Fabry病の診断:ことにその心電図所見について

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 まず本症の典型例を紹介する。
 症例:45歳、男性
 主訴:蛋白尿
 既往歴:数年前に肥大型心筋症との診断を受けている。
 現病歴:職場検診で蛋白尿、血清クレアチニン値の高値(1.16mg/dl)を指摘され、経過観察を受けていたが、1年後には尿蛋白が3.7g/dlとなったため、徳島大学腎臓内科を紹介された。
 現症:身長170.5cm, 体重59kg、血圧114/70mmHg,脈拍84/分、整。心音:心尖部に2度の収縮期雑音を聞く。呼吸音:正常。全身にまだらな小丘疹がある。
 血液化学検査:クレアチニン1.3mg/dl、BNP 433pg/ml
 心電図、胸部X線写真、心エコー図を下図に示す。

標準12誘導心電図。

胸部X線写真

断層心エコー図

解説
 心電図は心拍数83/分の正常洞調律で、QRS軸は左軸偏位(0度)を示している。明らかなPR間隔短縮があるが、デルタ波は認められない。左室対応誘導(第1誘導、aVL,V5,6)に著明なQRS波の高電圧、ST低下、陰性T波を認め、これらは著明な左室肥大の存在を示す。

 V1,2でQRS波はrSR'(rSR's')型を示し右脚ブロックに似ているが, V5,6に幅広いスラーを伴うS波がなく、不完全右脚ブロックないし非定型的右室伝導障碍所見と考えられる。

 すなわち本例の心電図所見をまとめると次の如くなる。
 1) 室肥大、左室過負荷
 2) PR間隔短縮(デルタ波はない)。
 3) 不完全右脚ブロック(ないし非定型的右室伝導障害)

 胸部X線写真では、心胸郭比が55.4%で心拡大がある。心臓形態では、左第4弓が延長して左方にやや突隆し左室肥大がある。心尖部は横隔膜面の上方に挙上し、右室肥大合併の可能性がある。

 経胸壁断層心エコー図を示す。心エコー図では、顕著なびまん性左室肥大があり、乳頭筋肥大が顕著で、収縮末期には左室内腔がほとんど消失している(徳島大学付属病院・山田博胤先生所見)。 

皮膚症状  被角血管腫、下肢リンパ浮腫 
 循環器症状  心筋肥大,弁膜症(ことに僧帽弁)、
不整脈、伝導障害、虚血性心疾患
 眼症状 角膜の渦巻き状混濁、結膜静脈怒張、網膜中心静脈閉塞 
 耳症状 耳鳴、めまい、難聴 
 消化器症状  腹痛、下痢、虚血性腸炎
 腎症状  蛋白尿(初期症状)、腎不全
 神経症状 四肢痛、低汗症、脳梗塞 

「厚生労働省難治性疾患等政策研究事業、ライソゾーム病
  (ファブリー病を含む)に関する調査研究班ホームページ)

 古典的ファブリー病ではいろんな臓器・器官の多様な症状・所見を示すが、心臓のみに限局した所見を示す例が多くあるため(心ファブリー病)、このような疾患の存在を心に留め、肥大型心筋症と誤ることがないように注意するべきである。

 Fabry病についての詳細は、「厚生労働省難治性疾患等政策研究事業、ライソゾーム病(ファブリー病を含む)に関する調査研究班」ホームページ(下記URL)を参照されたい。
    http://www.japan-lsd-mhlw.jp/lsd_doctors/fabry.html

 被角(ヒカク)血管腫(angiokeratoma)とは、表面に過剰な角化を伴う血管腫(丘疹)の一種で、赤紫色の発疹が胸部、腹部、臀部、陰部、大腿部などに出現し、ダーモスコープを用いて観察すると、患部の中央部に球状に拡張した血管を認める。

 すなわち、本例の心電図には著明な左室肥大があり、血液化学検査で腎機能障害を認める。この著明な心電図に見る左室肥大は腎障害による二次的所見とは考えられない。そのため、以前に受診した病院では「特発性肥大型心筋症」と診断している。

 本例は、その後の経過で腎機能が進行性に増悪し、2年後には血清クレアチニン値は3.01に上昇し、血液透析に移行している。本例における腎機能障害と心臓肥大は、 たまたま合併した可能性もあるが、単一の基礎疾患の表現の可能性もあり、その基礎疾患としては、近年、循環器学会で話題となっているFabry 病について考慮する必要がある。

