第18例 正常心電図(電圧基準の誤用)

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第18例
症例:24歳、男性
臨床的事項:特に自覚症状はないが、職場の健康診断で心電図を記録し(下図)、「左室肥大」と診断された。理学的所見は正常、血圧125/70mmHg。昨年度および一昨年度の身体検査でも心電図検査の結果、「左室肥大」と診断されている。本年は、その結果、精密検査を受けるように指示された。
下図は本例の心電図である。

正常心電図

第18例解説

 この例は、24歳、男性で、理学的所見が正常で、血圧も120/70mmHgと正常ですから、「左室肥大」を起こす基礎疾患がありません。また、心室肥大の際の4つの基本的所見の内、QRS波の高電圧以外の所見、すなわち、 
 1) QRS間隔の拡大、肥大心室側誘導(この場合はV5,6)における心室興奮時間遅延(脚ブロックに比べると軽度)、
 2) ST-T変化
 3) QRS波形の変化(左軸偏位、心臓長軸周りの時針式回転など)
などの所見が全く認められていません。

 本例のQRS波の振幅は、RV5+SV1=42mmです。健診施設担当医は、恐らくRV1+SV5≧35mmという世界的に有名なSokolow-Lyonの左室肥大の心電図診断基準を満たしているために、単純に「左室肥大」と診断したものと思われます。 

 しかし、QRS波の電圧を規定する因子は、誘導部位から心筋興奮により生じた電気的二重層(dipole)に対して張る立体角です。この立体角に最も強く影響する因子は、電極装着部位と心臓表面との間の距離、すなわち胸壁の厚さです。

 日本人、ことに若年男性の胸壁の厚さはアメリカ人に比べて薄く、Sokolow-Lyon基準をそのままの形で日本人に適用した場合、30歳以下の正常日本人青年男性の1/4〜1/1/3が誤って「左室肥大」と診断される危険があることは、徳島大学医学部第二内科循環器研究室 川真田恭平(現在、鳴門市開業)がすでに昭和34年に指摘し、以後、第二内科では心電図のQRS波の高電圧による左室肥大の診断には、下記の2基準の内、何れか1つを満たした場合に「左室肥大」と診断しています。

  1) RV5(6)+SV1≧40mm(30歳以下の若年男性では50mm) 
  2) R1+S3≧20mm

 この基準を適用した場合に、Sokolow-Lyon基準を用いた場合よりも多少陽性率が低下するかも分かりません。しかし、正常例を誤って「左室肥大」と診断し、Prinzmetal のいわゆる「心電図性心臓病、 heart disease of electrocardio -graphic origin」(一種の医原病、iatrogenic disease)を作らないようにすることの方がよほど重要であるとの考え
(phylosophy)に基づいています。

 本例は、左室肥大の基礎疾患が全くなく、左室肥大は存在しないにもかかわらず、身体検査を受けるたびに数年間も連続して「左室肥大」の誤った診断を下されていました。 注意するべきことであると思います。最も大切なことは、左室肥大を起こす基礎疾患がなく、かつ心室肥大の4つの基本的変化がないような例で、単にQRS波の高電圧に基づいて左室肥大と診断してはならないと言うことです。

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