.Brugada症候群  

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 心室細動が起こると心拍出量はゼロとなり、このような状態が3〜5分以上続くと,脳は非可逆的な障害を受けて、生命を快復できないか、またはいわゆる植物状態となり、重篤な後遺症を残します。
 通常、心室細動は虚血性心臓病、その他の重篤な器質的な心臓病の結果として起こりますが、時には明らかな基礎疾患を認めない例に心室細動が出現する場合があり、特発性心室細動と呼ばれています。
 この特発性心室細動は、突然死の重要な原因の1つですが、この中にはいろんな未知の病態が含まれている可能性があります。Brugada症候群はこのようなものの1つで、比較的多い病態であり、1996年、その成因として心筋細胞膜のNaチャネルをcodeする遺伝子異常に起因する例があることが明らかにされ注目されました。



 1.概念
 右側胸部誘導(V1,2)の著明なST上昇と右脚ブロック(不完全型が多い)を合併した例があることが以前から知られていました。Brugadaraら(1992)は、反復する失神発作などの突然死の前駆症状を有する8例の非発作時心電図に下記のような共通した特徴的所見があることを指摘しました。
  (1) 右側胸部誘導(V1,2)の著しいST上昇
  (2) 右脚ブロック
  (3) 正常QTc間隔
 下図に私どもが経験した典型的なBrugada型心電図を示します。本例は失神発作はなく、偶然発見されました。最も特徴的所見はV1,2誘導に見られ、幅広いR′波(?) に著しく上昇したST部が続き、斜めに下降して陰性T波に移行しています。本例では左脚前枝ブロックを合併しています。

典型的なBrugada型心電図(53歳、男性、失神発作なし)。

 本症候群に見る失神発作は心室細動で、連結期が短い心室性期外収縮を引き金として惹起される心拍数が多い多形性心室頻拍から心室細動に移行します。このような心室細動発作は、夜間、睡眠中に多く、副交感神経緊張及び交感神経緊張消褪が関与していると考えられます。しかし、このような心電図所見を示す例が全て心室細動を起こすわけではなく、いわゆるBrugada型心電図のみを示す例が多くあることは、発作性心頻拍を有するWPW症候群と単にWPW型心電図を示すのみの例があること同様です。
 2.頻度
 戸兵らは各種の集団におけるBrugada型心電図の頻度を調査し、下表のような成績を示しています。

対象 検査人数受診者(人) Brugada型心電図
例数 %
小・中学生 9,569 1 0.01
成人 4,092 3 0.07
病院 8,366 8 0.09
22,027 12 0.05

3.心電図所見
 右側胸部誘導 (V1,2)の著しいST上昇と右脚ブロックを特徴とします。これらの2所見の中ではST上昇がより重要です。
 1) 右脚ブロック:通常のような右脚ブロック波形を示す場合もありますが、ST部の著明な上昇のみを示す場合や、このST部と一体となったようなR′波を認める場合などもあります。右脚ブロックは完全型よりも不完全型が多く見られます。左脚前枝ブロックを合併する例も少なくありません。
 2) ST上昇:ST上昇には下図に示すように2型があります(coved typeおよび saddle-back type)。

A:coved type, B: saddle-back type

  (1)  coved type:coveという言葉は、「弓形に曲げる」あるいは「(天井、屋根などを)弓形に折りあげる」と言う意味です。著しい上昇を示すST部が、やや上方凸の傾向を示しながら急峻に斜めに下降し、陰性T波に移行する型で、心室細動の危険性がより高いと考えられています。
 (2) saddle-back type: 馬の鞍のように中央が少し陥凹した形のST上昇で、失神の病歴が無く、心室遅延電位を認めない例では予後良好です。しかし、Brugada症候群のST上昇の型および程度は、経過観察中に変動し、ある時期にsaddle-back 型を示したものが、coved typeに移行する場合も多く、経過観察が必要です。

 下図は、失心発作を主訴として緊急来院した40歳、男性の失心発作直後の心電図です。V1〜V3誘導に著しいST上昇を認めます(V1, 2はcoved typeのST上昇)(藤野和也、野村昌弘先生経験例)。

