症例10の解答

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 本例は,高年者において,急性肺炎の発症と共に心不全症状が出現し,心電図は心筋梗塞を思わせる心悸電力減少の所見を示した。しかし,抗生剤療法による肺炎の治癒と共に,QRS波は急速に肺炎発症前の状態に快復し,STーT変化のみを残す状態となった。
 老年者において,消化管出血,肺炎,脱水,大量輸血後,腹部手術後などに,急性心筋梗塞様心電図を生じるが,この変化は可逆的で,多くは1〜2週以内に異常Q波を認めなくなる例があることが指摘され,このような例では剖検を行っても心筋梗塞病巣を認め得ない。蔵本らは,このような病態を可逆性梗塞と呼んだ。
 蔵本らは,消化器癌,胃潰瘍,偽膜性大腸炎などで,輸血により急激にヘマトクリット値を上昇させた際二,一過性に急性心筋梗塞様心電図所見を示し,剖検により心筋梗塞病巣を認め得なかった7例について報告している。これらの例で,梗塞様心電図を示した期間は比較的短く,2〜7日後には輸血前の心電図所見に回復している。

 下図は,胃癌,胃潰瘍例において,胃切除前・後のヘマトクリット値の変動と心電図変化との関係をしめしたものであるが,心電図変化の出現率は輸血量と密接に相関し,輸血量1リットル以上の例に梗塞様ないし虚血 性心電図変化の出現率が高く,胃癌では45。5%,胃潰瘍では71。4%にこのような所見を認めている。また,胃切除術前後のヘマトクリット値の上昇の程度が強いほど,虚血 性心電図の程度が強く,高度の場合には急性心筋梗塞様心電図,軽度の場合には非特異的STーT変化を示し,両者の中間程度のヘマトクリット上昇の場合には軽度〜高度の虚血 性ST-T変化を示している。

胃癌,胃潰瘍における胃切除前後のヘマトクリットの変化と心電図所見
(蔵本築,松下哲:可逆性心筋梗塞.医学のayumi.101:59,1977)

 本例は,肺炎後に生じた「可逆性心筋梗塞」であると考えられる。可逆性心筋梗塞の際に,心電図が急性心筋梗塞様所見を示し,かつこの所見が1週間前後で正常化するのは何故であろうか?その機序につての一致した見解は未だないが,ヘマトクリット上昇による急激な血液粘稠度の増加による微少循環系にける血流障害が最も考えやすい。

 このような微小冠循環障害が,急性心筋梗塞様心電図を示し,しかもそれが可逆性で,1週前後で梗塞所見が消失する事は興味深い所見であるが,近年,このような病態が,冠動脈閉塞/再環流後,労作性狭心症発作,冠動脈攣縮性狭心症発作,肥大型心筋症,冠動脈バイパス手術後等にも起こり得ることがほうこくされており,「気絶心筋(stunned myocardium)として興味を集めている。気絶心筋とは,「虚血 後に長時間心室機能異常を示す生存能力を保持した心筋」と定義されている。

 拒絶心筋の発生機序については諸説があるが,次のような因子の関与が考えられている。
 1)心筋内ATP濃度の低下,
 2)フリーラジカルによる損傷
 3)細胞内Caの分布異常

文献:(1)近藤武,王建華,黒川洋,菱田仁:気絶心筋,別冊日本臨床(領域別症候群)14,p.69,1996

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