心筋梗塞
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1.心筋梗塞心電図の特徴的所見
心筋梗塞の特徴的心電図所見は,その病理組織学的所見に対応して,(1)異常Q波,(2)ST上昇,(3)冠性T波の3所見です。下図は,これらの所見と心筋病変との対応を示します。また,これらの所見の出現の経時的変化を示します。
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A:心筋壊死部、B:心筋傷害部、 C:心筋虚血部 |
下図は、急性心筋梗塞症の際の、特徴的心電図所見の経時変化を示します。
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急性心筋梗塞時の特徴的心電図所見の経時変化曲線 |
異常Q波の成因
異常Q波は,梗塞ベクトルにより生じます。梗塞ベクトルとは,心筋壊死により失われた心起電力であり,これは梗塞により壊死に陥った心筋が梗塞前に作っていた起電力と大きさが等しく,方向が相反するベクトルとして表されます。そのため,梗塞ベクトルは心筋梗塞部位から遠ざかる方向に向かいます。下図に梗塞ベクトルの成因を示します。
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梗塞ベクトルの成因を示す模型図 |
2.心筋梗塞の心電図による部位診断
心筋梗塞の際には,上記のように異常Q波,ST上昇,冠性T波の3所見が出現しますが,これらの中で,異常Q波は心筋壊死を反映し,かつ梗塞治癒後も長く認められますので,通常,異常Q波がどの誘導に認められるかにより下表のように心筋梗塞の部位診断を行います。
梗塞部位 | T | U | V | aVL | aVF | V1 | V2 | V3 | V4 | V5 | V6 |
前壁中隔梗塞 | − | − | − | − | − | + | + | + | − | − | − |
限局性前壁梗塞 | − | − | − | − | − | − | + | + | + | − | − |
前側壁梗塞 | − | − | − | − | − | − | − | − | − | + | + |
高位側壁梗塞 | + | − | − | + | − | − | − | − | − | − | − |
広範前壁梗塞 | + | − | − | + | − | + | + | + | + | + | + |
下壁梗塞 | − | + | + | − | + | − | − | − | − | − | − |
下側壁梗塞 | − | + | + | − | + | − | − | − | − | + | + |
高位後壁梗塞 | − | − | − | − | − | (+) | (+) | − | − | − | − |
下後壁梗塞 | − | + | + | − | + | (+) | (+) | − | − | − | − |
異常Q波とは,aVR以外の誘導で認められる幅が広く,かつ深いQ波で,通常,その幅が0.04秒以上,その深さがそれに続くR波の振幅の1/4以上のQ波を言います。以下に各部位の心筋梗塞症の心電図の実例を示します。
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前壁中隔梗塞 | 広範前壁梗塞 |
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下壁梗塞 | 高位後壁梗塞 |
3.心筋梗塞に対する心電図診断の信頼性
1)剖検例における心電図診断の陽性率
心電図は,心臓の電気現象の記録であるから,形態学的所見である心筋梗塞の剖検所見と一致しないことがあるのは当然であるとも言えます。しかし,心筋壊死に陥ると,心起電力が失われるため,両者は密接な関係があります。諸家により,剖検により確かめられた心筋梗塞例において,心電図診断がどの程度診断可能であったかということが検討されています。下表にその成績を示します。
著者 | 例数 | 心電図診断陽性例 | |||
例数 | % | ||||
Feil | 34 | 28 | 82.0 | ||
McCain | 182 | 103 | 128 | 57.0 | 71.0 |
(25) | (14.0) | ||||
Weiss | 304 | 246 | 81.5 | ||
新谷 | 35 | 26 | 30 | 74.2 | 85.6 |
(4) | (11.4) | ||||
石原 | 61 | 43 | 49 | 70.5 | 80.3 |
(6) | (9.8) | ||||
( )内は疑診例 |
2)心電図による梗塞部位診断の一致率
著者 | 例数 | 心電図の梗塞部位診断一致率 | |||
例数 | % | ||||
新谷 | 35 | 11 | 35 | 31.4 | 100 |
