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1.心臓電気軸とは?
心筋の興奮により電気変化を生じます。この電気変化を記録したものが心電図です。心臓は立体的構成物ですから、その興奮により作られる電気変化も立体的に変化します。従って、心起電力は大きさと方向を持っており、ベクトル量として表現されます。この心起電力ベクトルの方向が心臓電気軸です。
立体的なベクトルの方向を表現する際に、前後軸、左右軸、上下軸の3つの軸が考えられ、これらの軸と何度の角度をとるかにより空間的方向が規定されます。心起電力ベクトルの方向を考える場合は、これを多少変更して、前後軸、左右軸および心臓長軸の周りの回転をもって心臓電気軸を立体的に表現します。下図はこれらの3軸とその周りの回転の表現方法を示します。
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A:身体前後軸周りの回転、 B:心臓長軸周りの回転、 C:身体横軸周りの回転 |
A. 身体前後軸周りの回転
a:右軸偏位、b:左軸偏位
B. 心臓長軸周りの回転
c:時針式回転(clockwise rotation)
d:反時針式回転(counterclockwise rotation)
C: 身体横軸周りの回転
e.心尖の後方転位
f. 心尖の前方転位
しかし、通常、心臓電気軸というと身体前後軸の周りの回転をいい、立体的な心起電力ベクトルの前額面における投影の表現として、左軸偏位、正常軸、右軸偏位などと記載されます。
2.いわゆる心臓電気軸(身体前後軸の周りの回転)
上述のように、心臓電気軸というと前額面における心臓電気軸の方向を意味します。心起電力ベクトルにはいろんな要素があり、P軸、QRS軸、T軸などもあるのですが、一般にQRS軸を心臓電気軸と言っています。これは、心室の興奮が心起電力の中で最も大きく、かつ臨床的意義も重要であるためです。
さらに、QRSベクトルについても、QRS初期ベクトル、最大ベクトル、平均ベクトル、秋期ベクトル、瞬時ベクトル(0.02秒QRSベクトル等)等がありますが、通常、QRS電気軸という場合にはQRS平均ベクトルを意味します。これは、QRS間隔(心室脱分極期)の間の平均的なQRSベクトルを意味しています。つまり、QRS波の面積ベクトルを意味しています。
3.Einthovenの正三角形模型
心電図学の創始者、Einthoveは心電図誘導法として標準肢誘導を提唱すると共に有名な正三角形模型の考え方を導入しました。標準肢誘導では右手、左手、左足に電極を置きますが、実は胴体という容積導体内に心臓という電源があるため、手足は単に胴体からでた導線の役割を果たすに過ぎず、手足に置いた電極は、実は、手足の胴体への付着部においてあると考えることが出来ます。
従って、手足に置いた電極部位を結合すると近似的に正三角形を形成すると考えられます。しかし、正三角形と考えるよりも二等辺三角形や不等辺三角形(Bueruger三角形)であると考えた方がよいとの意見もありますが、近似的に正三角形とみなしてもそれほど大きい違いはありません。
正三角形理論では、この正三角形の中心に心臓の電気的中心があり、ここを始点として心起電力ベクトルがでており、標準肢誘導の各誘導(T、U,V誘導)で記録される心電図波形は、この心起電力ベクトルのこれらの正三角形の各辺への投影であると考えます。
4.正三角形模型と三軸座標系
このように標準肢誘導で記録される心電図波形は、正三角形の中心に一端をおいた心起電力ベクトルの各辺への投影と考えることが出来ますので、正三角形の各辺を正三角形の中心に平行移動しても誘導軸としての意義は変わりません。
従って、Einthovenの正三角形は、 下図のように互いに60度の角度を持つ三軸座標に置き換えることが出来ます 〔Baileyの三軸座標系(triaxial
reference system)〕。この際、これらの各軸の極性は、国際的な規約に従い、T誘導では左方が正(+)、右方が負(-)となり;U誘導では左足が(+)、右手が(ー);V誘導では左足が(+)、左手が(ー)となります。心臓電気軸を診断する方法には作図法と目測法がありますが、作図法ではこの三軸座標を用いて作図により心臓電気軸を定めます。
5.軸偏位の診断基準
「心電図の標準化と心電図診断に関するAHA/ACCF/HRS勧告(2009)」は、成人におけるQRS軸の定義を以下のように勧告しています。
(1) 正常軸:-30度から時計回りに+90度
(2) 左軸偏位:-30度から反時計回りに-90度まで。
(i) 軽度左軸偏位:-30度から反時計回りにー45度まで。
