冠不全タイトル

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1.冠不全とは

 冠不全とは,心臓に栄養を供給している冠動脈の機能不全という意味です。冠動脈の機能不全の最も多い原因は,冠動脈の動脈硬化でその内腔が狭くなり,血流がうまく流れず,心筋に十分に酸素や栄養素が行き渡らない場合です。

 従って,冠不全が起こりますと,その冠動脈で血流を受けている心筋は,十分に血液供給を受けられなくなります(心筋虚血 ),そして心筋の機能が障害されます(心筋障害,心筋傷害)。従って,冠不全,心筋虚血 ,心筋傷害,心筋傷害などの言葉は類似した概念で,研究者により同一の病態が異なった言葉で表現されていることがありますので注意が必要です。
 
また,冠不全,心筋虚血 ,心筋障害,心筋傷害などの言葉は相互に紛らわしい表現であるとして,純粋に心電図上の概念として「非特異的STーT変化」という表現を用いるべきであるとの意見もあります。「非特異的」というのは,それぞれ典型的STーT変化を示す病態以外のSTーT異常と言う意味です。病態特異的なSTーT変化としては,下記のような場合があります。

 1)急性心筋梗塞の際のST上昇(上方凸のドーム型ST上昇で,R波が基線に復帰する途中からST上昇が始まる(high take off)。 ST上昇が基線に復帰する頃になると,T波が深い陰性となり,左右対称的な波形を示す(冠性T波)。

 2)肥大型STーT変化:ST部はていかするが,その波形は上方凸で,マイナス・プラス型の二相性T波に移行し,さらにU波に移行し,あたかもローラーコースターのような波形を示す(ローラーコースター効果)。

 3)ジギタリス効果:強心薬ジギタリスが充分量(飽和量に近い量)が投与されると,徐脈,PR間隔延長(第1度房室ブロック),QT間隔短縮と共に,ST部の盆地状低下を示す。
 4)電解質異常:低K血症,低Mg血症などでは,T波の平定化,U波の著明化,QT−U間隔延長などを示す。高K血症では左右対称的な尖端が尖った高いT波を示す(テント状T波)。
 
 上記のような特殊の病態に典型的なST-T波形を示す場合以外のST-T異常を非特異的ST-T変化と呼ぶ。

2.冠不全の分類と基礎疾患

 冠不全は,絶対的冠不全と相対的冠不全に分類します。

1)絶対的冠不全
 冠動脈を通って心筋に与えられる血流量そのもが不足した状態を絶対的冠不全といいます。もっとも代表的な基礎疾患は冠動脈硬化症で,狭心症,心筋梗塞などはこのような病態に属します。

 絶対的冠不全を起こす基礎疾患としては,冠動脈硬化(狭心症,心筋梗塞),冠動脈攣縮(異型狭心症,冠動脈攣縮性狭心症),冠動脈塞栓(心房細動,僧帽弁狭窄),冠動脈炎(リウマチ,膠原病)など。

2)相対的冠不全
 冠動脈を介して心筋に与えられる血流の絶対量は減少していないのですが,心筋がそれよりも多くの酸素を必要とする場合は,結果的には酸素不足(血流不足)となり,冠不全状態になります。このような場合としては,心筋肥大(心臓弁膜症,先天性心臓病,特発性心筋症など),甲状腺機能亢進症,過度の身体労作等が之に属します。

3.冠不全の心電図

 冠不全心電図の特徴は,一言で言えば「虚血 性ST低下」を示すことです。下図に諸種病態におけるST低下の諸波形を示します。

ST-T変化の諸相
A:上昇型(J型)ST低下,B:肥大型ST低下,C:盆地状ST
低下(ジギタリス心電図);D〜F:虚血 性ST低下

 上図のD〜Fが虚血 性ST低下と呼ばれるもので,冠不全の心電図的表現です。この内,Dは水平型ST低下,EとFは下降型ST「低下です。

  冠不全心電図と紛らわしい所見に,心房性T波混入によるJ型ST低下があります。これは頻脈,交感神経興奮,心房肥大(心房負荷)時などに,心房性T波が増大し,これはP波と反対方向に向かい,かつST部と重なっていますので,実際にはST低下がないのに,見かけ上ST部が低下しているように見えます。

