2.QRS環前方偏位を示す剖検例での刺激伝導系連続切片標本による検討(中屋、高島)
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生前に間欠的右脚ブロックとQRS環前方偏位を示した86歳男性例が突然死し、その剖検を行い、刺激伝導系の連続切片標本により左脚中隔枝領域に広範な線維化を認めた。
(高島康治、檜沢一夫、中屋豊,仁木敏晴、森 博愛、宇山幸久:QRS環前方偏位を示した急死例の連続切片法による刺激伝導系の検討.臨牀と研究 54(10):3340-3343)、1977)
症例:86歳、男性
主訴:心雑音の精査
現病歴:生来健康であったが、85歳時に虫垂炎の手術を受け、その際、心雑音を指摘されて精査のため内科を紹介された。翌年、発熱(38度C)、食思不振,嘔吐があり、外科を受診し、胃癌、胆石症と診断され、再び心雑音を指摘され、精査のため内科を紹介された。(この心雑音は、乳頭筋不全によるものであった。)
現症:脈拍 56/分、整。血圧 150/70mmHg。心尖部にLevine3度の全収縮期性雑音を聴取する。thrill(-)。
胸部X線写真:肺野 正常、心陰影:左第1弓の軽度の突出を認める。心胸郭比 52%。
本例は、間欠的右脚ブロックを示した。下図に、正常伝導時(左)および右脚ブロック時(右)の心電図を示す。
正常伝導時の心電図(左)では、RV5+SV1>40mmで、左室肥大が考えられる。正常例にみる左右非対称的なT波の特徴が失われているが、著明なST−T変化はない。V2のRの振幅がやや高い。
右脚ブロック時の心電図(右)では、QRS間隔≧0.12秒で、V1,2のQRS波はrsR′型ないしRR′型で、T、V5,6に幅広いS波があり、典型的な右脚ブロック所見を示す。V1,2でS波が深くなく、B型の右脚ブロックと考えられる。
基本調律時の心電図 |
間欠的右脚ブロック時の心電図 |
下図は、正常伝導時および右脚ブロック時のベクトル心電図である。なお、右脚ブロック時のベクトル心電図については、水平面図のみを示す。本例における正常伝導時のベクトル心電図の特徴的所見は、水平面図QRS環の前方偏位が著しいことである。右脚ブロック出現後は、水平面図QRS環終末部が、著しい刻時点の密集を示して右前方に突出し、いわゆる終末附加部(terminal
appendage)を作り、右脚ブロックに特徴的な所見を示している。
右脚ブロック出現前後のベクトル心電図水平面図を比べると、QRS環主部は右脚ブロック出現前後で同様であり、右脚ブロックは単にQRS環終末部の右前方への偏位と刻時点(タイマー)の密集を起こしているに過ぎない。QRS環主部の前方偏位は右脚ブロック出現前後で変化がない。このベクトル心電図水平面図におけるQRS環主部の左前方への偏位は 極めて特徴的所見であり、右脚ブロックによるものでないことは、このベクトル心電図所見からも明らかであり、左端の基本調律時の心電図のV2のR波増大に対応している。
A:正常伝導時、B:右脚ブロック時 |
本例は、その後の経過中に突然死した。本例は剖検を行い、心臓刺激伝導系の連続切片標本作製による検討を行った。下図に心室内伝導系の病変部位を示す。右脚ブロックに対応し、右脚に著明な線維化を認めたが、最も強い病変は左脚中隔枝領域に広範に認められた線維化所見で、特殊心筋細胞はほとんど繊維性組織に置換されていた。
房室伝導系における病変分布 AV Node:房室結節, RBB:右脚, LBBa:左脚前枝、LBBs:左脚中隔枝, LBBp:左脚後枝 |
下図は、右脚(左)および左脚中隔枝(右)の組織所見を示す。右脚については、右脚ブロックに対応して右脚に著しい線維化を認めたが、最も強い病変は左脚中隔枝領域に広範に認められ、左脚中隔枝の特殊心筋はほとんど結合組織に置換されていた。
右脚(矢印)の組織所見 | 中隔枝領域に著しい線維化を認める。 |
本例の心電図所見から、左脚中隔枝ブロックにおいては、QRS環の前方偏位が起こることが推察される。ベクトル心電図水平面図QRS環の前方偏位は、標準誘導心電図では、右側胸部誘導(V1,2)のR波増大として反映される。本例ではV1のR波の振幅増大は著しくないが、V2ではその増大を認めた。