Brugada症候群 38 
Brugada型心電図に及ぼす食事の影響(飽食試験を含む
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1. Brugada症候群における心事故と食事との関連
  Ikedaら)は、30例のBrugada症候群の発作出現状況を調査し、下表のような結果を得ました。広く知られているように、Brugada症候群における心事故は、夜間、睡眠中(13例, 43.3%)に最も多くみられましたが、大量飲酒後の夜間(5例,13.3%)、昼食中(2例,6.7%)、朝食後(1例,3.3%)など、合計8例(26.7%)では心事故の発現が食事と関連して出現していました。

心事故出現
時間帯
例数 心事故
出現状況
例数
夜間 22 73.3 睡眠中 13 43.3
早朝歩行中 4 13.3
大量飲酒後夜間 5 16.7
昼間 8 26.7 朝食後 1 3.3
昼食中 2 6.7
コーヒータイム 2 6.7
休憩中 3 10.0

2 Brugada 型心電図に与える食事の影響
 
 Nishizakiらは、Brugada症候群におけるST上昇所見への食事の影響について調査しています。研究対象はBrugada症候群29例で、うち男性18例、女性11例です。平均年齢は54±14歳(31〜78例)で、自然状態ないし薬剤負荷後にV1-3でST上昇≧2mmを示す例を検討対象としています。これらの29例中6例(20.7%) に心停止/原因不明の失神を認め、3例(10.3%)に原因不明の心臓性急死の家族歴を認めます。うち15例では心臓電気生理学的検査を行い、全例で心室プログラム刺激で心室細動の誘発が可能でした。

 食事は1日1,800kcalを3食に均等配分し、血漿ブドウ糖濃度、IRI濃度, K+濃度、標準12誘導心電図を、朝・昼・夕食の各食前、食後1時間、深夜および午前3時の8回測定/記録しています。
 心電図の陽性判定基準としては、下記の2項目の内、何れか1項目を満たす場合を陽性と判定しています。
  (1) V1-3での1mm以上のST上昇度の増強、
  (2) 正常波形/saddle-back型→coved型、またはcoved型→正常波形/saddle-back型への変化。
 このような方法を用いて検討した20例における各食前、食後、深夜、午前3時におけるV1-3の心電図波形の変化を下図に示します。この図から分かるように、各食後にはsaddle-back型→coved型ないしnormal→saddle-bakc型への変化を示し、逆に食前にはcoved型→saddle-back型ないしsaddle-back型→normalへの変化を示す例が多く認めれています。

(Nishizaki M, et al:J Cardiovas Electrophysiol 19:62, 2008)

 下図に本研究における各食前・食後、深夜、午前3時におけるV1-3誘導心電図の実例を示します。

(Nishizaki M, et al:J Cardiovas Electrophysiol 19:62, 2008)

  このNishizakiらの研究から、次のようなことが言えます。
 (1) Brugada型心電図のST部の波形、振幅の日内変動には食事の影響が強い。
 (2) 毎食後にST部が上昇し、この時期に急死例が多い。ST上昇は深夜から明け方にかけてよりも、夕食後から夜にかけて著明である。
 (3) 食後のST上昇と、血清K+濃度、心拍数との間に関連はない。

 .3 Brugada型心電図に及ぼす75gブドウ糖負荷試験の影響
  Nishizakiら23)は、食事によるBrugada症候群の心電図波形変化の機序を明らかにするために、Brugada症候群および健常対照群各20例について75gブドウ糖負荷試験(75gOGTT)を実施して検討を行っています。この研究の対照は全例男性で、年齢は51±10歳(37〜77歳)です。心電図所見としては、持続的ないし一過性に右脚ブロック型を示し、V1-3のST上昇≧2mmで、coved型ないしsaddle-back型波形を示す例を用いています。 

  このような基準で診断したBrugada症候群20例中14例(75%)は心停止、原因不明の失神・動悸などの症状を持っており、7例(35%)には急死の家族歴を認めています。
 
 75gOGTTは以下の様式で実施しています。
 (1) 3日前から通常食を摂取し、重労働を避け、禁煙、コーヒー飲用の禁止、
 (2) 夕食以後は何も食べない。
 (3) 75gのブドウ糖を200mlの水に溶かして飲用させた。
 (4) 採血は75gブドウ糖の摂取前、摂取後30分、1,2,3時間後に採血し、血糖、血清K+濃度、血漿IRI濃度を測定すると共に心電図を記録しています。

 試験結果の判定は、V1-3誘導の何れかで下記3所見の何れかを満たした場合を陽性と判定しています。
 (1) 負荷前に比べてST上昇>1mm,
 (2) saddle-back型からcoved型への波形変化、
 (3) 陰性ないし二相性T波の新規出現。

