。このような場合、ベクトル心電図QRS環の僅かの凹凸がスカラー心電図(V4)の結節・分裂などとして反映されます。本例の胸部誘導心電図で、V4のQRS波形が複雑な波形を示しているのは、この誘導が丁度胸部誘導の移行帯に相当しているためです。
 
4)本例に固有心筋の障害の合併があるか?
    脚ブロックの際には常にST−T変化を認めますが、これが脚ブロックのためか、あるいは 合併した心筋障害によるかは、そのSTーT変化が一次性変化であるか、または二次性変化であるかによります。前者の場合は心室gradientの変化を伴いますが、後者の場合は心室gradientの変化を伴いません。

 この際、心室gradientを計算により求める方法もありますが、標準偏差が大きいため、必ずしも適当な方法ではありません。ちなみに、心室gradientを求めるには、第1誘導および第3誘導のQRS波の面積とST−T部の面積をプラニメーターで測り、それを3軸座標系(第例解説)にプロットし、これらから平行四辺形の法則を利用して求めます。
 

 通常は、完全左脚ブロックの際の心電図波形の特徴を記憶しておき、その波形とは異なるST−T変化を認めた際には、心室gradientの変化による一次性ST−T変化が合併していると考えます。本例では、QRS波が上向きであれば、T波は下向きであり、QRS波が下向きであればT波は上向きで、左脚ブロックに典型的な波形を示しているため、心室gradientの変化を伴っていないと判定されます。従って、本例にみるSTーT変化は二次性ST-T変化であり、固有心筋の傷害は伴っていないと診断されます。

 しかしながら、右脚ブロックとは異なり、左脚ブロックは広範な心筋領域の線維化などがあって初めて出現する所見ですから、左脚ブロックの存在それ自体が、左室心筋のある程度の心筋障害を反映する所見であると考えられます。
 
5)この心電図に心室graient の異常を思わせる所見はあるか?
    上記の説明のごとく、本例の心電図波形は完全左脚ブロックに典型的であるため、心室gradientの異常があるとは考えられません。完全左脚ブロックにおいて、心室gradientの変化を伴わない二次性ST−T変化の場合は、各誘導におけるST−T波の極性がQRS波と反対方向に向かいます。
 
6)V5,6にq波がないが、なぜか?
  この所見は左脚ブロックの心電図所見として最も重要な所見です。下図は左脚ブロックの際の心室内興奮伝播過程と標準誘導心電図波形 (V1,6) の描かれ方を示します。

 心室興奮の第一歩は、心室中隔の興奮から始まります。正常例における心室中隔の興奮は、左脚を伝わった興奮が心室中隔の左室側から右室側に向かい、左→右方向に進むベクトルを作ります(初期中隔ベクトル)。V1はこのベクトルを 迎える側にあるために初期r波を描き、V6はこのベクトルを見送る側にあるためにq波を描きます(中隔性q波)。

 他方、完全左脚ブロックの際には、左脚傷害のために、心室中隔の興奮は右脚を通る興奮により、右室側→左室側に向かうために右→左方向に向かうベクトルを生じます(中隔ベクトルの逆転)。そのため、V6はこのベクトルを迎える側になるためにq波を描かず(初期中隔ベクトルの消失)、R波を描きます。V1はこのベクトルをを見送る側にあるためにQS型あるいはr波の振幅減少を示します。

 このように左脚ブロックの際には、初期ベクトルが右→左側に向かうため、左室自由壁に心筋梗塞を生じても、このために初期R波を描き、異常Q波を描きません。従って、完全左脚ブロックの際には心筋梗塞を生じても、心電図からは診断きない場合が多く、臨床症状(胸痛など)、心筋逸脱酵素上昇(CK), 心筋シンチグウラフィー、断層心エコー図などの他の方法を利用します。

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