心電図第15例解説タイトル

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 下図は本例の標準肢誘導心電図である。

標準肢誘導心電図

 心電図所見:
 RR間隔 0.66秒(心拍数 91/分)の正常洞調律で、QRS軸は左軸偏位を示す。基線の変動が著しく不良な記録であるため正確な評価は困難であるが、最後の心拍ではRT+SVが1.9mVで左室肥大診断基準値の2.0mVに近く、左室肥大の疑いがある。

 第5心拍のP波は他の心拍に比べて早期に出現し、その波形も異なるため心房性期外収縮と考えられる。T誘導でST部が軽度に低下しているように見えるが、基線の動揺のために正確な診断は困難である。

   心電図診断:心房性期外収縮、左室肥大(疑)

 下図はホルター心電図の実時間記録である。

ホルター心電図で記録された頻脈発作
    上段:頻脈発作開始時、中断:頻脈発作停止時,下段:非発作時。

 心電図所見
 上段の前半は正常洞調律であるが、第5心拍のT波に重なって出現した心房性期外収縮を契機として130/分の発作性心房頻拍(paroxysmal atrial tachycardia , PAT)に移行している。この頻拍の心拍数は最初は130/分であるが、その後は減少し、上段右端では120/分前後になり、約 6分間持続し、中段の第11心拍から洞リズムに復帰している。

 頻拍発作停止直前には心拍数は 95/分に減少している。頻拍発作停止直後の洞リズムの心拍数は 67/分である。頻拍発作の最後の心拍のP波から発作停止直後の最初の洞リズムのP波までの時間 (posttachycadic pause) は0.92秒である。洞調律化後のリズムは不安定で 0.84〜0.94秒の間を変動している(中段後半)。頻拍発作停止の8時間後には洞リズムは安定した(下段)。

 心電図診断: slow paroxysmal atrial tachycardia (SPAT)

 解説
 本例は心拍数 130/分の心房頻拍(発作性心房頻拍)であるが、一般に 発作性上室頻拍の際の心拍数は150-220/分で、PP間隔は正確に規則的である。したがって本例のように心拍数があまり多くない心房頻拍は上室頻拍としては非典型的で、slow paroxysmal atrial tachycardia (SPAT) と呼ばれている。Shaniらは、「発作時の心拍数が150/分以下で、少なくとも5心拍以上持続する心房頻拍」をslow paroxysmal atrial tachycardia と定義している。本不整脈はいろんな機序により起こり、その頻度は下表のように報告されている。

機序 頻度(%)
房室結節内リエントリー 71
洞結節内リエントリー 14
異所性自動能亢進 15

A.定義
 1) 突然、上室性リズムが始まり、ある期間続いた後、突然停止する。その第1心拍は33%以上のRR間隔の短縮を伴う。
 2) 発作時心拍数は150/分以下。
 3) 少なくとも5心拍以上持続する。

B.頻度
  1) Shaniら:1,458例のホルター心電図記録中 173例(14.3%)。
  2) Stempleら:140例、203回のホルター心電図記録中 32例(22.9%)、66回(32.5%)。

C.発作の特徴 

発作時心拍数  Shaniら:115±14/分
 Stempleら:80〜164/分、平均 116/分, 100/分以下は17%。
持続  Shaniら:5.58±3.07秒、
 Stempleら:3〜4心拍が34.8%(平均7心拍)、
        4分間以上が4.5%。
出現時期  覚醒中 57%、覚醒・徐脈時 13%、
 覚醒・正常洞リズム時 32%。
自覚症状  Shaniら:洞結節内リエントリーを推測させる例では、めまい、胸痛。
 Stempleら:4分以上続く例では動悸、他の例では無症状。
第1心拍のP波
の早期性
 Stempleら:97%で基本周期の50%以下の早期性を認める。
warm up現象  25.8%に認める。

D.頻脈発作時心電図による上室頻拍機序の推定
  下図に、上室頻拍時の発作時心電図におけるP波の形、位置から上室頻拍の機序を推定する方法を示す。

各種のリエントリー性頻拍の機序と心電図

  上図の説明:
   1.房室結節内リエントリー:逆伝導性P波はQRS波と重なって認められないか、またはQRS波終末部と重なり、この部に結節などの変形を示す。
   2.副伝導路を用いるリエントリー:リエントリー回路が長いため、逆伝導性P波がQRS波から離れてST部に重なって出現する。
   3.洞結節内リエントリー:正常の洞性P波に類似したP波がQRS波の前方に出現する。
   4.心房内リエントリー: 変形したP波をQRS波の前に認める。


E.予後
 slow paroxysmal atrial tachycardiaの予後を評価する際には、その機序を推定することが大切で、機序により著しく予後が異なる。すなわち、下表に示すように、洞結節内リエントリーによると思われる例では他の機序によるものに比べて洞不全症候群への移行率、ペースメーカー植え込み率が高い。

機序による分類 例数 洞不全症候群 ペースメーカー
植え込み
死亡例
例数 例数 例数
洞結節内リエントリー 18 12 66.7 10 55.6 3 16.7
房室結節内リエントリー 78 14 17.9 11 14.1 10 12.8
自動能亢進 18 2 11.1 1 5.6 4 22.2
全例 114 28 24.6 22 19.3 17 14.9

 まとめ: Slow paroxysmal atrial tachycardiaは日常臨床でよく見る不整脈であり、ことにホルター心電図記録においてはしばしば遭遇する。その大部分は予後良好で臨床上あまり問題はないが、一部の洞結節内リエントリーによると思われる例の中には洞不全症候群に移行し、ペースメーカー植え込みを必要とするようになる例がある。したがってslow paroxysmal atrial tachycardiaの心電図を見た際には、発作時心電図のP波形、P波の位置などから発生機序の推定を試み、洞結節内リエントリーが機序として考えられる例では注意深い経過観察が必要である。

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