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第22例:
症例:10歳、女性
臨床的事項:幼時から心雑音を指摘されているが、
チアノーゼはない。風邪にかかり易いが、日常生活には差し支えはない。しかし、校医の指導によりマラソンなどの激しい運動は控えるようにしている。理学的所見では、心基部(2R、第2肋間・胸骨右縁)にPMI(雑音最強点、punctum
maximum of
intensity) がある4度(Levine分類)の駆出性収縮期性雑音を聴取する。心基部第2音は幅広く分裂し、呼吸性変化は減少している。
下図は本例の心電図である。
質問:
1.リズムは?
2.QRS軸は?
3.心電図診断は?
4.臨床診断として、どのような疾患が最も考えやすいか?
第22例解説
まず質問に答えます。
1.リズムは?
リズムは洞調律です。P波が第1,2誘導, V5, 6で陽性で、aVRで陰性のものを洞性
P波と呼び、その起源が洞結節にあると考えます。
2.QRS軸は?
右軸偏位です。第1誘導でR波とS波の振幅はほぼ等しいですが、QRS軸を決めるの
は「平均前面QRS軸」、つまり面積ベクトルの方向ですから、単にR波とS波の振幅の 比較ではなく、面積を比較します。この場合は、S波の面積がR波の面積よりも大きい
ため、第1誘導の平均振幅は陰性(−)と判断します。
3.心電図診断は?
不完全右脚ブロックです。V1がrsR’型を示しています。そのため、V1の心室興奮時間〔QRS波の最初から大きいR波(この場合はR'波)の頂点までの時間〕が、V6の心
室興奮時間よりも延長しています。こんな事を考えなくとも、一見してV1のQRS波形 がrsR' 型を示しており、このR’波は遅れて起こった右室興奮を反映しています。
aVRのlate R波およびV5,6の幅広いS波も、同様に遅れて起こった右室興奮を反映し ており、右室興奮の遅延、すなわち右脚ブロックの存在を示しています。
この際、QRS間隔が0.12秒を超えているか否かにより完全右脚ブロックと不完全右 脚ブロックに分類します。本例は不完全右脚ブロックに属します。
4.臨床診断として、どのような疾患が最も考えやすいか?
不完全右脚ブロック所見を示す先天性心疾患を見た場合は、右室の拡張期性負荷疾患の代表的疾患である心房中隔欠損症をまず考えます。その他に
右室拡張期性負荷を起こす疾患としては、肺動脈弁閉鎖不全、三尖弁閉鎖不全, Ebstein奇形、肺静脈還流異常などがあります。
本例の理学的所見で、心基部第2音の固定性分裂、肺動脈領域での駆出性収縮期雑音を聴取し、病歴から非チアノーゼ性先天性心疾患が考えられますので、総ての点で「心房中隔欠損症」に典型的です。心房中隔欠損症でも肺血流量(短絡血液量)が多いと、ついには肺高血圧を合併し、Einsnmenger症候群と呼ばれる状態になり、チアノーゼを伴うようになります。
本例では、V1のR’波の振幅がそれほど高くなく、またV5,6のS 波はそれほど深くなく、右房負荷所見も認めませんので、肺高血圧の合併はないと考えられます。
心房中隔欠損症の可能性が強い場合は、心電図でその病型の鑑別をしなくてはなりません。 心房中隔欠損症は下図に示すように分類されます。
Aは二次孔欠損、 Bは一 次孔欠損、 Cは生理的な卵円孔開存、 Dは共通房室管です。
卵円孔は、全ての人にお いて胎児循環で重要な役割を営んでおり、その開存なしには生命を保ち得ません。通常は、出生直後に閉鎖しますが、生後もなお卵円孔の一部のごく狭い範囲が開いたまま残っている場合があります。このような状態をprobe
patencyといいます。probe(消息 子、ゾンデ)を僅かに通し得る程度の小さい卵円孔という意味です。
ある程度の大きさの卵円孔が開存していたとしても、生後は左房圧が右房圧よりも高く、開存部は左房側から卵円孔弁で蓋をするように覆われ、通常、短絡(shunt)は生じません。従って、卵円孔開存は心房中隔欠損症には含めません。ただ卵円孔開存があると、大静脈系の血栓(下肢血栓、骨盤内静脈の血栓など)が肺循環を介さず、直接 大循環系に塞栓をおこすおそれがあります(奇異塞栓)。
二次孔欠損は心房中隔上部ないし中部の欠損です。一次孔欠損は心房中隔下部の欠損で、しばしば僧帽弁閉鎖不全を伴います。共通房室管というのは、心内膜床欠損 (endocardial cushon defect)とも呼び、心内膜床の欠損です。そのため、共通房室 管が形成されます。 一次孔欠損および心内膜床欠損では、高率に左脚前枝ブロックを伴いますので、 QRS軸は著明な左軸偏位を示します。
他方、二次孔欠損のQRS軸は正常軸ないし右軸偏位です。 下図は一次孔欠損および共通房室管と二次孔欠損のQRS軸の分布を示します。前者はほとんどの例が著明な左軸偏位を示し、後者では正常軸ないし右軸偏位を示しており、QRS軸が両者の鑑別に極めて有用であることが分かります。
心房中隔欠損症は、典型的な右室拡張期性負荷疾患ですが、右室拡張期性負荷の際 に不完全右脚ブロックを起こす機序としては、右室拡張のために右室伝導系が引き延
ばされるためと考えられていました。特殊心筋繊維が引き延ばされると、その直径が狭くなり、興奮伝導の際に内部抵抗が増大して、興奮伝導速度が低下すると考えられていました。
しかし、現在では、そうではなく、右室流出路肥大によると考えられています。そ の根拠は次の如くです。
1) 心房中隔欠損例の不完全右脚ブロック所見は、出生直後は明瞭でなく、生後、時日の経過と共に明瞭になってくること。
2)手術により短絡血流が無くなり、右室拡張が改善しても直ぐには不完全右脚ブ ロック所見は改善せず、術後、時日を経過して次第に軽快してくること。