標準12誘導の誘導軸

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1.心電図誘導法

 心起電力を記録するためには、体表面に電極を置いて体内に生じた微少な電流を増幅して記録しなければならない。このためには、通常、体表面に2個の電極を置き、これらの間の電圧を増幅器を用いて増幅して記録する。心電図として記録される心起電力は、電気的には1mV前後、周波数では0.1〜300Hz, インピーダンスとしては1〜20kオーム程度の生体電気現象である。

 心電図を記録する方法(誘導法、lead system)については、国際的に取り決めがあり、12個の誘導法を用いる標準12誘導法が広く用いられている。この12誘導は、双極誘導(bipolar lead)と単極誘導(unipolar lead)に分けられる。何れも2つの電極間の電位差を記録する方法であるが、前者は2つの電極が、同程度に心起電力の影響を受ける部位に電極を置いて記録したものであり、後者は一方の電極(近接電極、関電極)を心起電力の影響を強く受けるような心臓の近くに置き、他の電極(遠隔電極、不関電極)を心臓から距離的に遠い部位(四肢など)ないし電気的に電位が小さく安定した部位〔Wilsonの中央電極など(後述)〕に電極を置いて記録する。Wilsonの中央電極とは、右手、左手、左足を高い抵抗を介して1点に集めた部位である。この点の電位はKirchhoffの第一法則に従うと0(ゼロ)電位と見なすことが出来る。しかし、実際には若干の電位差を持っているが(0.3mV以内)、その値が小さく、比較的に安定であるために、不関電極として広く使用されている。


 標準的な心電図誘導法としては、双極誘導としては標準肢誘導(第1,2,3誘導)、単極誘導としては単極肢誘導(aVR、aVL、aVF誘導)および単極胸部誘導(V1-6誘導)が用いられ、これらの6個の肢誘導および6個の胸部誘導を記録する心電図誘導法を標準12誘導法と呼んでいる。

2.標準肢誘導法とEinthovenの正三角形模型 
 心電図学の創始者 Einthovenは、心電図誘導法として標準肢誘導法を提唱した。この誘導法は左手、右手、左足にそれぞれ電極を置き、これらの電極間の電位差を記録する。

   第1誘導:左手(+)ー右手(−)
   第2誘導:左足(+)ー右手(−)
   第3誘導:左足(+)ー左手(−)

 これらの電極の心電計への結合様式には国際的に規約があり、第1誘導については左手の電位が(+)の際に心電図が上向きの振れを記録するように接続し、第2,第3誘導については、左足の電位が(+)の際に、心電図が上向きの振れを記録するように心電計に接続する。

 Einthovenは、標準肢誘導による心電図記録法を発表すると共に有名な正三角形模型の考え方を導入した。標準肢誘導では右手、左手、左足に電極を置くが、実は胴体という容積導体内に心臓という電源があるため、手足は単に胴体から出た導線の役割を果たしているに過ぎず、手足に置いた電極は、実は、手足の躯幹への付着部に電極を置いたのと同様の意義を有する。Einthovenは、左手、右手、左足の躯幹への付着部を結合すると近似的に正三角形を形成し、この正三角形の中心に心臓があり、ここから心起電力ベクトルが出ていると考え、彼の有名な正三角形模型理論を提唱した。この右手、左手、左足の躯幹付着部を結んで出来る三角形については、正三角形と考えるよりも、二等辺三角形や不等辺三角形 (Buerger三角形)と考えた方がよいとの意見もあるが、近似的には正三角形とみなすことができる。 

 下図は Einthovenの正三角形を示す。

 
Einthovenの正三角形模型

 下図はEinthovenの正三角形模型とBuergerの三角形を対比して示す。

Einthovenの正三角形模型およびBuergerの三角形模型における心起電力ベクトルと肢誘導心電図波形との関連
左:Einthoveの正三角形模型、 右:Buergerの三角形

 正三角形模型理論では、正三角形の中心に心臓の電気的中心があり、ここを始点として心起電力ベクトルが出ており、標準肢誘導の各誘導(T、U,V誘導)で記録される心電図波形は、この心起電力ベクトルの正三角形各辺への投影であると考えることが出来る。

 3.正三角形模型と三軸座標系
 このように標準肢誘導で記録される心電図波形は、正三角形の中心に一端を置いた心起電力ベクトルの各辺への投影であると考えることが出来るため、正三角形の各辺を正三角形の中心に平行移動しても誘導軸としての意義は変わらない。したがって、Einthovenの正三角形は、下図のように互いに60度の角度を持つ三軸座標に置き換えることが出来る 〔Baileyの三軸座標系 (triaxial reference system)〕。 この際、これらの各軸の極性は、国際的な規約に従い、T誘導では左手が正(+)、右手が負(-)となり;U誘導では左足が(+)、右手が(ー);V誘導では左足が(+)、左手が(ー)となる。

