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1. WPW症候群とは
心臓自身には何らの異常がない人が、特有の心電図所見を示し、しばしば発作性心頻拍症や発作性心房細動などの上室性頻脈性不整脈発作を起こし、また
これらの心電図異常が突然 正常化する興味深い例があることが1915年頃から知られていました(Wilson)。
1930年、Wolff, Parkinson. Whiteらが、このような例を12例集め、その臨床所見、心電図などについて詳しく報告して以来、この疾患はこれらの3人の頭文字をとってWPW症候群と呼ばれるようになりました。下の写真は,Dr.Whiteが1955年、虚血性心臓病の国際疫学共同研究のために九州大学医学部を訪れた際のスナップ写真です。
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左から木村登助教授、 森、Dr.White, Dr.Bronte- Stewart |
左から木村登助教授、 DrWhite、森 |
WPW症候群の臨床像の特徴は次の3点に要約されます。
1) 特有のWPW型心電図を示す。
2) このWPW型心電図が、自然に、または何らかの操作により突然正常化する。
3) 発作性心頻拍、心房細動(粗動)などの頻脈発作を高率に合併する。
しかし、中にはWPW型心電図のみを示し、頻脈発作を伴わない例や、いろんな操作によっても正常化しないような例もあります。WPW型心電図のみを示し、なんら頻脈発作を伴わない例は、学校の身体検査や人間ドックで偶然発見されます。
2.WPW症候群の心電図所見
WPW症候群に特徴的な心電図所見(WPW型心電図)とは下記のような特徴を持った心電図です。
1) デルタ波の出現
2) PR間隔の短縮
3) QRS間隔の延長
4) しばしばSTーT変化を伴う。
3.正常心電図の成り立ち(リンク)
WPW症候群の心電図を理解するためには、正常心電図を理解する必要があります。正常心電図についてはこのリンクを見て下さい。
4.デルタ波
デルタ波とは、QRS波の起始部がゆっくり斜めに上昇し、あたかも三角形状の波が本来のQRS波の前に追加されたような形を示します。そのため、「三角形状のもの」と言う意味でデルタ波と呼ばれています。これは、正常の刺激伝導系の他に心房と心室を結合するバイパス(副伝導路)があり、このバイパスを通った興奮により心室筋の一部が早期に興奮するために生じたものです。
このため、WPW症候群を心室早期興奮症候群(preexcitation syndrome)または副伝導路症候群(accessory pathway
syndrome)とも呼ばれます。正常の刺激伝導系(房室伝導系、田原-ヒス系)を興奮が通る際には、房室結節(田原結節)を通過するのに時間がかかります(0.12〜0.20秒)。心房が収縮して血液を心室に送り出し,次いで心室が収縮して血液を全身に送り出す際に、心房収縮と心室収縮との間に若干の時間差があった方が、心房から心室に血液を多く送り込むことができ、より多くの心拍出量を維持するために必要です。
5.QRS間隔の拡大
正常の刺激伝導系を通る興奮は、左右心室にほぼ同時に伝わりますので、QRS間隔は狭いのですが(0.05〜0.10秒)、WPW症候群の場合は副伝導路が何れかの心室にありますので、その心室が早期に興奮します。他方、正常房室伝導系を通って心室に到達した興奮により残りの心室部分が興奮しますので、心室興奮時間の終了は正常の場合と同様です。そのため、心室興奮時間は長くなり、QRS間隔は延長します(≧0.12秒)。
6.WPW型心電図と正常房室伝導心電図(正常心電図)との移行
PR間隔短縮、QRS間隔延長、デルタ波を示していたWPW型心電図が、突然、正常心電図に変わることがあります。これは自然に移行する場合もありますが、薬物やいろんな操作により起こる場合もあります。
WPW症候群の原因として副伝導路が考えられていなかった頃は、この現象は誠に奇異な現象であると考えられ、本症候群の病態解明への興味がかき立てられました。しかし、この現象は副伝導路が本症候群の成因であると考えると極めて明快に説明できます。
すなわち、通常は心房興奮は副伝導路を通って心室筋の一部を早期に興奮させますが、大部分の心室筋は正常房室伝導系を通る興奮により刺激され、デルタ波、PR間隔短縮、QRS間隔延長などのWPW症候群特有の心電図所見を示します。
しかし、何らかの理由(自律神経緊張度の変化など)で、興奮が副伝導路を通らなくなると(バイパスの閉鎖)、興奮は正常房室伝導系のみを通るようになり、心電図は正常化します。何の操作もしないのに、心電図波形が正常になったり、WPW型になったりする例があり、このような例は間欠的WPW症候群と呼ばれています(intermettent WPW syndrome).。
