4.ポックリ病(青壮年急死症候群)

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  ポックリ病と言う言葉は極めて通俗的ですが、予期しない若者(殊に男性)が、夜間睡眠中に夢にうなされたような大きい「いびき」や「うなり声」を出して突然死するため、「ポックリ死ぬ」という意味で「ポックリ病」という言葉が広く用いられています。一部の研究者は「青壮年急死症候群」という言葉を用いています。
 ポックリ病は日本を含めて、フィリッピン、タイなどの東南アジア地区に多いことが知られていますが、最近、このポックリ病の本態がBrugada症候群と呼ばれる疾患であることが明らかになり、その成因として心筋細胞膜のイオンチャネルを支配する遺伝子(SCN5A)の異常であることが明らかになってきました。 
Brugada症候群は、従来、原因不明の「特発性心室細動」と呼ばれてきた病態の重要な基礎疾患であることは明らかとなりましたが、特発性心室細動の中にはBrugada症候群以外の疾患も含まれている可能性があり、これらも今後、漸次、明らかにされていく可能性があります。

 ポックリ病には次のような特徴があります。
   1) 頻度:東京都で年間約100例。
   2) 発作時の身体状況:一見、健康であるが、30%に心身疲労がある。
   3) 年齢:60%が20歳代で、20〜30歳代が大部分を占める。
   4) 性別:男女比は14:1で、圧倒的に男性に多い。
   5) 発生月:4〜7月が多い。
   6) 発生時刻:85%が夜間睡眠中に発作を起こす。ことに0〜6時が多い。
   7) 発作時の症状:下記のような症状が多く認められる。

症状 頻度(%)
うなり声、うめき声 67
四肢を突っ張るような痙攣 23
呼吸困難 18
卒倒 13
チアノーゼ 11
苦悶 7
顔面紅潮 4
嘔吐 4

 8) 発作の誘因:睡眠前の過食、睡眠不足、喫煙、飲酒、興奮、疲労。
 9) 基礎疾患:定義上、明らかな基礎疾患がないもののみを「ポックリ病」と呼びます。不整脈(洞結節機能不全、茂樹伝導系異常)、冠動脈攣縮、自律神経機能異常、体質異常(胸腺・リンパ体質など)等が関与していると思われる例がありますが、確定的な原因ないし基礎疾患は未だ明らかではありません。

ポックリ病の予防

ポックリ病は、その本態が未だ明らかでないため根本的対策をとることは出来ませんが、次のような方法は有効であると考えられます。

 1..ポックリ病のネア・ミス発作の有無の検討
 航空機同士の空中衝突という大事故を起こす一歩手前の危険な状態として、航空機が互いに異常接近する場合があり、これを 「ネア・ミス」 と呼んでおり、「ネア・ミス」事故が多発するような場合は、本当の航空機同士の空中衝突の発生の危険が極めて高いと考えられ、「ネア・ミス」事故の予防の重要性が強調されています。
 ポックリ病も、発作時の状況は「心室細動」であると考えられています。 一旦、生じた心室細動が自然に正常に復帰する場合があり、このような例では短時間の一過性意識喪失、痙攣などの発作にとどまります。これを 「ポックリ病のネア・ミス発作」 と呼び、ポックリ病例の16.2%に認められます。この時の症状としては、強いうなり声、前胸部痛、呼吸困難などがあります。本人および家族への問診により、このような発作の有無を確かめることが大切です。
 
2.循環器系の精査
 ポックリ病のネア・ミス発作を疑わせる症状を認めた場合には、まず「Brugada症候群」を疑い、その診断のための検査をすすめることが必要です。まず心電図検査を行いますが、通常の心電図に異常がない場合は、1〜2肋間上で単極胸部誘導心電図を記録することが必要です。詳細は別記のBrugada症候群の頁をお読み下さい。また、Brugada症候群との鑑別診断のために、トレッドミル運動負荷試験、胸部X線写真、ホルター心電図、心臓超音波検査などの一般的な循環器系統の検査を行い、心臓疾患が背景に隠れていないかどうかについて検討することも必要です。ことにホルター心電図は数回繰り返して前駆的不整脈の有無について検討することが必要です。
 
3..家族への心肺蘇生法の教育
 ポックリ病の発作は夜間睡眠中に出現することが多いため、家族が最初の発見者である場合がほとんどです。この発作は「心室細動」と思われますので、呼吸・循環の停止を認めた場合、直ちに心肺蘇生法を実施できるかどうかが生命を救えるかどうかの分岐点になります。循環停止が出現してから3〜5分以内に脳への血液循環を再開出来ないと、脳は非可逆的な障害を受け、もはや機能を回復出来ず、死亡するか、あるいは生命をどうにかとりとめることが出来ても いわゆる植物状態に陥ります。
 119番に電話して直ちに救急車が到着しても、多くの場合7〜8分かかりますので手遅れなのです。従って、家族が直ちに心肺蘇生法を実施できる体制をとることが絶対に必要です。
 
4.植込み型除細動器(ICD, implantable cardioverter defibrillator)による治療
 しかし、Brugada症候群による心室細動発作ないし多形性心室頻拍発作によることが明らかになった場合は、体内植え込み方の除細動器が第一選択の治療法となりました。体内に植え込む除細動器は、最近、その進歩が著しく、小型化、電池の長寿命化などが図られ、心室細動が出現したら、この装置がそれを感知し、自動的に直流放電を行って除細動を行います。現時点においては、Brugada症候群によるポックリ病の発作の予防のためには、この装置による以外には適切な方法はありません。この装置により救命率が向上しているので、循環停止を起こして心肺蘇生術を必要としたような例では、植込み式除細動器の植込みは是非行うべき治療法です。

ICD装置1 ICD装置2 ICD植え込みX線写真
Micro Jewel U ICDシステム ICDを植え込んだ状態

 下図は、抗不整脈薬療法に比べてICD植込み療法が生存率が高いことを示しています。これはMADIT研究の成績です。MADITというのは、multicenter Automatic Defibrillator Impolantation Trialの頭文字をとった略称です。

ICD vs 抗不整脈薬(MADIT研究)
抗不整脈薬療法に対する植込み式除細動器療法の生存率上昇

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