Einthovenの正三角形模型とBaileyの三軸座標系

 心臓電気軸を診断する方法には作図法と目測法がある。通常は目測法によるが、作図法により電気軸を定める際には、この三軸座標を用いて心臓電気軸を求める。

4.単極肢誘導の誘導軸
  標準肢誘導軸がEinthovenの正三角形を形成することは上述の如くで、標準肢誘導で記録された心電図波形は、立体的心起電力ベクトルのこれらの誘導軸(正三角形の各辺)への投影であると考えることが出来る。他方、aV誘導においては、不関電極(遠隔電極)をGolberger電極に置き、他方の電極(関電極、近接電極)を各肢に置く。Goldberger電極とは、四肢の単極誘導を記録する際に、Wilsonの中央電極(結合電極)から、その肢にきている電極への結合を外したもので、近似的にその電位はゼロであると見なすことが出来る。Wilsonの中央電極とは、各肢に装着した電極を高い抵抗を介して1点に結合したものである。この点の電位は Kirchhoffの第一法則にしたがって0(ゼロ)と考えることが出来る。 そのため、aV誘導では、その肢の電位変化を純粋に記録できるとして、増大単極肢誘導(augmented unipolar limb leads)という名称が用いられている。しかし、厳密にはWilsonの中央電極およびGoldberger電極の電位はゼロではなく、ある程度の電位を有する。

 下図は左手の単極肢誘導を例にとって、Wilsonの単極肢誘導(V誘導)とGoldbergerの単極肢誘導(aV誘導、aV誘導)を示す。

Wilsonの単極誘導とGoldbergerのaV誘導
A:Wilsonの単極肢誘導法、 B:GoldbergerのaV誘導法

 単極肢誘導で記録される心電図は、電気的ゼロ点(Goldberger電極)と各肢との間の電圧変化を記録したものである。この際、正三角形模型理論によると、電気的ゼロ点とは、正三角形の中心である。各肢は正三角形の頂点であるから、aV誘導の誘導軸は、正三角形の各頂点と正三角形の中心を結んだ線であると考えることが出来る。したがって単極肢誘導 (Goldberger誘導,aV誘導)の誘導軸は、標準肢誘導と同様に、下図に示すように互いに60度の角度で開く三軸座標系(aV誘導の三軸座標系)を形成する。この際、これらの誘導軸の極性は、各肢の電極装着部(正三角形の各頂点)が正(+)であり、正三角形の中心が負(−)である。

単極肢誘導の誘導軸と単極肢誘導のための三軸座標系

5.肢誘導軸(標準肢誘導、単極肢誘導)と六軸座標系
 標準肢誘導の三軸座標系と単極肢誘導の三軸座標系を重ね合わすと、互いに30度の角度で開いた下図のような六軸座標系 (hexaxial reference system)を構成することが出来る(Bailey)。標準肢誘導および単極肢誘導で記録された心電図波形は、立体的心起電力ベクトルの前額面(前面図)成分を六軸座標系に投影したものであると考えることが出来る。


前額面誘導における六軸座標系

6.単極胸部誘導軸
 単極胸部誘導法では、不関電極(遠隔電極)としてWilsonの中央電極を用い、関電極(近接電極)を心臓に近い胸郭表面に置く。不関電極としてWilsonの中央電極を用いる誘導は一般にV誘導と呼ばれる。胸郭表面に置く電極部位としては、一般に下図のようにC1〜C6の6カ所が用いられている。不関電極としてWilsonの中央電極を用い、C1-6の部位で記録した単極胸部誘導心電図がV1-V6誘導心電図である。しかし、必要に応じてC1-6に左右対称的な右側胸部誘導(C3R, C4Rなど)、あるいはその他の付加的胸部誘導もしばしば使用される。下図は標準的な胸部誘導の電極部位を示す。

  V1: 第4肋間、胸骨右縁、
  V2: 第4肋間、胸骨左縁、
  V3: V2とV4との中点。
  V4: 第5肋間、左鎖骨中央線の交点、
  V5: V4の水平線と左前腋窩線との交点、
  V6: V4の水平線と左中腋窩線との交点。

 しばしば使用される付加的胸部誘導としては、下記のようなものがある。

  V3R〜V6R:V3〜V6に対称的な右側胸部上の部位、
  V E:剣上突起
  V1’〜V6’:V1−6の1肋間上の対応部位、
  V1''〜V6'':V1−6の2肋間上の対応部位。

胸部誘導記録部位
単極胸部誘導の電極装着部位

 単極胸部誘導の誘導軸は、心臓の電気的中心と胸郭周囲の電極装着部位を結んだ線である。この際、誘導軸の極性は電極装着部位が(+)、心臓の電気的中心が(−)となる。SimonsonおよびChouは、それぞれ胸部誘導軸を下図の如く示している。両者共にV2が前方、V6が左方から心起電力ベクトルを眺める誘導であるとする点では一致している。
 下図は、Simonsonが発表した胸部誘導軸を示す。

胸部誘導軸(Simonson)
Simonsonの単極胸部誘導軸

 下図は,Chouが発表した胸部誘導軸を示す。

胸部誘導軸(Chou,Helm)
Chouの単極胸部誘導軸

7.標準12誘導の意義 
 上述したように、標準肢誘導(T、U、V誘導)および単極肢誘導(aVR,aVL,aVF)は、共に前額面(前面図)に投影された立体的心起電力ベクトルを異なった角度から眺める誘導であり、単極胸部誘導は横断面(水平面)に投影された立体的心起電力を異なった角度から眺める誘導である。従って、標準12誘導法は、立体的心起電力を前額面(前面)および横断面(水平面)に投影された成分から、その立体的特徴を把握する誘導法であるため合理的であると考えられるが、各誘導間に情報の重なりが著しく多い(情報の冗長性)。

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