(ii)高度左軸偏位:-45度から反時計回りに−90度まで。
(3) 右軸偏位:+90度から±180度まで。
(i)軽度右軸偏位:+90度から時計回りに+120度まで。
(ii)高度右軸偏位:+120度から時計回りに±180度まで。
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AHA/ACCF/HRSによる心電図診断と標準化に関する勧告、 JACC,2009 |
〔註〕−90度から反時計回りに±180度までの間にQRS軸がある場合は、不定軸(indeterminate QRS axis)
あるいは北西軸(north-west QRS axis)と呼ぶ場合があり, 肺気腫、特殊の右室肥大などの際に見る場合があります。
6.軸偏位の定め方
平均QRSベクトルが上図のどの区画にあるかにより軸偏位を診断するが、その方法には目測法と作図法とがあり、通常は前者が用いられ、後者は研究目的に使用される。平均QRSベクトルとは、心室脱分極期における平均的な心起電力を意味する。すなわち、QRS波の面積ベクトルのことである。一般にQRS波は三角形に近似でき、三角形の面積は(底辺×高さ/2)で求められる。この際、底辺はQRS間隔であるから、通常は0.10秒前後でほぼ一定とみなし得る。従ってある誘導のQRS波の面積はQRS波の振幅で表すことが出来る。QRS波には陽性波(R波)と陰性波(Q波、S波)があるので、R波の振幅(+)、Q波の振幅(−)、S波の振幅(−)の代数和がQRS波の平均振幅であり、QRS波の面積(積分)を近似的に反映すると考えられる。
1)目測法
標準肢誘導のT、V誘導のQRS波形の平均振幅(陽性波と陰性波の振幅の代数和)が正(+)であるか負(-)であるかを目視的に判断し下表により軸偏位を診断する。
/ | T誘導 | U誘導 | aVF誘導 |
正常軸 | + | + | / |
左軸偏位 | + | − | / |
右軸偏位 | − | / | + |
2)作図法
T、V誘導のQRS波の平均振幅を求め、下図のように三軸座標系を用いて作図によりQRS軸を求めます。下図においては、T誘導におけるQRS波の平均振幅(陽性波と陰性波の振幅の代数和)は+4mm(R=+5mm、Q=-1mm)、V誘導のQRS波の平均振幅は−5mm(R=6.4mm, S=11.4mm)ですから、T誘導軸上の+4単位のところに垂線を立て、V誘導軸上の−5単位のところに立てた垂線との交点と原点(正三角形の中心、三軸座標の交点)とを結んだ線が、この例の平均前面QRS軸(平均前面QRSベクトル)になります。このようにして定めたQRS軸がT誘導の陽性極を0度とし、時計回りの方向を+(プラス)、反時計回りの方向を−(マイナス)として角度を記載します。
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7. 心臓電気軸の正常値
1) P軸の正常値
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P軸の方向。Frank誘導ベクトル心電図における最大Pベクトル の方向で表した。平均値と標準偏差×2の範囲を示す。 |
2)QRおよびT軸の正常値
水野は、QRS軸の正常値(度)として下表のような値を示しています。
対象 | 平均 | 標準偏差 | 正常上界 | 正常下界 |
青年男子群 | 64 | 21 | 9 | 0 |
壮年男子群 | 54 | 26 | 86 | −37 |
青年女子群 | 60 | 20 | 90 | 5 |
壮年女子群 | 46 | 26 | 89 | −13 |
T軸の正常値は下記の如くです(水野)。
対象 | 年齢(歳) | 平均(度) | 標準偏差(度) |
青年男子群 | 18〜29 | 52 | 17 |
壮年男子群 | 48〜57 | 56 | 15 |
青年女子群 | 18〜29 | 37 | 16 |
壮年女子群 | 40〜45 | 45 | 14 |
T軸の正常上界および下界は下表の如くです。
年齢 | 正常上界(度) | 正常下界(度) | ||
男性 | 女性 | 男性 | 女性 | |
20〜29歳 | 72 | 67 | −8 | 0 |
30〜39歳 | 71 | 67 | 3 | −7 |
40〜49歳 | 71 | 68 | −8 | −3 |
8.左軸偏位を来す諸病態
1.左脚前枝ブロック | 虚血性心臓病(心筋梗塞、狭心症など)、高血圧、 特発性心筋症、二次性心筋症、三尖弁閉鎖、 心内膜床欠損、開心術後など。 |
2.左室肥大 | 高血圧、大動脈弁膜症、大動脈縮窄、三尖弁閉鎖、 大動脈炎症候群 |