 下図は、上記の例の失心発作時の心電図で、心室細動の所見を示しています。

 下図は、59歳男性における胸部誘導心電図の経時的変化を示します。比較的短期間にST上昇の形態が著しく変動しています。本例では失心発作は認められませんでした。

4.臨床的背景
 Brugadaらは、本症候群の臨床的背景として次の諸事項を上げています。
 1.器質的疾患がない:心エコー図、冠動脈造影、右室造影、エルゴノビン負荷試験、心内膜心筋生検、タリウム心筋シンチグラフィーなどの諸検査に異常を認めない。しかし、心筋生検に関しては、右室流出路に異常を認めたとする報告もある。
 2.血清電解質濃度は正常。
 3.PR間隔,QTc間隔は正常。
 4.薬剤服用とは無関係である。
 5.ホルター心電図:心室性期外収縮を認める。
 6.心臓電気生理学的検査:失神発作時に認めたのと同様の心室性不整脈を誘発できる。
 7.失神発作は、連結期が短い心室性期外収縮に続く多形性心室性頻拍に関連して起こる。
 しかし、本症候群は器質的心疾患合併例に併発する場合もあります。ことに胸痛などの虚血性心疾患を疑わせる例に合併した場合には、本症候群によるST上昇を急性心筋梗塞によるST上昇と誤るおそれがありますから注意が必要です。

5. 諸種の薬物、操作の影響
  Brugada型心電図は、経時的に変動するばかりでなく、諸種の薬剤(ことに自律神経作用薬、抗不整脈薬)により、ST上昇の程度, R′波の振幅が変化します。ST上昇の程度が強い場合には心室細動が誘発される危険が高いと考えられます。下表は諸家の報告をまとめたものです。

薬剤、操作 ST上昇度、R′波の
振幅に及ぼす影響
交感神経β受容体刺激
交感神経β受容体遮断 ↑,→
交感神経α受容体刺激
交感神経α受容体遮断
副交感神経刺激 ↑→
副交感神経遮断
Ta群抗不整脈薬
Tb群抗不整脈薬
運動負荷
過換気

 運動は交感神経緊張を増強しますので、本症のST上昇の程度を低下させます。下図はBrugada型心電図のST上昇に及ぼす運動の影響を示します。運動負荷後には、負荷前に比べて、ST上昇の程度が軽減しています。

6. Brugada症候群の成因
 上記のようにBrugada症候群の心電図所見は自律神経機能と密接に関連するため、自律神経系の障碍がその成因と考えられました。しかし、1998年、Chenらは心筋細胞のNaチャネルをcodeする遺伝子 (SCN5A) のmutationを認めています。Gussak, Antzelevitchらは、非典型的なBrugada型心電図所見を示す例に、flecainide, ajmaline, procainamideなどのNaチャネル遮断薬を投与することにより、典型的な心Brugada型電図に変化させ得る (unmaskさせ得る) ことを指摘しており、Naチャネル異常が本症候群の心電図所見の成因であるとする考えは強力な支持を得ました。
 彼らは、右室心外膜側心筋の活動電位のdomeの欠如が、右側胸部誘導でのST上昇の原因であり、このような心筋部分の存在が電気的不均一性を惹起し、phase 2 reentry機序 を介して短い連結期の心室期外収縮を誘発し、これが引き金となって心室頻拍、心室細動が誘発されるとの考えを示しています。Fujikiらも、失神発作や心室細動がない非典型的なBrugada型心電図を示す例に、flecainide, pilsicanideなどのTc群に属する抗不整脈薬を投与する事により典型的なBrugada型心電図所見を示すようになったことを報告しています。

 7.Brugada症候群の予後
 Brugada症候群の予後についての大規模な研究は未だ見られませんが、戸兵らはBrugada型心電図を示す12例中3例 (33.3%) に失神発作を認め、内 3例では心電図的に心室細動を確認しています。私どもの経験では、Brugada型心電図を示す例における失神ないし心室細動の実数はもっと少ないとの印象を受けていますが、coved typeのST上昇を示す典型例では、心室細動の危険が大きいと考えて注意深い観察と適当な対処が必要であると考えられます。

 8. Brugada症候群の治療
 失神発作ないし心室細動発作を一度でも起こしたことがあるBrugada症候群は植込み式除細動器の適応があります。失神発作が無く、単にBrugada型心電図を示すのみの例に対する治療法については、現時点では未だ一定の見解がありません。しかし、Brugada型心電図を示す例では、少なくとも全例でホルター心電図、心エコー図などの循環器学的非侵襲検査を実施し、定期的に心電図的経過観察を行う必要があると思います。ことに、いわゆるcoved typeのST上昇を示す例では、心室細動の危険が高いため、オルシプレナリン〔アロテック錠(10mg)1日6錠〕、プロカテロール〔メプチン錠 (50μg)1日
1〜2錠〕などの交感神経刺激薬の経口投与を行った方が良いのではないかと思いますが、このような治療法の有効性は未だ確立されていません。

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