WPW型波形を正常化する方法には以下のような方法があります。
1 | 頻回心電図記録 |
2 | ホルター心電図記録 |
3 | 運動負荷 |
4 | 薬物負荷 |
5 | ヒス束ペーシング |
6 | 深呼吸 |
7 | 迷走神経刺激:頸動脈洞マッサージ、眼球加圧 |
8 | 起立位 |
9 | 副伝導路近辺の電気刺激:不応期の形成 |
下の表はWPW型心電図を正常房室伝導心電図(正常心電図)に変換するための薬物試験を示します。
薬品名 | 使用方法 |
プロカインアミド | 10mg/kg、5分かけて静注 |
リドカイン | 50〜100mg静注 |
アジュマリン | 50mg、静注 |
亜硝酸アミル | 吸入 |
ニトログリセリン | 舌下使用 |
ジソピラミド | 50mg、緩徐に静注 |
硫酸キニジン | 0.4〜0.6g、1〜2時間毎、5〜6回内服 |
硫酸アトロピン | 1.2mg、急速静注 |
7. 頻脈発作
WPW症候群の臨床的特徴の1つは頻脈発作を示す事です。WPW症候群の頻脈発作は大部分は発作性上室頻拍ですが、一部に発作性心房細動(心房粗動)があります。WPW症候群に合併した不整脈の頻度としては下記のような報告があります。
不整脈の種類 | 例数 | % |
発作性上室頻拍 | 22 | 52.4 |
発作性心房細動 | 6 | 14.3 |
発作性心房粗動 | 2 | 4.8 |
心房性期外収縮頻発 | 2 | 4.8 |
心室性期外収縮頻発 | 2 | 4.8 |
心室性副調律 | 1 | 2.4 |
不明の頻脈 | 7 | 16.7 |
WPW症候群における発作性上室頻拍は、興奮が 心房→房室結節→心室→副伝導路→心房 という経路を回旋する事により起こりますので、厳密には房室回帰性頻拍と呼ぶべき頻脈発作です。副伝導路の中には、興奮を心室→心房方向のみに伝え、心房→心室方向に伝えない性質のものがあります(一方向性伝導)。
このような副伝導路を有する場合は、非発作時心電図はWPW型を示しませんので、通常の心電図を記録するのみではWPW症候群の診断を下すことは極めて困難です。このような例を「潜在性WPW症候群 (concealed WPW syndrome)」と言い、上室頻拍の重要な原因の1つになっています。下村は、上室頻拍の機序 を心臓電気生理学的に検討し、下表のような成績を示しています。
/ | WPW症候群 | 房室結節内 リエントリー |
洞結節内(心房内) リエントリー |
自動能亢進 | |
顕性 | 潜在性 | ||||
例数 | 37 | 46 | 32 | 4 | 4 |
% | 30.1 | 37.4 | 26.0 | 3.3 | 3.3 |
8.WPW症候群の頻度と病態生理
WPW型心電図の頻度は、集団検診などでの調査では600ないし800人に1人と言われていますので、それほど少ない病態ではありません。潜在性WPW症候群の頻度については、心臓電気生理学的検査を実施しないと診断がつきませんから、その正確な頻度は不明ですが、上表に示すようにかなり頻度が多いものと思われます。
一般に成人では、心房と心室との境界は房室結節ーヒス束の部分を除いて、繊維輪という結合組織により完全に遮断され、両者間の筋肉性結合はありません。しかし、胎児期においてはこの線維輪の発達が不完全で、多くの筋性結合が残存しています。このような筋性結合が生後も尚残存した状態が副伝導路です。副伝導路に幾つかの種類がありますが、最も一般的なものがKentにより初めて記載されたケント束(Kent bundle)です。
下図は、WPW症候群の病態形成を示す模型図です。
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Cは典型的な病態で、心房興奮は副伝導路を通って心室筋の一部の早期興奮を起こしてデルタ波を形成する。他方、残りの心筋は正常房室伝導系を通った刺激により興奮する。そのため、心室は副伝導路と正常房室伝導系の両者により興奮し、心室融合収縮を形成する。
下図に副伝導路の種類とそれにより生じる心室早期興奮症候群の3型を示します。
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副伝導路の3型 K:ケント束、J:James繊維、M:Mahaim束 AVN:房室結節(田原結節) |
1.Kent束:
心房と心室を直接連結する筋繊維で、副伝導路の大部分はこの型である。
2.James繊維:
洞結節と房室結節を連絡する3本の結節間路(anterior,
middle, posterior internodal tracts)の内、後結節間路は洞結節の後縁から出て、しばしば房室結節の大部分をバイパスして、その下方で正常刺激伝導系と連結し、興奮旋回路の一部を形成する場合がある。
3.Mahaim束:
房室結節、ヒス束、脚上部などから心室筋に直接 連結する筋線維。