 Fabry病というのは、ライソゾーム酵素の1種であるαガラクトシダーゼの欠損により、その基質である糖脂質が血管内皮細胞、平滑筋細胞、神経節細胞などに蓄積する疾患で, 1898年にFabry(皮膚科医)により初めて記載された疾患で、X染色体劣性遺伝形式を示す遺伝的な酵素欠損病である。

 従来、その頻度は4万人に1人程度で、極めて希な疾患と考えられていたが、熊本大学、福岡大学などの共同研究で、約7,000人に1人程度の頻度で存在することが明らかになった。

 典型的には、心肥大、腎不全、四肢痛、低汗症、皮膚被角血管腫などの諸症状を示が、近年、心臓症状のみ、あるいは腎臓症状のみを示す病型があることが明らかになった。ことに心臓に限局した症状を示す心ファブリー病は、特発性心肥大(特発性肥大型心筋症)と誤診される場合が多く、肥大型心筋症の診断の際には、必ずファブリー病を鑑別除外する必要があることが指摘されている。

 本例では心電図、心エコー図で著明な左室肥大があり、加えて腎障害もあり、ファブリー病との鑑別が必要である。そのため担当医は血清αガラクトシダーゼ活性の測定を行い、この酵素の活性値は0.6nmol/h/mg proteinと著明な低値を認め(基準値:50-116 nmol/h/mg protein)、Fabry病の診断が確定した。

 私は本例の心電図所見の中で最も注目するべき点はPR間隔短縮であると思う(本例では0.12秒)。デルタ波がなく、病歴に頻脈発作がないため、preexcitation(心室早期興奮)(WPW症候群)に起因する可能性は極めて低いと考えられる。Fabry病について報告した多くの文献例を見ても、PR間隔短縮を示す例が非常に多く発表されている。

 Fabry病の心病変としては、従来、心肥大、興奮伝導障害、心臓弁膜症、虚血性心臓病などが挙げられており、興奮伝導障害としては、脚ブロック、洞房ブロック、房室ブロック、洞不全症候群などがある。Fabry病の際に、QRS波の高電圧、ST-T変化、深いQ波などのが認められることは当然であるが、PR間隔短縮がの多く認められることは特筆するべき所見である。

 Fabry 病でのPR間隔短縮の出現頻度について系統的に検討した報告は見当たりませんが、約40%に認めるとの記載もある。Fabry病でのPR間隔短縮の機序は明らかでないが、そのような所見を示す例での心臓電気生理学的検査(EPS)の検査成績によると,本症でのPR間隔短縮はヒス束電位図のAH間隔短縮によることが明らかにされている。AH間隔は、心房内・房室結節内における興奮伝導時間を反映するため、何らかの理由で心房、房室結節での興奮伝導が促進した結果の反映と考えらる。

 本症に類似した病態にポンペ病(Pompe Disease)がある。ポンペ病は常染色体劣性遺伝形式をとる糖原病の1種で(II型)、細胞内酵素であるα1,4グリコシダーゼの欠損によりあらゆる細胞のライソゾームにグリコーゲンが大量に蓄積する病態である。Pompe 病の際にも、Fabry病に類似した病理組織学的特徴を認め、心電図でもPR間隔短縮がしばしば認めることが報告されている。これらの代謝異常疾患におけるPR間隔短縮の機序としては、代謝物質の刺激伝導系組織への沈着が関与するのではないかと推察されているい。

 Gilletteら(1974)は、心電図のPR間隔短縮、ヒス束電位図でのAH時間短縮を示すPompe病例で、WPW症候群に見るような頻拍発作を認めず、剖検でも副伝導路を認めなかったことを報告している。
Fabry病でのPR間隔短縮の機序は未解決であるが、左室肥大を起こし得る疾患は多数あるが、PR間隔短縮を示す例はきわめてまれであり、Fabry病を疑う出発点になり得る所見であると考えられる。

追記:本例は徳島大学循環器内科 山田博胤先生の経験例で、徳島大学医学部付属病院超音波センター・衣川尚知氏、他10名により、平成28年10月8日開催の日本超音波医学会四国地方学術集会で発表された。

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