第4例 心室細動(Brugada症候群)
Brugada 型心電図の成因

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第4例:44歳、男性
主訴:失神発作
病歴:誘因なく失神発作を起こし、徳島大学医学部第二内科に救急入院した。入院4日後、心臓電気生理学的検査 を実施したが、その終了後、カテーテルを抜去した直後に再び意識喪失発作が出現し た。
下図は意識消失発作時の心電図である。

心室細動

また、下図は本例の非発作時心電図である。

Brugada型心電図(coved型)

この例の心電図の所見は次の如くです。

1.洞調律
2.右軸偏位傾向を示すが、各誘導ともにS波を認めS1S2S3 patternに近い波形を示しています。
3.一般に胸部誘導でST上昇が著明で、ことにV1では著明に上昇したST部が斜めに下降して浅い陰性T波に移行し、いわゆるcoved typeのST上昇を示しています(cove:渓谷)。 V2でもST上昇が極めて著明です。

  S1S2S3 patternというのは、第1,第2,第3誘導に共に著明なS波を認めるためにこのように命名されました。S1S2S3 patternでは、標準12誘導の各誘導においてR波とS波の振幅が近似した値を示し、QRS波前半と後半のQRS軸(QRSベクトル)の方向が正反対の方向に向かい、平均QRS軸を定め難いような例における軸偏位の記載方法です。 このような心電図波形の成因は、右室基部の軽度の伝導異常によると考えられ、一種のnormal  variantであると考えられています。

 本例の最も特徴的心電図所見はV1にみられ、ST部が著明に上昇して、鋭く斜めに下降して陰性T波に移る所見です。このような波形は、Brugada症候群のcoved type に極めて特徴的です。

 coved typeのST上昇を示すBrugada症候群は突然死の危険が極めて強い危険な状態であるといわれていますが、実際、本例も入院中に上図に示すような心室細動発作を起こしました。  本例は、
失神発作を2回も起こし、心室細動も確認されていることから、植え込み式除細動器の絶対的な適応例であり、早急にその植え込みを行うことが必要です。

 第3.4例において、最近、学会で話題の中心の1つになっているBrugada症候群の2例を御紹介しました。長い間、20〜50歳の青壮年男性(女性にはほとんど ない)が、夜間に「うなり声」を出して急死する例があり、「ポックリ病」と呼ばれていましたが、その原因は明らかでありませんでした。

 これが、実は心筋細胞のNa チャネルのα-subunitをコードする遺伝子の異常によることが明らかになり、不整脈が分子病の1つとして注目を浴びるようになりました。このBugada症候群は、その subtypeを含めると、日本には比較的多い疾患であるため、臨床的に極めて重要な意義があります。

 それでは、Brugada症候群の際に、なぜ、右側胸部誘導 (V1-3) でST上昇が起こるでしょうか? その機序を下図に示します。実は、正常例では、心外膜側と心内膜側の心筋の間には電気生理学的特徴に相違がある事が以前から分かっていました。

 すなわち、心外膜側心筋の活動電位は急速に立ち上がった第0相の後の第1相に深い notch(きれこみ)があります。心内膜側心筋の活動電位にはそのようなnotchはありません。体表面心電図は、主として心外膜電位と心内膜電位との差分により描かれますので、下図左のような波形になります。

Brugada症候群の心電図の成因

 人の場合、通常,J波は認められませんが、低温冷却時などには例外なく著明になってきます。
 Brugada症候群では、細胞膜を通るイオン電流の変化により、このnotchが浅くなり、更に著明な場合にはnotchが消失します。すると、添付file b図下方に示すよ
うにJ波が著明となり、ST上昇として表現されるようになります。

 この心外膜細胞の活動電位におけるnotchの消失は、心筋細胞膜を通るイオン電流の下記のような変化の場合に見られます。
   1) Ito(一過性K外向き電流)の増加、
   2) Ik1, Ik,ATP (ATP感受性K電流)の増加、
   3) ICa(カルシウム電流)の減少、
   4) INa(ナトリウム電流)の減少。

 Naチャネルをcodeする遺伝子異常があると、INaが減少し, notchが減少し,dome(細胞内電位第3相)を維持出来にくくなり、細胞内電位の持続時間が減少します(添付file)。しかし、心内膜下筋層の活動電位は変わりませんので、心外膜細胞および心内膜細胞との間の電位差により、体表面で記録した心電図ではJ波が著明になると共にSTが著明に上昇します。 ST上昇がV1-3に主として認められるのは、dome維持に関係したイオンチャネルの分布が右室流出路に多いためであると説明されています。

 右室流出路心筋における活動電位持続時間は均一でなく、不規則なため、興奮部と未興奮部が不規則に作られ、そこにリエントリーが形成されて重篤な心室性不整脈、
ひいては心室細動を起こすに至ります。

 以上が、現時点で最も有力なBrugada症候群の心電図の成因を説明する学説です。

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