 冠不全の際に見るJ型ST低下(上図A)と,この心房性T波混入によるST低下とを区別する方法は,P波の下降脚と低下したST部がなだらかな移行を示すかどうかを見ることにより行います。冠不全によるJ型ST低下の際には、上図Aにみるように「なだらかな移行」を示さず,非連続的に見えます。一方,生理的な心房性T波の混入によるJ型低下の際にはP波の下降脚が低下したST部となだらかな移行を示します。下図にそのような心房性T波混入による見かけ上のST低下例を示します

J型ST低下 心房性T波
J 型ST低下 心房性T波(Ta波)

4.運動負荷試験

1)運動負荷試験の意義

 狭心症は冠不全の臨床的表現です。しかし,狭心症例の心電図を記録しても,約半数は正常所見を示します。之は,通常,狭心症では,身体労作時に酸素需要が高まっても,冠動脈硬化のために十分な血液が心筋に与えられないために狭心症特有の胸痛発作を起こします

 。しかし,心電図は通常安静横臥位できろくされますから,このような状態では生体の酸素需要は多くなく,心電図を記録しても冠不全心電図所見は現れません。従って,このような際には運動を負荷して,生体の酸素需要を高めた状態で心電図を記録することtが必要です。これが運動負荷心電図です。

 運動負荷方法としては,,おのの高さが9インチの2段になった階段を,一定時間内(1分半)にその人の年令,性,体重に応じて決められた一定回数を上下する運動負荷法がマスター二階段試験として広く用いられてきました。しかし,この方法は運動量が少なく,冠不全の検出率が低いため,この2倍の回数を3分間の間に上下する方法がマスターの二重負荷試験として一般的に使用されています。下にマスターの階段と,それを用いて運動負荷を行っている図を示します。

Masterの階段(二階段試験用) Master二階段試験実施中
マスターの階段 マスター運動負荷試験

2)定量的運動負荷法(サイクロエルゴメーター法,トレッドミル法)

 マスター二階段法にも,若干,定量的運動負荷の考え方が入っていますが,より一層,運動負荷量を定量化した方法として自転車エルゴメーター法およびトレッドミル負荷法ガアリ,これらが最近は運動負荷心電図法の基本的運動負荷方法になっています。自転車エルゴメーター法というのは,定量的な制動装置がついた自転車のペダルを踏むことにより,定量的運動負荷を加える方法です。

 トレッドミル負荷法とは,モーターにより回転するベルトの上をベルトの速度に合わせて歩行運動を行う負荷法で,ベルトの回転速度、傾斜を調節することにより運動負荷量を調節します。下図にこれらの運動負荷法を示します。

自転車エルゴメーター(サイクロエルゴメーター) トレドミル負荷試験
サイクロエルゴメーター法 トレッドミル法

3)運動負荷心電図判定基準

 A.マスター二重負荷試験判定基準

 マスターは,下記のような基準を設け,冠不全の有無を判定しています。
次の3項目の内,1項目を満たせば「陽性」と判定する。
 @ 2mm,またはそれ以上のST低下,
 A 完全に水平ないし下降性のST低下(起始部が少なくとも0.08〜0.12秒の間,扁平ないし下がり気味に低下する場合)
 B 2mm以内のJ型ST低下に加えて,QX/QT比≧50%,またはQT比≧1.08を満たす場合。
      ----------------------------------------------------------------
 下記所見も異常所見と見なす。
  1)T波の陰性化, 
  2)ST上昇,
  3)U波の陰性化,
  4)心室頻拍
  5)運動直後の心拍数が多い時期の多源性ないし連発性期外収縮
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QX/QT比の測定法を下図に示します。

QX/QT比の測定法
PR-segmentで,QRS波の起始部に当たる点を結んだ線
(AB)が,ST部と交わる点をX点とし,QRS波の起始部から
時間を測り(QX),QT間隔との比を求める。この価が大きい
ほど,ST低下が虚血性ST低下に近いことを意味する。

B.トレッドミル負荷試験およびエルゴメーター負荷試験
  New York Heart Associationの診断基準委員会は,「J点から0.08秒の時点における1mmまたはそれ以上の水平型ないし下降型ST低下」が一般的に認められている運動負荷心電図の冠不全診断基準であると述べています。J型ST低下(上向傾斜型ST低下)の場合は,J点から60〜80msecの時点において2mmないしそれ以上の低下を示す場合を陽性と判定します。

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