3.横位心(水平位心) | 肥満、妊娠、腹水、腹部腫瘍 |
4.下壁梗塞 | QU、Vが深くなることによる。 通常の左軸偏位と意義が異なる。 |
5.左脚ブロック、両脚ブロック(左脚前枝ブロック兼完全右脚ブロック) | |
6.WPW症候群(B型) | |
7.肺気腫 | 胸郭内空気含量の増加による電場の 変化による。 |
9.右軸偏位を来す諸病態
1.立位心(垂直位心) | 滴状心、無力性体質、左側滲出性胸膜炎 |
2.右室肥大 | 僧帽弁狭窄、肺動脈狭窄、肺高血圧症、 諸種の先天性心臓病 |
3.肺性心 | 閉塞性肺疾患、肺梗塞 |
4.右脚ブロック | 合併症がない完全右脚bブロック |
5.WPW症候群 | A型WPW症候群 |
6.側壁梗塞、広範前壁梗塞 | 左室起電力減少による。 |
7.左脚後枝ブロック | 垂直位心、右室肥大を除外できる例において QRS間隔正常、かつ+120度以上の著明な 右軸偏位を示す場合など。 |
8.両脚ブロック | 左脚後枝ブロック+完全右脚ブロックを伴う例 |
10, 心臓電気軸と解剖学的心軸(X線的心臓長軸)との関係
電気的心軸と解剖学的心軸との関係について検討してみました。解剖学的心軸としては、遠隔撮影した胸部X線写真で定めた心臓長軸を用い、これとQRS軸が水平線となす角度との相関係数を調査しました。その結果を下図に示します。
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A:心臓電気軸(QRS軸)、B:X線的心臓長軸 |
両者の相関係数は0.38で、統計的に有意な正相関を示します。しかし、両者の分布はかなり異なり、心臓電気軸はX線的に定めた心臓長軸よりも著しく幅広い分布を示しています。つまり、心臓電気軸は、解剖学的心軸と密接な相関がありますが、電気軸は解剖学的心軸をより一層強調した形で表現すると考えることが出来ます。
11.位置型と肥大型
単なる心臓の位置変化の場合は、TベクトルはほぼQRSベクトルに近い方向をとりますから、下表に示すようにQRSベクトルはTベクトルと同様の関係を保ちます。このような場合は正常型、左位型、右位型と表現されます。左室肥大の際には、QRS軸は左軸偏位を示しますが、T軸はベクトル夾角の拡大のためにQRS軸と反対方向に向かいます。右室肥大の際にはQRS軸は右軸偏位(ないしその傾向)を示しますが、T軸はこれと反対方向に向かいます。その結果、単なる心臓の位置変化の際には、標準肢誘導のT波の大きさの順序は、QRS波の大きさの順序と同様ですが、心室肥大の際のT波の大きさの順序はQRS波の大きさの順序と逆になります。下図にその実例を示します。
/ | QRS波 | T波 | ![]() |
正常型 | U>T>V | U>T>V | |
左位型 | T>U>V | T>U>V | |
左肥大型 | T>U>V | V>U>T | |
右位型 | V≧U>T | V>U>T | |
右肥大型 | V≧U>T | T>U>V |
12.心臓長軸周りの回転
心臓長軸周りの回転は時針式回転(clockwise
rotation)と反時針式回転(counterclockwise
rotation)に分けられる。時針式、反時針式の記載は、心尖部から心基部を眺めた際の回転方向により記載される。通常胸部誘導の移行帯はV3にありますが、これgV5,6に移動している際には心臓長軸周りの時針式回転があると診断します。他方、心臓長軸周りの反時針式回転の際には、QRS波の移行帯は右方に偏位し、右側胸部誘導でR波の振幅が高くなりますが、この場合は右室肥大とは異なり、左側胸部誘導のS波の増大を伴いません。
Goldbergerは、心臓長軸周りの回転を次の5型に分けています。
1.軽度の時針式回転 | aVRがrS型を示す。 |
2.著明な時針式回転 | AVRがQR、Qr、qR型を示す。 |
3.極度の時針式回転 | V1,2がqR型を示す。 |
4.軽度の反時針式回転 | 胸部誘導でqR型がV3,4から始まる。 |
5.著明な反時針式回転 | 胸部誘導でqR型がV2から始まる。 |
13.身体横軸周りの回転
Goldbergerは、身体横軸周りの回転を次のように2型に分類しています。
心尖の前方回転 | aVFが左室心外膜面の電位を反映してqR型を示す。 |
心尖の後方回転 | aVFが右室心外膜面の電位を反映してrS、RS型を示す。 |
14.結語
心臓電気軸は、通常、目測により判断します。簡単な観察で極めて有用な多くの情報を持っていますので、心電図診断の際には全ての例で軸偏位を評価し、併せて心臓長軸周りの回転などについても観察することが必要です。