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9.早期再分極症候群による心室細動の治療 |
Tikkanenら(2010)は、フィンランドにおける壮年一般社会人10,864名(平均年齢44±8年)について30±11年の長期観察を行い、早期再分極所見を示す例と示さない例の予後について調査している。Tikkanen J_T et al:Nnw Eng J Med 361:1-9,2010)
下表は地域住民10,864人におけるJ点上昇の出現率を示す。下方誘導(第2,3,aVF誘導)または側方誘導(V5,6)の何れかでJ点上昇≧0.1mVを示す例の頻度は5.8%で、決して少なくないが、下方誘導でのJ点上昇≧0.2mVの例の頻度は0.33%と著しく少なくなっている。
J点上昇 | 例数 | % | |
(−) | 10234 | 94.2 | |
J点上昇 ≧0.1mV |
下方誘導 | 384 | 3.5 |
側方誘導 | 262 | 2.4 | |
下/側方誘導 | 630 | 5.8 | |
下+側方誘導 | 16 | 0.15 | |
J点上昇 ≧0.2mV |
下方誘導 | 36 | 0.33 |
この研究の一次エンドポイントは心臓起因の死亡、二次エンドポイントは全ての原因による死亡および不整脈起因の死亡である。
心臓起因の死亡の判断は、熟練した心臓専門医が、心電図所見を知らされずに死亡診断書およびカルテの記載に基づいて判定している。不整脈起因死亡は、下記状況下における意識喪失発作を伴う自発性呼吸・循環停止の何れかに該当するものとした。
1) 新規ないし症状増悪を伴わない目撃された瞬間死
2) 心不全が存在しない状況下で、心筋虚血によると思われる症状が目撃されるか、または先行/併存する場合、
3) 不整脈に起因する症状(例えば失神)を認めるか、または先行する場合。
4)目撃されていないが、他の原因がない場合。
5) 重症うっ血性心不全がある場合や心不全が致死的発作の死亡4カ月以内に認められた場合には不整脈死とは判定しなかった。
平均観察期間30±11年間に6,133例(56.5%)が死亡しているが、内1,969例(32.3%)の死亡例は心臓由来の死亡例で、これらの心臓由来死亡例のうち795例(40.4%)は不整脈由来の急死例であった。
下図は 下方誘導でJ点上昇≧0.2mVを示す群とJ点上昇を示さない群での心臓起因死亡のKaplan-Meier曲線で、横軸は経過年数、縦軸は心臓性起因の死亡がない生存率を示す。
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また下図は下方誘導においてJ点上昇≧0.2mVを示す群とJ点上昇を示さない群での不整脈起因死亡のKaplan-Meier曲線を示す。上図と同様に横軸は経過年数、縦軸は不整脈起因の死亡がない生存率を示す。
これらの図で示されているように、J点上昇≧0.2mVの群では、J点上昇を示さない群に比べて心臓性起因死亡および不整脈起因死亡が有意に多い。
下表は 下方ないし側方早期再分極波のJ点上昇度別に見た心臓起因死亡および不整脈起因死亡の相対危険度(Odds比)を示す。
誘導部位 | 死因 | J点上昇度 | リスク | 95%信頼限界 | p |
下方誘導 | 心臓起因死亡 | ≧0.1mV | 1.30 | 1.06-1.61 | 0.020 |
≧0.2mV | 2.94 | 1.82-4.75 | 0.001 | ||
不整脈基因死亡 | ≧0.1mV | 1.50 | 1.11-2.02 | 0.010 | |
≧0.2mV | 2.99 | 1.49-6.00 | 0.003 | ||
側方誘導 | 心臓起因死亡 | ≧0.1mV | 1.29 | 1.00-1.67 | 0.060 |
≧0.2mV | 1.75 | 0.94-2.63 | 0.040 | ||
不整脈基因死亡 | ≧0.1mV | 0.73 | 0.43-1.23 | 0.210 | |
≧0.2mV | 0.93 | 0.23-3.74 | 0.270 |
側方早期再分極では、J点上昇≧0.2mVの群に心臓起因死亡の有意のリスク増大を認めたが(Odds比1.75)、不整脈起因死亡のリスク増大は有意ではなく、J点上昇≧0.1mVの群については心臓起因死亡および不整脈起因死亡の何れにも有意のリスク増大を認めなかった。
下方早期再分極については、J点上昇≧0.1mVおよび≧0.2mVの何れの群においても心臓起因死亡および不整脈起因死亡の相対リスクは有意の増大を認めた。ことに≧0.2mVの群では≧0.1mVの群に比べて著しく高いp値を示した。
興味深いことは、再分極波(+)群と(−)群での心臓起因死亡および不整脈起因死亡のない生存率曲線の解離は、調査開始から約15年ほど経過してから出現していることである。研究開始時点の平均年齢が44歳であるため、調査対象者が60歳に達した頃から死亡例が増加していることになる。このことは、フィンランドにおける最も多い死亡原因が虚血性心疾患であるから、心筋虚血発作の際の致死的不整脈の起こし易さが下方誘導でのJ点上昇例に存在することを推察させる.
下図はTikkanenらが例示している下方誘導でのJ点上昇≧0.2mVを示す例の心電図である。右図は明らかな結節型のJ波、左図はスラー型J点上昇を示す例の心電図で、何れも≧0.2mVのJ点上昇と判断された。これらの2例は何れも観察期間中に不整脈起因で死亡した。下壁誘導でのJ点≧0.2mVは、従来から心電図的な予後評価指標として広く用いられえいるQTc 延長やSokolow基準による心電図的左室肥大所見よりも有意に高い心臓起因死亡のリスクを示した。
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下方誘導でJ点上昇>0.2mV を示す男性2例の心電図 A:スラー型J点上昇、 B:結節型J点上昇。 2例共に経過観察期間中に 不整脈死を遂げた。 (Tikkanen JT et al:New Eng J Med361:1-9,2009) |