症例3 解説

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 本来、標準肢誘導の誘導軸の意義を考えると、T誘導およびV5,6誘導は共に立体的心起電力ベクトルを左方から見た誘導であり、両者は類似した波形を示すべきである。然るに、本例の心電図では、T誘導波形とV5,6誘導波形は本質的に異なっている。
 
このような際には、胸郭異常、心臓位置異常などがなければ、電極の付け間違いを先ず考えねばならない。肢誘導の電極を付け間違えても、単極胸部誘導波形はそのまま正しい記録と考えて良い。何故ならば、単極胸部誘導では、各肢(右手、左手、左足)を高い抵抗を介して結合した結合電極(中央電極,Wilson電極)を不関電極として用いているため、肢誘導の電極を付け間違えても、その影響を受けない。

 従って、電極の付け間違いは肢誘導で起こっていると考えられる。この際、aVRは心基部を心内膜面から見た誘導であるため、波形の恒常性が高く、P、QRS、T波が共に陰性波として描かれる。従って、単極肢誘導の内、このような波形がaVR誘導波形であると考えられ、このような波形が出現している誘導の電極装着部位〔本例ではaVF(左下肢)〕と右手との電極を付け間違えていると考えられる。


 下図A(左)は、標準肢誘導軸と各誘導の極性(プラス・マイナス)に関する国際基準を示す。一般に、心電計ではこのような極性基準により記録されている。この極性図の見方は、T誘導では左手の電位が正(+)の時に陽性波(上向きの波)を記録するように心電計に接続してあることを示す。同様に、U、V誘導では、左足の電位が正(+)の時に陽性波(上向きの波)が記録される。本例では、右手と左足の電極を付け間違えているから、各誘導で記録された正しい誘導とその極性はB図(右)の如くなる。

正しい肢誘導軸と電極の極性(A)と本例での誘導間違いでの誤った極性

 従って、本例で記録された標準肢誘導波形は次のように考えなければならない。
  1)T誘導に描かれているのは、実はV誘導波形であり、極性が逆になってい る(V誘導波形を上下を逆にしたものが正しい波形である)。
  2) U誘導に描かれているのは、U誘導波形であるが、極性が逆になっている(U誘導波形の上下を逆にしたものが正しい波形である)。
  3) V誘導に描かれているのは実はT誘導波形であり、極性が逆になっている(T誘導波形の上下を逆にしたものが正しい波形である)。
 
 従って、本例の正しい肢誘導波形は下図の如くであると考えられる。

本例の正しい肢誘導心電図波形
 

 下図は、実際に正しい部位に電極を付けて取り直した心電図である。肢誘導は理論的に推察した上図の肢誘導心電図波形と完全に一致しており、上記の推論が正しいことが立証された。

本例の正しい12誘導心電図波形

 この正しい心電図記録から、本例の心電図診断は次の如くなる。
      1.正常洞調律
      2.左軸偏位
      3.両脚ブロック(左脚前枝ブロック+完全右脚ブロック)
      4.冠不全 (V6のST低下)
 
 従って、自動心電計が診断したような冠静脈洞調律や下壁梗塞は存在しない。また、V5,6でS波が深いのは左脚前枝ブロックのためにQRSベクトルが著しく上方に偏倚しているためであり、心臓長軸周りの時針式回転は存在しない。

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