房室ブロック
心電図目次へ | 次(補充収縮、補充調律)へ |
1.房室ブロックとは
心房興奮の心室への伝導が障害された場合を房室ブロックという。
2.房室ブロックの分類
房室ブロックは、下表のように第1度、第2度および第3度房室ブロックに分ける。
第1度房室ブロック | PR間隔が0.20秒以上に延長する。 | |
第2度房室 ブロック |
第1型 (Wenckebach型) |
PR間隔が漸次延長し、遂には心室収縮が脱落するが、その後は 再びPR間隔が短縮(正常化)し、以後、同様のリズムを繰り返す。 |
第2型 (Mobitz U型) |
PR間隔が延長することなく、突然、心室収縮脱落が起こる。 | |
第3度房室ブロック | 心房と心室が相互に全く無関係に独自のリズムで動く。 |
1) 第1度房室ブロック
単にPR間隔が延長するのみである。PR間隔は正常上界を越える(≧0.20秒)。第1度房室ブロックには, 正常な場合(迷走神経緊張亢進による場合)と、病的な場合(房室伝導系の器質的障害)とがある。正常の場合は、迷走神経緊張亢進によりおこり、訓練されたスポーツ選手などでは洞徐脈と共にPR間隔延長を示す。迷走神経緊張によるPR間隔延長(第1度房室ブロック)は、運動負荷により交感神経緊張を起こすと正常化する。
病的な場合としては、心筋炎の後遺症、薬物の副作用(ジギタリス薬など)などの際に見る。心筋炎の病歴は明らかでなく、単に風邪症状として経過している場合もある。
何れにせよ、第1度房室ブロックのみでは、何ら臨床症状を示さないので治療の必要はない。しかし、その原因が機能性(迷走神経緊張増加)か器質性かを判断する資料として運動負荷心電図を記録することは必要である。迷走神経緊張による場合は、運動により心拍数が増加すると共に、PR間隔も正常化する。
2) 第2度房室ブロック
心房興奮が心室に伝わる場合と、伝わらない場合(ブロック)とが混在する(心室収縮脱落)。2つ以上の心房波の心室への伝導が連続的にブロックする場合を高度房室ブロック〔advanced
atrioventricular (AV) block〕と呼ぶ。
第2度房室ブロックは、次のように2型に分ける。
(1) 第T型(Wenckebach周期)
PR間隔が漸次延長し、ついにはブロックし、その後は再びPR間隔は短縮し、以後、同様のリズムを繰り返す。Wenckebach周期は、機能性、一過性の場合が多く、迷走神経緊張により誘発される。ブロック部位は房室結節、ヒス束にある場合が多く、完全房室ブロックないしアダムス・ストークス症候群への移行は少ない。従ってペースメーカー植え込みを必要とする例は少ない。
(2) 第U型(Mobitz U型ブロック)
PR間隔の漸次延長を示すことなく、突然、心室収縮が脱落する。この型は房室伝導系の器質的障碍による場合が多い。下記の「4.各種房室ブロックの障害部位(ブロック部位)」に記載した如く, Mobitz 2型ブロック(第2度房室ブロック第2型)では、ブロック部位は脚・Purkinje系が68.8%, His束内が31.2%である。
前者では、心室群波形はwide QRS型を示し、ヒス束分岐部より末梢のPurkinje系の広汎な障碍による場合が多く、高度房室ブロック/完全房室ブロック/アダムス・ストークス症候群などへの進展例が多く、ペースメーカー植え込みを必要とするようになる場合が多い。後者(ヒス束内ブロック)ではQRS間隔は狭いが、心房内ブロックや房室結節内ブロックに比べて、完全房室ブロックへの移行率は高い。
3) 第3度房室ブロック
心房興奮の心室への伝導が完全にブロックされた状態である。この際、心室群のQRS間隔が広いか(≧0.12秒)、狭いか(<0.12秒)かにより予後が異なる。
心室群のQRS間隔が広い例では(wide QRS), ブロック部位は心室内である場合が多く(両脚ブロック)、アダムス・ストークス症候群への移行例や、ペースメーカー植え込みを必要とする例が多いので注意を要する。
他方、QRS間隔が狭い例では(narrow QRS)、ブロック部位は房室結節、ヒス束などの場合が多く、アダムス・ストークス症候群への進展やペースメーカー植え込みを必要とするようになる例は少ない。
3.房室ブロックの心電図所見
1) 第1度房室ブロック (first-degree
AV block)
