第31例 急性右室拡張期性負荷(急性肺血栓・塞栓症

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第31例:60歳、女性
臨床的事項:下肢骨折を起こし、長期臥床中であったが、突然、胸痛、呼吸困難を起こしてきた。
下図は本例の心電図である。

質問:
1.リズムは?
2.QRS軸は?
3.QRS波の変化は?
4.ST-T部の変化は?
5.心電図診断は?
6.以上を総合して、本例の臨床診断としてどのような疾患の可能性が最も考えやす
いか?

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第31例解説

1.リズムは?
  洞頻度96/分の正常洞調律で、洞頻脈の傾向を示しています。
 
2.QRS軸は?
  右軸偏位。
 
3.QRS波の変化は?
 (1)第1誘導で深いS波を認めます。
 (2)標準肢誘導で、QRS波の振幅の大きさの順序は第3誘導=第2誘導>第1誘導ですが、T波の振幅の大きさの順序は第3誘導<第2誘導<第1誘導で、QRS波の順序と逆になっており、右肥大型心電図の所見を示しています(右室負荷の存在)。
   (3)胸部誘導でS波がV5まで深く、心臓長軸周りの時針式回転の所見があります(右室負荷)。
 (4)V1のQRS波形がrSR' 型を示し、「不完全右脚ブロック」所見を示し、右室拡張期性負荷の存在を示しています。
 
4.ST-T部の変化は?
   肢誘導のST-T変化については既に述べました。胸部誘導のT波はV1からV6まで陰性ないし−/+型の二相性T波を示し、Tベクトルの極めて著しい後方偏位を示しています。これは「Tベクトルは虚血部を遠ざかる。」というベクトル心電図の基本原理に基づき、右室の高度の負荷の存在を示す所見です。
 
5.心電図診断は?
 本例の心電図診断は、従って、下記の如くなります。
 1)洞頻脈の傾向
 2)右軸偏位
 3)不完全右脚ブロック(右室拡張期性負荷)
 4)右室過負荷(高度)
 

6.以上を総合して、本例の臨床診断としてどのような疾患の可能性が最も考え易いいか?
   高度の右室負荷が考えられるにもかかわらず、右側胸部誘導のR波増大、右房負荷所見などが著明でありません。このことは、右室負荷が慢性に存在していたのではなく、急性に右室負荷が生じたことを物語っています。

 慢性右室負荷の場合としては、先天性心疾患あるいは肺気腫(慢性肺性心)などがありますが、本例の心電図はこれらの病態の際の心電図とは著しく異なっています。

 先天性心疾患(肺動脈狭窄、ファロー四徴、アイゼンメンジャー複合、など)では、右側胸部誘導のR波増大、R/S比増大、高度の右房負荷所見などが認められますが、本例にはそのような所見は認められません。

 慢性肺性心(肺気腫、肺線維症など)などでは、いわゆる「肺性P波」の所見が著明に認められます。また、このような病態では、右室は収縮期性負荷をうけるため、V1が不完全右脚ブロック所見を示すことはあまりありません。

 本例では、T波が全ての胸部誘導で陰性〜-/+型二相性を示す所見から「高度の右室負荷」が考えられます。また、肺性P波(右房負荷)を示していないことから慢性負荷ではなく、急性負荷の可能性がより考えやすい。またその右室負荷は、不完全右脚ブロック所見を示すことから、「右室拡張期性負荷」と考えられます。

 すなわち、本例では 「右室の急性、かつ高度の拡張期性負荷」を生じたと考えられ、急性肺性心、すなわち急性肺塞栓症が起こったものと考えられます。
 従って、臨床診断としては、「急性肺塞栓症(急性肺性心、急性肺梗塞)」が最も考えやすく、確診のために肺シンチグラフィー(血流シンチおよび換気シンチ)、肺動脈造影などが必要です。

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