左房調律

心電図目次 補充収縮・補充調律

1. 左房調律の概念

 左房筋の一部にペースメーカー機能が移った場合を左房調律(left atrial rhythm)という。

2.左房調律の心電図所見  

 左房にペースメーカーがある場合は、心房興奮は左→右方向に向かうため、T誘導の陰性P波が左房調律の特徴的心電図所見であると考えられていたが、Mirowskiは、この所見は左房調律の指標としては不確実で、V6の陰性P波がより確実な左房調律の指標であることを指摘した。
 その理由として、Mirowskiは次のように説明している。すなわち、標準肢誘導軸はEinthovenの正三角形模型よりも,Burgerの三角形で示されるように、立体的心起電力の真の左右方向の成分を示すものではなく、左後上方から右前下方に傾斜しており、V6の誘導軸は比較的よく左右方向の心起電力を反映するためと説明している。

 下図は、左房調律の診断にT誘導よりも、V6の陰性P波の信頼性が高い理由を示す模型図である。

左房調律の診断に第1誘導よりもV6の信頼性が高い理由

 左房調律時には、Pベクトルは左→右方向に進むにもかかわらず、Tで陽性、V6で陰性に描かれ、ともに左右誘導であるT、V6の所見が矛盾する場合がある。標準四肢誘導軸は、Einthovenの正三角形模型よりも, Burger三角形でよく近似され,T誘導軸は左後上方から右前下方に傾斜しており、時に左房調律のPベクトルはその(+)側に投影される場合があるが、V6の誘導軸については常に(−)側に投影される。従って、左房調律の診断には、T誘導よりもV6の陰性P波の所見が重要である。

 左房調律の際には、ペースメーカーが左房のどの部位にあるかによりP波の形が異なる(下表)。

ペースメーカー
部位
逆伝導性
P波
PR間隔 P波形
aVF V1 V6
左房後上壁 正常
(やや短縮)
陽性 dome and dart
P wave
陰性
左房後下壁 正常
(やや短縮)
陰性 dome and dart
P wave
陰性
左房前上壁 正常
(やや短縮)
陽性 陽性
(陰性)
陰性
左房前下壁 正常
(やや短縮)
陰性 陽性
(陰性)
陰性

 下図は左房調律の心電図の1例を示す。

左房調律の標準12誘導心電図

 心電図所見:
 U、V、aVF誘導のP波は陰性である。V6(4、5)でもP波は陰性で、左房調律の特徴的所見を示す。心室群波形には異常はない。

 左房後壁にペースメーカーがある場合に、V1,2のP波が特有の「dome and dart P wave」を示す。domeは「円屋根」、dartは「投げ槍」で、これらの誘導のP波の前半はなだらかな丸みを帯びた波形を示し、後半は高く尖った形を示す所見に対してこのように名付けられた。。前者は左房興奮、後者は右房興奮の反映である。このP波後半の波は、右房肥大がなくとも著しい高電圧(2.2〜4.5mV)を示す。下図にdome and dart P wave を示す左房調律の心電図を例示する。

左房調律時のV1のdome and dart P wave

 上左図(A)は先天性疾患例のV2の通常の心電図記録で、上右図(B)は4倍の感度(1mV=4cm)、記録速度 100mm/秒の高感度高速記録心電図である。P波の前半がなだらかなドーム型を示し、後半は振幅が高く、尖っている(dome and dart P波)。

 また、下図はdome and dart P waveの諸型を示す(Mirowski)。

Dome and dart P波の諸相

 下図は、左房調律の際に、P波後半(dome and dart P waveのdart) の振幅が増大する機序を示す模型的である。

左房調律のdome and dart P波でP波の振幅が著しく高い理由

 上左図(A)は洞調律時のPベクトル形成機序を示す。すなわち、洞リズムの際には、右房興奮によるベクトル(R)は右前下方に向かい、このベクトルと左房興奮によるべくとるとの合成により生じたPベクトルは左前方に向かい、V1の誘導軸には点線で示したように投影される。
 上右図(B)は、左房後壁にペースメーカーがある左房調律の際に「dome and dart P波」の後半が振幅が高いはけい(dart)を示す機序の模型図である。左房後壁にペースメーカーがある場合は、右房興奮によるベクトル(R)および左房興奮によるベクトル(L)は何れも前方に向かい、両者の合成により生じたPベクトルは右前方に向かう著しく大きいベクトルを作り、これがV1の誘導軸に大きく投影されて、V1のP波の後半は著しく高い振幅を示す(dart)。

3.左房調律の臨床的意義

 本調律の臨床的意義には2つの要素がある。
 1)左心系に負荷を与える疾患の存在
  Mirowskiは、全胸部誘導で陰性P波を示す左房調律12例の内、 11例(92%)は何らかの左心負荷疾患を合併しており、半数は心筋梗塞例であったことを報告している。高血圧、虚血性心疾患による洞結節への血流障害、あるいは左房負荷増大などが関与するものと考えられる。
 2)先天性心疾患の存在
  Mirowskiは、V1がdome and dart P waveを示す12例で、全例に先天性心疾患があり、両側大静脈(3例)、下大静脈欠損(2例)などの大静脈系の奇形が多いことを指摘している。これらの先天性心疾患に合併した洞結節機能低下がその原因と考えられる。

4.治療、予後

 左房調律それ自身は、何ら予後的意義を有するものではなく、特に治療を必要としない。一般に左房調律は一過性で、自然に洞調律に復帰する例が多い。

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