第17例 左室肥大、左室過負荷

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第17例:
症例:72歳、女性
主訴:頭痛と「ふらつき」。
下図は本例の心電図である。

左室肥大、過負荷

質問:
1.リズムは?
2.QRS軸は(平均前面QRS軸)?
3.QRS波の振幅は?
4.ST-T変化は?
5.その他の所見は?
6.総合的心電図診断は?
7.この心電図から読み取れる臨床的事項は?

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第17例解説

1.リズムは?
  RR間隔の中に大きいマス目(0.2秒)が5個以上含まれているので洞徐脈です。因みに、洞性P波の特徴は第1,2誘導、V5, 6で陽性で, aVRで陰性のP波を言い ます。

2.QRS軸は(平均前面QRS軸)?
 第1,第3誘導のQRS波の平均振幅(陽性波と陰性波の振幅の代数和)が共に陽性ですから、正常QRS軸です。因みに正常QRS軸とは、平均前面QRS軸が+30度から時計回りに+90度までの間にあることを意味しています。

3.QRS波の振幅は?
  QRS波の振幅は、RV5+SV1=26mm+21mm=47mmで、明らかなQRS波の高電圧 (high voltage) があり、左室肥大と診断されます。 因みに、左室肥大診断基準としては、下記の2項目に着目し、何れか1つを満たせば左室肥大と診断します。  
  1) RV5 (6) + SV1≧40mm (30歳以下の男性では50mm)  
  2) R1+S3≧20mm

  1)は水平面図におけQRS波の高電圧、2)は前面図におけるQRS波の高電圧を反映します。心臓は立体的構造物ですから、その電位変化を見る際にも常に立体的変化にいて検討しないといけません。2つの投影面の変化が分かれば心起電力の立体的特性を把握することが出来ます。

 心室肥大の際には、以下の4つの基本的変化が見られます。  
  a) QRS波の高電圧、  
  b) QRS間隔の拡大、肥大側誘導における心室興奮時間の遅延、  

  c) ST-T変化(肥大に伴う一次性ないし二次性ST-T変化):一次ST-T変化とは、QRS波の変化に伴うST-T変化で、いわゆる心室gradientの変化に伴うST-T変化です。二次性 ST-T変化とは、肥大に伴う心筋虚血等の二次的変化によるST-T変化です。

  d) QRS波の波形の変化:QRS軸の左軸偏位、心臓長軸周りの時針式回転、肥大側誘導でのQRS波の高電圧(高いR波)、反対側誘導での深いS波)など。

 これらの4項目の内、QRS波の高電圧が最も陽性率が高いため、心電図による左室肥大の診断には主としてQRS波の高電圧を使用 します。しかし、高電圧の基準値は正常例の統計的検討に基づいていますので(通常 正常上界95%点あるいは98%点を用いる)、必然的に2〜5%の偽陽性率があります)。  

 
従って、QRS波の高電圧に基づいて左室肥大と診断するためには、左室肥大を起こす基礎疾患の存在を確かめねばなりません。基礎疾患がないのに、QRS波の高電圧のみに基づいて心電図から左室肥大の診断をしてはいけません。この際には、先に述べた心室肥大の4基本所見の有無を参考にして、心室肥大の診断をします。 心室肥大の心電図診断における以上の基本的考え方は、右室肥大の診断の場合も同様です。  上述のことは、非常に大切ですので、心に銘記しておいて下さい。

4.ST-T変化は?
 V3-6で明らかなST低下を認めます。この程度のST低下は「ST低下の疑い」ではな く、「明らかなST低下」であることに注目して下さい。正常例では(青壮年女性を除 く)このようなST低下を起こすことは絶対にありません。

5.その他の所見は?
 V3−6の陰性U波も注目するべき所見です。左側胸部誘導における陰性U波は左室負荷、左室虚血の表現です。

6.総合的心電図診断は?
以上を総合して、この心電図は左室肥大、左室過負荷と診断します。

7.この心電図から読み取れる臨床的事項は?
 左室肥大の基礎疾患として最も頻度が高いのは高血圧です。恐らく本例も高血圧があると考えられます。 

 1999年, WHOは血圧値により高血圧を軽症、中等症、重症の 3群に分類しました。 そして、これらの3群において、血管障害(脳血管障害、心筋梗塞など)の危険因子の保有状況により軽リスク群、中等リスク群、高リスク群、超高リスク群の4群に分け、各群に属する例の今後10年以内における血管障害出現率を予測しました。

  この中で、WHOは左室肥大を標的臓器障害の1所見として重視しています。標的臓器障害があると、たとえ収縮期血圧が145mmHg程度の軽症高血圧群に属しても、血管障害リスクは高リスク群として評価され、今後10年間以内における血管障害出現率は20-30%の高率ですから、直ちに降圧薬療法を行わなければいけないと勧告しています

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