第46例 完全左脚ブロックによるQS型(一次性、二次性T変化)

トップ頁へ 心電図セミナー目次へ 第47例へ


臨床的事項:高血圧で治療中の例である。血圧値は170/95mmHg。
下図は本例の心電図である。

質問:  
1)リズムは?  
2)QRS軸は?  
3)QRS間隔は?  
4)本例には心筋梗塞があるか?  
5)本例には固有心筋の障害(冠不全所見)があるか?  
6)一次性T変化および二次性T変化とは何か? 本例のST-T変化はその何れに属す るか?  
7)心室グレーディエント (ventricular gradient)とは何か?

****************************************************************

第46例解説

1) リズムは?    :洞リズム
2) QRS軸は?   :左軸偏位
3) QRS間隔は?  >0.12秒
 
4) 本例には心筋梗塞があるか?
 この心電図ではV1−3の初期r波が著しく低く、一見、初期前方起電力が減少しているように見え、前壁中隔梗塞と紛らわしい所見をしています。実際、完全左脚ブロックの際には、V1のみがQS型を示す頻度は35%、V1, 2が共にQS型を示す頻度は15%, V!-3が共にQS型を示す頻度は5%と報告されています。
 
 つまり、心筋梗塞がなくともV1がQS型を示す頻度は55%、V2がQS型を示す頻度は20%、V3がQS型を示す頻度が5%あることになりますから、完全左脚ブロックの際に右側胸部誘導がQS型を示していても心筋梗塞と診断することはできません。従って、本例の心電図所見から、心筋梗塞の合併があるとは言えません。
 
5) 本例には固有心筋の障害(冠不全所見)があるか?
 この心電図では、第1, 2, aVL, aVF, V5, 6誘導でST低下、T波陰性化(または−/+型の二相化)を認めます。しかし、これらは左脚ブロックによる心室内興奮伝導様式の変化に伴う二次的変化ですから、心筋障害があるとはいえません。一般に左脚ブロックの際にはST−T変化から固有心筋の障害や心筋梗塞の合併を診断してはならないといわれています。
 
6) 一次性T変化および二次性T変化とは何か? 本例のST-T変化はその何れに属するか?
 これは、次に説明する 「心室gradient」 と密接に関連しています。一般に、心室内興奮伝搬様式の変化により生じたST-T変化を二次性T変化といい、心室性期外収縮、脚ブロック、WPW症候群、心室頻拍、心室調律などの際のST−T変化は二次性T変化に属します。

 従って、これらの場合は、ST-T部に異常を認めても心筋障害の合併があると診断することはできません。これに対し、心室内興奮伝搬は正常であって、固有心筋の再分極過程の異常により生じたST−T変化を一次性T変化といい、心筋障害を反映する所見です。
 

7)心室グレーディエント (ventricular gradient) とは何か?
 心室筋の興奮は、Purkinje線維が心内膜側に分布していますので、まず心内膜側心筋が興奮し、それが心外膜側に広かっていきます。理論的には、早く興奮したところから興奮消褪 が始まります。その場合には興奮波(脱分極波)と興奮消褪波(再分極波)とは大きさ(活動電流波形の面積)が等しく、方向が相反するように描かれます。実際、心房筋では、心房脱分極波(P波)と心房再分極波(心房性T波)とは大きさが等しく、方向が相反するように描かれます。

 しかし心室については、心内膜側に強い心内圧が加わっているため、、心内膜側の興奮回復は遅延し、興奮持続時間が延長します。従って、心室については、興奮波は心内膜側→心外膜側に進み、興奮回復は心外膜側→心内膜側に進みます。

 従って、心室筋のT波は、理論的Tベクトル(QRSベクトルと大きさが等しく、方向が相反するベクトル)と、この心内膜側心筋と心外膜側心筋との間の興奮持続時間の差により生じたベクトル(これを心室gradientベクトルと呼ぶ:VG)との合成されたものとして表現されます。
 
 この 心室gradientベクトルは、下図Aに示すように、理論的Tベクトル(QRSベクトルと大きさが等しく、方向が相反するベクトル)と実際に記録されたTベクトルとを合成したものとして求めることができます(平行四辺形の法則)。
 
  ヒトの正常心電図では、下図Aに示すように、実際のTベクトルは、理論的TベクトルとVGベクトルとの合成されたものとして表され、この合成TベクトルがおおよそQRSベクトルと同方向に向かいますから、QRS波が陽性の誘導ではT波も陽性に描かれ、QRSーTベクトル夾角はあまり拡大しません。
 
 心筋障害、たとえば冠不全があると、心内膜側心筋の興奮消褪が遅延するためVGが下図Bに示すように変化します。この際、QRSベクトルがあまり変わらないとすると、実際に記録されるTベクトルは、理論的TベクトルとVGベクトルとの合成された方向に向かいます。そのためにQRS−Tベクトル夾角は拡大し、QRS波が陽性に記録される誘導では、T波は陰性に描かれるようになります。このようにVGの変化により生じたST-T変化を一次性ST−T変化(primary ST-T change) と呼びます。心筋障害、冠不全、心筋梗塞などの際のST−T変化がこれに属します。
 
 他方、下図Cに示すように、心室肥大などがあると、VGは変化せず、QRSベクトルが変化します(左室肥大の場合は、QRSベクトルの増大と左後方への偏位)。 この際にも実際のTベクトルは、理論的TベクトルとVGベクトルを合成したものとして表現されます。

 その結果、QRS-Tベクトル夾角が拡大し、QRS波が陽性に描かれる誘導ではT波は陰性に描かれます。このようなST-T変化が二次性ST-T変化 (secondary ST-T change) です。心室肥大、脚ブロック、WPW症候群、心室性期外収縮、特発性心室自動、発作性心室頻拍などの際のST-T変化が二次性ST-T変化に属します。

 左脚ブロックの際のST−T変化を心筋障害と診断してはならないのは、左脚ブロックの際のST-T変化は二次性ST−T変化であるためです。

 この頁の最初へ