(24) | (68.6) | ||||
Feil | 34 | 28 | 82.0 | ||
石原 | 49 | 15 | 47 | 30.6 | 95.9 |
(32) | (65.3) |
梗塞部位 | 閉塞冠動脈枝 |
前壁中隔梗塞 | 前下行枝 |
前壁梗塞 | 前下行枝 |
前側壁梗塞 | 前下行枝+回旋枝 |
高位側壁梗塞 | 回旋枝 |
下壁梗塞 | 右冠動脈(右冠動脈優位の場合) |
回旋枝(左冠動脈優位の場合) | |
高位後壁梗塞 | 右冠動脈(右冠動脈優位の場合) |
(左冠動脈優位の場合) |
日浅らは,多数例の冠動脈造影所見と心電図所見とを対比した経験から,急性心筋梗塞症における責任冠動脈病変部位と急性期梗塞心電図所見(ST上昇,異常Q波)との間に次のような関係があることを指摘しています(日本医事新報,No.3832,p.37,1997.10.4)。
ST上昇,異常Q波出現誘導 | 責任冠動脈部位 |
V1〜4 | LCA末梢 |
V1〜4,T,aVL | LCA中枢側(第1対角枝派生部より近位) |
V2〜5 | LCA中隔枝派生部より末梢(心室中隔は正常) |
T,L,V5,6 | LCA対角枝 |
U,V,aVF | RCA |
上記+V3R〜5R | RCA右室枝派生部より中枢側(右室梗塞合併) |
上記+房室ブロック | RCA近位部 |
V2〜4のST低下;U,V,F,V5,6のST上昇 | 回旋枝本幹 |
T,L,V5",V6"のST上昇 | 回旋枝鈍縁枝 |
U,V,Fの著明なST低下;T,LのST上昇,
(胸部誘導のST上昇は軽度〜限局性) |
左冠動脈主幹部 |
左冠動脈回旋枝には走行変異が多く,後下降枝を派生する場合としない場合とがあり,後者の場合には後下降枝は右冠動脈から派生します。このため,左冠動脈回旋枝閉塞時の心電図所見には一定のパターンが
ありません。また,左回旋枝閉塞例のなかには,前胸部誘導のST低下のみを示す例があります。このような場合は,心内膜下梗塞との鑑別が問題となります。この際,左側の付加的胸部誘導であるV7,8を記録し,これらの誘導でST上昇を認めた場合は,回旋枝閉塞を疑うことが出来ます。また,左回旋枝閉塞例では,通常の標準誘導心電図で典型的な梗塞所見を検出することが困難な場合がありますから,臨床所見から急性心筋梗塞を強く疑わせる所見があるにもかかわらず,心電図所見が非典型的な場合には,左冠動脈回旋枝閉塞を疑う必要があります。
急性心筋梗塞症の心電図と冠動脈造影所見を,対比して例示します。
1)左前下行枝近位部閉塞:
(1)冠動脈造影:前下行枝の第1対角枝派生部より近位部で閉塞しています。
(2)心電図所見:QRS軸は右軸偏位を示す。T,aVL,V1-4で著明なST上昇を認め、ことにV2,3でのST上昇が著しい。U、V,aVF,V6でreciprocalなST低下を認める。後壁虚血を反映してV2,3のT波が増高している。
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左前下行枝近位部閉塞 |
2)右冠動脈近位部閉塞(右室梗塞兼下壁梗塞)
(1)冠動脈造影所見:右冠動脈が,右室枝派生部より近位部で閉塞している。
(2)心電図所見:U、V,aVFで著明なST上昇を認める(下壁梗塞)。それに加えて、付加的右側胸部誘導(V3R〜5R)においても明らかなST上昇を認める(右室梗塞)。U、V、aVFに異常Q波を認める。これらの誘導では、T波は±型の二相性を示し、T波の終末陰性化を認める(冠性T波の前駆所見)。T,aVL,V3−6にreciprocalなST低下を認める。V1,2のP波は陰性で、左房負荷があり、左室拡張終期圧の上昇を反映している。
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右冠動脈近位部閉塞(右室梗塞兼下壁梗塞) |
3)左回旋枝閉塞
(1)冠動脈造影所見:左回旋枝中位部に閉塞を認める。
(2)心電図所見:U、V,aVF誘導に加えて、V5,6誘導に置いても著明なST上昇を認める。これらの誘導ではT波も増高している。T,aVL,V1−3ではreciprocalなST低下を認める。
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左回旋枝閉塞 |
4)左主幹部閉塞:
(1)冠動脈造影所見:左冠動脈主幹部に閉塞を認める。
(2)心電図所見:V1−4,aVR,aVL出著明なST上昇を認める。U、V,aVF,V5,6では著明なST低下がある。
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左冠動脈主幹部閉塞 |
これらの心電図および冠動脈造影写真は,徳島赤十字病院循環器科 日浅芳一病院長の御好意により掲載しました。
〔註〕特殊の心筋梗塞の心電図診断 (ここをクリックして下さい)