/ | デルタ波 | PR間隔短縮 | QRS間隔延長 |
Kent束 | + | + | + |
James繊維 | − | + | − |
Mahaim束 | + | −(または+) | + |
9. WPW症候群の治療
WPW症候群の治療は、(1)頻拍発作の治療、(2)根治療法の2種に分かれる。
1)頻拍発作の治療
頻拍発作が上室頻拍であるか、心房細動(粗動)であるかにより異なります。一般に上室頻拍は停止し易いのですが、発作性心房細動(粗動)では発作時の心拍数が著しく多くなり、生命に関わることさえあります。何れの場合も、頻脈発作が多発する場合は副伝導路のカテーテル焼灼法などによる根治療法を行うべきですが、頻度がそれほど多くなくとも、心房細(粗)動で発作時心拍数が多い例は根治療法を行うべきであると思います。
発作性上室頻拍の発作時治療法としては下記のようなものがあります。
( 1) 機械的迷走神経刺激
a. 頸動脈洞マッサージ:最初は右、無効の際は左の頸動脈洞マッサージを行います。
b. 眼球圧迫:最初は右、無効の際は左方の眼球を圧迫します。
c. Valsalva操作:声門を閉じて息を呼出させます。
d. Mueller操作:声門を閉じて、息を吸い込ませます。
(2) 薬理学的迷走神経刺激法;デスラノシドなどの即効性ジギタリス薬を静注します。
(3) ATP静注療法;アデホス、トリノシン(2ml;10,20,40mg)の5〜10mgを3秒以内に速やかに静注します。
(4)抗不整脈薬
a. ベラパミル(ワソラン2ml、5mg):1回5mgを5分かけて静注します。
b. ジルチアゼム(ヘルベッサー1管10,50mg):1回10〜20mgを3分かけて静注。
c. プロカインアミド(アミサリン1管125,250mg):500〜1,000mgを50〜100mg/分の速度で緩徐に静注。
d. ジソピラミド(リスモダンP1管5ml、50mg):1.5〜2mg/kgを5分かけて静注。
e. シベンゾリン(シベノール1管5ml、70mg):1.5mg/kgを5分かけて静注。
(5)心房ペーシング:心房の頻回ペーシングを行います。
(6)直流ショック療法
2) WPW症候群の根治療法
入院の上、心臓電気生理学的検査により副伝導路の位置を推定し、その部位を電極カテーテルを用いて高周波電流通電により焼灼します。最近は装置、診断技法の進歩により著しく成功率が向上し、いまやWPW症候群の標準的な治療法になりました。
副伝導路焼灼法の成功率は、副伝導路の所在部位により異なりますが、NASPEの調査によりますと左室自由壁副伝導路では91%、中隔副伝導路では87%、右室自由壁副伝導路では82%の成功率が報じられています。合併症発生率は2.1%、死亡率は0.2%です。最近は、成功率は更に向上し、95%以上の成功率を上げている施設もあり、重篤な合併症は殆どみられなくなっています。
3) 薬物内服による頻拍発作の予防
心拍数が多い発作性心房細(粗)動や頻脈発作が頻発するような例では、カテーテル焼灼法による根治療法が勧められますが、やむを得ない理由で根治療法を行えない場合は、下記のような抗不整脈薬内服による発作出現予防が行われ、ます。
a. ベラパミル(ワソラン1錠40mg):120〜240mg/日、分3
b. フレカイニド(タンボコール1錠50,100mg):100〜200mg/日、分2
c. ピルシカイニド(サンリズム1錠25,50mg):150mg/日、分3
d. ジソピラミド(リスモダンR1錠150mg):300mg/日、分2
e. プロパフェノン(プロノン1錠100,150mg):300mg/日、分3
f. シベンゾリン(シベノール1錠50,100mg):300〜450mg/日、分3
4)発作性心房細動の発作時治療
(1)抗不整脈薬療法
a. プロカインアミド:50〜100mg/分の速度で500〜1,000mg静注
b. ジソピラミド:1.5〜2mg/kg、緩徐に静注
c. シベンゾリン:1.5mg/kg、緩徐に静注
(2)抗不整脈薬単回投与による洞調律化
a. サンリズム(1錠25,50mg):100mgを1回のみ内服
発作性心房細動15例に試み、73%に洞調律化に成功(発症7日以内の例では92%に成功)。
副作用として、2例に4秒以上の心停止を認めています。
b. ピメノール(1錠50,100mg):200mg(体重60kg以下の者は150mg)を1回のみ内服。洞調律化率:44%。
これらの発作性心房細動に対する抗不整脈薬単回投与は、入院の上、心電図モニター下に循環器専門医により実施することが必要であると思います。
(文献:井野威、新博次、早川弘一:Pimenol,pilsicanide単回投与によるpharmacological cardioversion:発作性心房細動、発作性上室頻拍に対する効果.Jpn.J.Electrocardiology 13:39,1993)