第7例 左室拡張期性負荷(大動脈弁閉鎖不全症?)

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第7例:26歳、女性
主訴:心雑音
臨床的事項:胸骨左縁、第3肋間に最強点がある逆流性拡張期雑音(Levine4度)を聴取する。自覚症状はあまりない。 下図は本例の心電図である。胸部誘導は感度を1/2に下げて心電 図記録を行っている点に注目して頂きたい。

解説:

1.リズム:洞調律  
 心電図を見るときはまずリズムを見ます。この心電図では1心拍のみしか記録されていませんので、洞調律であること以外のことは言えません。洞調律とは、第1,第2,V4-6誘導で陽性で、aVRで陰性P波を示すリズムを言います(洞性P波の定義)。このような洞性リズムで心拍数が60以下なら洞徐脈, 60-100の間なら正常洞調律(ordinary sinus rhythm), 100以上なら洞頻脈、最大のPP間隔と最小のPP間隔の差が0.16秒以上ある場合は洞不整脈と診断します。

2.QRS軸:
 次にQRS軸をみます。QRS軸とは平均前面QRS軸のことです。本例では第 1、第3誘導でQRS波の平均振幅が陽性ですから、正常軸と判断されます。

3.次に波形の診断に移ります。この心電図で最も特徴的所見は、心電計の感度を半分に下げて記録しないといけないほど、QRS波の電圧が高いことです。RV5+SV1=43+26=69mm(6.9mV)と著明な高電圧を示しています。  

 心室肥大の際の心電図の基本的所見は次の4つです。  
 
 1)肥大心室側誘導におけるQRS波の高電圧(右室肥大ならV1,2;左室肥大なら V5,6,第1誘導,aVL誘導)、  
 
 2)QRS間隔の拡大、肥大側胸部誘導における心室興奮時間の遅延(何れも脚ブロックの場合に比べると軽度)。  
 
 3)ST-T変化:QRS波の高電圧を示す誘導で見られる。典型的には肥大型ST-T変化 を示す。肥大型ST-T変化は「ローラーコースター様所見」と形容されます。すなわ ち、上方凸のST低下、−/+型の二相性T波(最初陽性で、それに陰性Tが続く波 形)、増大した陽性U波(時に陰性U波)をしめし、この一連の波形があたかも「ロー ラーコースター」に似ているためにそのように呼ばれます。

 4)QRS波の波形の変化:QRS波の左軸偏位の結果、第1誘導でR波が高く、第3誘導でS波が深くなります。また、aVLはqR型を示し、V1,2でS波が深く、V5,6でR波が高くなり、心臓長軸周りの時針式回転の結果、胸部誘導のQRS波の移行帯が左方に移ります。 

 これらの中では、QRS波の高電圧が最も信頼性が高く、診断基準として広く使用されています。  
 左室肥大の際のQRS波の高電圧による診断基準には次の2項目を用います。  
  1) RV5(6)+SV1≧40mm(30歳以下の男性では50mm)  
  2) R1+S3≧20mm  
 
 この内、1)は立体的心起電力の水平面に投影されたQRS波の高電圧で、2)は前面図に投影されたQRS波の高電圧です。2つの投影面の状態が分かれば空間的特性が把握できます。  しかし、これらの基準値は正常上界95%値を用いていますので、常に偽陽性の危険があります。 従って、左室肥大の心電図診断をする際には、左室肥大を起こす基礎疾患の有無について検討しないといけません。

   高血圧などのような左室肥大を起こす基礎疾患がない場合、若い男性などで、QRS 波の電圧がこれらの基準値を少し超えていたとしても、それだけで左室肥大と診断してはいけません。 このような場合に、上述の心室肥大の際の4基本波形変化が参考になります。 

 心室肥大の場合には、単に心室肥大と診断するだけでなく、血行動態的負荷様式の診断に進まねばなりません。心室肥大の際の血行動態的負荷様式と心電図所見との関係は、下記のマークをクリックして下さい。

本例は、次の所見から左室拡張期性負荷と診断されます。
 1) 左側誘導(V5,6)のQRS波の高電圧。
 2) これらの誘導における陽性T波、  
 3) その結果として、QRS-T夾角 は拡大していない。  
 4) 初期中隔ベクトル(V5,6のq波;V1のR波)は正常(少なくとも減少していない)。

 初期中隔ベクトルというのは、心室興奮過程の最初の段階で心室中隔が興奮するのですが、その興奮によるベクトルは左室側から右室側に向かうために左→右方向のベクトルを生じ、V5, 6はこのベクトルを見送る側にありますので初期陰性波(q波)を描き、V1はこれを迎える側にあるために初期陽性波を描きます。  


 以上から、この心電図は「左室肥大、左室拡張期性負荷」と診断されます。左室の拡張期性負荷を起こす病気は限定されます。すなわち、大動脈弁閉鎖不全、僧帽弁閉鎖不全、心室中隔欠損、動脈管開存,Valsalva動脈瘤破裂等です。本例に先天性心疾患の既往がなければ、大動脈弁閉鎖不全、僧帽弁閉鎖不全の何れかです。

  しかし本例のQRS波の高電圧の程度は極めて高度で、僧帽弁閉鎖不全ではこのような高度の変化を起こす事はまれですから、大動脈弁閉鎖不全が最も考えられます。

心電図診断:
 1.洞調律  
 2.正常QRS軸
 3.左室肥大(左室拡張期性負荷 )
(4.大動脈弁閉鎖不全疑)

以上。


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