PR間隔の延長を示す。通常は、PR間隔が0.20秒以上に延長すれば、第1度房室ブロックと診断する。しかし、PR間隔は,心拍数(RR間隔)の関数で、頻脈時には短縮し、徐脈時には延長する。Ashmanらは、各年齢層に応じた心拍数に対応するPR間隔の正常上界を下表の如く示しており、年齢、心拍数を考慮し、これらの正常上界を超えた場合に第1度房室ブロックと診断する。
年齢層 | 心拍数(/分) | ||||
>70 | 71〜90 | 91〜110 | 111〜130 | <130 | |
0〜1.5歳 | 0.16 | 0.15 | 0.145 | 0.135 | 0.125 |
1.5〜6歳 | 0.17 | 0.165 | 0.155 | 0.145 | 0.135 |
7〜13歳 | 0.18 | 0.17 | 0.16 | 0.15 | 0.14 |
14〜17歳 | 0.19 | 0.18 | 0.17 | 0.16 | 0.15 |
青年 | 0.20 | 0.19 | 0.18 | 0.17 | 0.16 |
成人人 | 0.21 | 0.20 | 0.19 | 0.18 | 0.17 |
下図に、第1度房室ブロック例の心電図を例示す。
心電図所見
心拍数 73/分の正常洞調律で、QRS軸は正常軸である。各誘導でT波の頂点が2峰性に見えるが、これはT波とP波が重畳したものである。PR間隔は0.49秒と著明に延長している。P波下行脚は なだらかに下方に向かい、浅い陰性波を示す(心房性T波、Ta波)。
P波は心房筋の脱分極を反映し、心室群のQRS波に相当する。Ta波は心房筋の再分極に相当し、心室群のST−T部に相当する。心房筋層は心室筋層に比べると薄く、かつ心房内圧は低いため、心内膜下筋層と心外膜下筋層との間の興奮持続時間に差がなく、心室gradent
に相当する心房gradientは存在しない。そのため、Ta波はP波と反対方向に向かい、P波が陽性の誘導では、Ta波は陰性に描かれる。
下図も第1度房室ブロック例の心電図である。
心電図所見
各心拍においてT波にP波が重なっている。第1,2,5心拍ではT波に重なったP波を明瞭に認め得る。第3,4,6心拍では、単にT波が変形しているように見えるが、これはP波が重畳しているためである。この心電図でもPR間隔は0.46秒と著明に延長している。このように心拍により、T波とP波の重なり具合が異なるのは、洞不整脈があるためである。
上記2例は、PR間隔の延長の程度が強く、将来、第2度ないし第3度房室ブロックに移行する危険があるため、定期的心電図記録により経過を観察する必要がある。
2) 第2度第T型房室ブロック (房室間Wenckebach周期)
PR間隔が漸次延長し、ついには心室収縮が脱落し、以後は再びPR間隔は短縮し(正常化し)、その後は同様のリズムを繰り返す。このように、房室間Wenckebach周期では、PR間隔が漸次延長するのが特徴であるが、この際、PR間隔延長の程度(延長率)は漸次減少するため、RR間隔は漸次短縮し、心室収縮脱落の時点でRR間隔が突然延長する。このため、典型的な房室間Wenckebach周期では、脈拍の触診により診断することが可能である。
すなわち、脈拍の間隔が漸次短縮し、突然、長いpauseがあり、その後は再び脈拍の間隔が短縮するリズムを繰り返す。
下図は、房室間Wenckebach周期の時相分析図である。PR間隔が漸次延長するが,RR間隔は漸次短縮する理由がよく示されている(A:心房、V:心室, A-V: 房室結節・ヒス束)。PR間隔は18msec→23msec→25mseと漸次延長しているが、その延長率についてみると 5msec→2msecと漸次短縮している。
下図は房室間Wenckebach周期の心電図の1例を示す。
心電図所見
PR間隔が漸次延長し、ついに心室収縮が脱落し、以後はPR間隔は短縮し、同様のリズムを繰り返している。第2心拍の直前にP波を認めるが、PR間隔が著しく短く、このP波の心室への伝達による心室群であるとは考え難い。すなわち、第2の心室群は洞興奮の伝達によるものではなく、房室接合部性補充収縮(A-V
junctional escaped beat)であると考えられる。
下図は、房室間Wenckebach周期の他の例の心電図である。
心電図所見
この心電図でも、PR間隔が漸次延長し、ついに心室収縮が脱落し、以後はPR間隔が短縮し(正常化し)、同様のリズムを繰り返している。P4は心室群を伴っていない(心室収縮脱落)。P5の直後に心室群が出現しているが、この心拍のPR間隔はあまりにも短く、P5とその直後の心室群とは無関係で、後者は房室接合部性補充収縮である。
3) 第2度、第U型房室ブロック(Mobitz U型房室ブロック)