 以上の基準で判定した75gOGTT時の心電図所見の陽性率は、Brugada症候群では15例(75%)でしたが、正常対照群では1例も陽性例は認められませんでした。また、陽性反応を示したBrugada症候群15例中、負荷3時間後まで心電図変化が持続したのは9例(60%)でした。有意なST上昇を示したBrugada症候群13例中、最大ST上昇を示した時点とIRIのピーク時点が一致した例は7例(53.8%)で、血糖値のピークと一致した例は4例(30.8%)で、peak IRI値と一致した例を多く認めています。下図にBrugada症候群における75gOGTT負荷試験時の心電図の経時変化の1例を示します。

(Nishizaki M, et al:J Cardiovas Electrophysiol 19:62, 2008)

 75gOGTT時の心電図変化の出現機序として、Nishizakiらは次のように考察しています。
 (1) インスリンはNa+ポンプを活性化して膜電位の過分極を起こし、これがプラトー相の外向き電流を活性化してST上昇を起こす。
 (2) Na+/K+ポンプの活性化は、心筋細胞膜を通るK+電流を増大し、心内膜細胞、心外膜細胞およびM細胞の再分極過程に異なった影響を与え、ST上昇に寄与する。
 (3) ブドウ糖負荷は、自律神経、血漿粘稠度、種々のイオンチャネルへの影響などを介してST偏位に影響を与える。

 4 Full stomach test(飽食試験)
  腹一杯食物を食べると、胃壁が急激に進展されて迷走神経が刺激されます。迷走神経緊張亢進はBrugada型心電図の顕性化や不整脈の誘発に関連がある事が知られています。Ikedaらはこのような背景に基づき、飽食による心電図変化がBrugada症候群における予後評価や診断に有用でないかと考え、飽食の心電図所見に及ぼす影響について検討しています。

  Ikedaらがこの研究に用いた研究対象は、洞調律時にV1-3誘導で持続的ないし一過性coved型ST上昇(≧0.2mV)を示す35例です。これらの症例の年齢は45±12歳(平均±標準偏差)で、80%は25〜49歳の年齢層に属し、男性33例、女性2例でした。急死家族歴は15例(43%)に認められ、13例(37%)に心事故の病歴を認めました。心事故の内訳は心室細動5例、原因不明の失神8例です。

 Ikedaらは、これらの35例を下記の2群に分類しました。
  (1) 高リスク群(17例):生命を脅かす心事故の病歴a/o急死家族歴がある例、 
  (2) 中リスク群(18例):自然coved型ST上昇を示すが、自覚症状がなく、また急死家族歴もない例。

 Ikedaらが行ったfull stomach test実施法および判定基準を下図に示します。

飽食試験実施法および判定法(池田ら)
( Ikeda T, et al: J Cardiovas Electrophysiol 17:602, 2006)

 朝食抜きで、昼食として大量の食事および飲み物を短時間内(20分間以内)に摂取させ、食前および食後30分以内に標準12誘導心電図を記録しています。食事内容は患者の選択にゆだねます。下図はfull stomach test陽性例の心電図の1例を示します。摂食前にはV2誘導の心室群はsaddle-back型を示していますが、摂食15分後には著しいST上昇と典型的なcoved型への変化が認められています。

( Ikeda T, et al: J Cardiovas Electrophysiol 17:602, 2006)

 高リスク群(17例)中のfull stomach test陽性例は14例(82.4%)で, 中リスク群(18例)中の陽性例3例(16.7%)に比べて、前者での陽性率が著しく高く、full stomach testは高リスク群の検出に有用でした。
 またIkedaらは、full stomach test , 薬理学的負荷試験、心室遅延電位、自然ST変動、microvolt T波交互脈、PR間隔延長(>200msec), QRS間隔延長(>120msec)、QTc間隔延長(>440msec)、QT間隔分散(>6msec)の9指標と心事故との単変量解析を行っていますが、有意の相関があったのはfull stomach testと自然ST変動の2項目のみで、そのOdds比はそれぞれ7.1と5.5でした。

 以上の研究成績からIkedaらはfull stomach testは生命を脅かす心事故の予測に有用な指標であるとし、その心事故予測における診断精度は、感度77%, 特異度68%, 陽性試験の予測値(陽性例での有疾患率)59%, 陰性試験の予測値(陰性例での非疾患率)83%, 精度71%であったと述べています。

 一般的に、食事摂取による血糖上昇のピークは食後2時間前後と考えられています。full stomach testでは、大量の食事を20分以内に摂取させ、 摂食後30分以内に心電図を記録しているため、Ikedaらはfull stomach test陽性例における心電図所見出現機序として、摂食による血糖/インスリン濃度の増大よりも、胃壁の急激な伸展により生じた反射的な迷走神経緊張亢進が考え易いと述べています。

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