PR間隔が漸次延長することなく、突然、心室群が脱落する。下図は、Mobitz
U型房室ブロックの1例の心電図を示す。
4) 2:1房室ブロック
連続したP波の1つおきに心室群が脱落する場合、第T型または第U型の何れに属するかを判定できないため、2:1房室ブロックと呼ぶ。下図に2:1房室ブロックの心電図の実例を示す。
心電図所見
心房頻度91/分の正常洞調律で、P波は規則的に出現しているが、P波 1つおきに心室群が脱落している(2:1房室ブロック)。QRS軸は左軸偏位を示すが、左脚前枝ブロックといえるほど著明でない。QRS間隔>0.12秒(完全脚ブロック)。V1のQRS波はrsR′型を示し、T、V6には幅広いS波がある(完全右脚ブロック)。V1のP波の陰性相の幅が広く、左房負荷所見を示す。
心電図診断:2:1房室ブロック、完全右脚ブロック、左房負荷。
5) 第3度房室ブロック(完全房室ブロック、心臓ブロック)
P波と心室群が無関係に独自のリズムで動く。 この際,下位中枢の自動能が不安定な場合には
(block in block)、心停止がおこり、アダムス・ストークス症候群や急性心臓死を起こす危険がある。下図に第3度房室ブロック例の心電図を示す。
心電図所見
P波とQRS波が相互に無関係に独自のリズムで出現している。心室群のQRS間隔は狭い。
下図は、別の完全房室ブロック例の心電図である。
下図では、T、U誘導では完全房室ブロック所見を示すが、V誘導では房室間Wenckebach周期を示す。
4.各種房室ブロックの障害部位(ブロック部位)
His束電位図法を用いると、ブロック部位が心房内、房室結節、ヒス束、脚-Purkinje系の何れにあるかを評価出来る。
Narulaらは、この方法を用いて各種の房室ブロックの障害部位を検討し、下表のような結果を示している。
ブロックの種類 | 例数 | ブロック部位 | ||||
心房 | 房室結節 | His束 | 脚ーPurkinje系 | |||
第1度房室ブロック | 80 | 3(4.8) | 72(90.0) | 0 | 5(6.3) | |
第2度房室 ブロック |
第1型 | 11 | 0 | 9(81.8) | 1(9.1) | 1(9.1) |
第2型 | 16 | 0 | 0 | 5(31.2) | 11(68.8) | |
2:1, 3:1 | 16 | 0 | 6(37.5)0 | 2(12.5) | 8(50.0) | |
第3度房室ブロック | 70 | 0 | 10(14.3) | 10(14.3) | 50(71.4) |
5.完全房室ブロック時のブロック部位と心電図所見
/ | AHブロック | HVブロック |
ブロック部位 | 房室結節 | His-Purkinje系 |
QRS波形 | 基本リズムと同様で、 幅が狭い。 |
QRSの幅が広い |
QRS波の頻度 | 40〜60/分 | 25〜40/分 |
補充調律の発生源 | 房室結節下部、His束 | 心室 |
リズム | 規則的 | 時に不規則、不安定 |
6.房室ブロックの障害部位と臨床的意義
/ | AHブロック | HVブロック |
病変部位 | 房室結節 | His-Purkinje系 |
成因 | 先天性、後天性 | 常に後天性 |
年齢 | 無関係 | 45歳以上 |
持続 | 先天性:恒久的 後天性:一過性 |
通常、恒久的 |
伝導系の障害 | 先天性:非可逆的 後天性:可逆的 |
通常、非可逆的 |
原因 | 先天性:非可逆的 後天性:ジギタリス中毒 、下壁梗塞、心筋炎、 開心術後 |
慢性:不明(変性.硬化性変化)、 急性:急性前壁梗塞 |
症状 | しばしば無症状 | 通常、症状(+) |
7.アダムス・ストークス症候群
1) 定義
心臓リズムの異常の結果、心拍出量が減少し、脳循環不全の結果、痙攣、意識障害などを起こす状態をいい、急死する場合も多い。
2) 基礎病態
房室ブロック、洞不全症候群、発作性心室細動、心室頻拍などの際に見る。房室ブロックとしては、完全房室ブロック、Mobitz U型ブロックなどの際にみる。完全房室ブロックの中では、障害部位が脚-Purkinje系ブロックの際にアダムス・ストークス症候群をおこす場合が多い。この際には、通常、補充調律の心室群波形のQRS間隔が広い(wide
QRS)。 3) 治療
アダムス・ストークス症候群や心不全を伴う例では、ペースメーカー植え込みを行う。
下記にペースメーカー植え込み例の心電図を示す。