Andersen症候群(LQT7)

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 1971年、デンマークのコペンハーゲン大学病院内科のAndersen EDらは、下記に示すような多彩な特徴的身体的形態異常、周期性四肢麻痺、心室性不整脈を特徴とする8歳、男児例を報告し(Acta Pediatri Scand 60: 559-564、1971)、これが従来報告されていない新しい症候群であることを指摘した。

 本児の母は4回流産しているが、分娩、出産は正常であった。その身体的特徴は、scaplocephalic skull(船状頭)、hypertelorism(両眼解離)、耳介低位、幅広い鼻、薄い頭髪、軽度の眼瞼下垂、短指、第5指内側湾曲、下顎低形成、第5趾の第4趾への重なり(overlaid fifth toe), 停留睾丸、懸垂欠損、上口蓋欠損、歯牙異常など、極めて多様な特徴的な所見であった。生後、3カ月時に心室性期外収縮の多発が認められ、その1月後に筋力低下に続く失神発作が出現している。

 その後、同様の例の報告がされ、1994年、Tawilらが4例についての報告を行って以来,Anderesen症候群と一般的に呼ばれるようになった。Sansoneら(1997)は、本症候群症例の心電図はQT延長を特徴とすることを指摘し、急死、心停止なども認められる。2001年、Plasterらは、本症候群症例ではKir2.1をコードする遺伝子KCNJ2に変異を認めることが明らかにされ、先天性QT延長症候群の7型(LQT7)として位置づけられるようになった(鷲塚隆ら:Andersen症候群.循環器科、特集「遺伝性不整脈と心臓突然死」、55;367,2004)。

1.Andersen症候群の主症状
  Andersen症候群には次のような特徴的所見が認められる。
  1) 周期性四肢麻痺
  2) 形態異常
  3) 心室性不整脈
  4) 遺伝子異常
  5) 前胸部誘導での著明なU波。
 これらの内、1)−3)をAndersen症候群の3主徴と呼び、内 何れか2つを満たせばAndersen症候群と診断される。

2.Andersen症候群の身体所見:
 Andersen症候群では、下記のような多彩な身体所見が認められる。

こびと症(dwarfism) 歯牙異常(aplasia of a number of teeth)
船状頭症(scaphocephalic skull) 口蓋欠損(defect of the soft and osseous palates)
両眼解離(hypertelorismu) 10 第5指の内側湾曲(inward bending of the 5th finger)
耳介低位(low set ear) 11 両側の横走する単一掌紋(single transverse  palmar creaste of both hands)
眼瞼下垂(bilateral ptosis) 12 停留睾丸(cryptorchism)
幅広い鼻翼(broad nose) 13 懸垂欠損(defect of uvula)
下顎低形成(mandibular hypoplasia) 14 第5趾の第4趾への重なり(overlaid fifth toe)

 以下、これらの身体的特徴を文献から引用して示す。

両眼解離、耳介低位、下顎低形成、幅広い鼻 口蓋欠損、歯牙低形成
両眼解離、耳介低位、下顎低形成、幅広い鼻 口蓋欠損、歯牙低形成
(Andersen ED et al:Acta Ped Scand 60:599,1971)
両眼解離、耳介低位、幅広い鼻、下顎低形成 第5指の内側湾曲
両眼解離、耳介低位、幅広い鼻、下顎低形成
(Plaster NM et al:Cell 105:511,2001)
第5指の内側湾曲(Andersen ED et al:
Acta Ped Scand 60*599,1971)


3.andersen症候群に伴う周期性四肢麻痺

 本症候群に合併する周期性四肢麻痺は、下表に示すように低K血症性周期性四肢麻痺の形を取る例が多い。下表は、本症に合併する周期性四肢麻痺の種類と頻度を示す。

病型 頻度(%)
低K血症性 55%
高K血症性 22%
正K血症性 10%
分類不能 13%

4.Andersen症候群の心電図所見
 Andersen症候群の際の特徴的心電図所見は下記の如くである。

 1) QT間隔延長:発端者では93%、家族例では71%。
 2)心室性不整脈
   心室性不整脈の種類としては、心室性期外収縮、非持続性心室頻拍、多形性心室頻拍、両方向性心室頻拍などを見る。その頻度は、非持続性心室性頻拍の頻度は、65%、遺伝子carrierでは39%、心室頻拍(特に両方向性心室頻拍)は発端者で18%、心室性期外収縮などの心室性不整脈は発端者の88%、遺伝子異常carrierの64%に認められている(Tristani-Firouziら)。
 3)著明なU波

 下図はAndersenらが報告した第1例の標準誘導である。

Andeersen症候群の心電図
軽度のQT間隔延長とV2,3に著明なU波を認める。
(Andersen ED et al:Acta Ped Scand 60:599,1971)

下図は、本症候群に見られた3種の心室性不整脈を示す。

Andersen症候群例の心室性期外収縮二連脈
心室性期外収縮二連脈
(Andersenらl:Acta Ped Scand 60:599,1971)
Andersen症候群での多形性心室頻拍
多形性心室頻拍(Plaster NMら:Cell 105,511,2001)
Andeersen症候群でみた多形性心室頻拍
多形性心室頻拍(
Tristani-firouzi Mら:J Clin Invest110:381,2002)

 Tristani-Firouziら(2002)は、17名の発端者と家族例31例の臨床像を検討している。

5.Andersen症候群の遺伝子異常

 Andersen症候群の遺伝形式は、常染色体性優性遺伝形式を取るが、弧発例も多いという。
 諸種の遺伝性不整脈における遺伝子異常と心電図所見及び不整脈発現機序との関連については、堀江稔教授の優れた総説がある(堀江稔:遺伝子異常による致死的不整脈の成因.Therapeutic Research 25:117-151,2004)。

 以下、堀江教授の論文を参考にしながら、Andersen症候群の機序について述べる。
 一般に安静時の心筋細胞では、膜電位は−80mV程度の過分極状態に維持されている(膜静止電位)。下図は心室筋の活動電位とイオン電流の関係を示す。心筋に刺激が加わると、電位依存性Na+チャネルが開き, Na+が細胞内に流入して脱分極を起こす(第0相)。

 この内向きNa+電流による膜電位の変化は、膜電位依存性K+チャネルやCa++チャネルを開閉させ、前者はK+の細胞外流出、後者はCa++の細胞内流入を起こす(第1, 2相)。心筋活動電位のプラトーは、このK+電流とCa++電流のバランスにより保たれている。その後, Ca++チャネルの不活性化(Ca++チャネルの閉鎖による内向き電流の減少)およびK+チャネルの活性化の持続(遅延整流K+チャネルの活性化によるK+流出)により、膜電位はプラトー相から静止電位に向かう(第3相)。 

心室筋における活動電位とイオン電流
(堀江稔:Therapeutic Research 25:117-151,2004)

 QT延長症候群(LQT)におけるQT間隔延長(活動電位持続時間延長)は、心筋細胞活動電位のプラトー相(第2〜3相)において、細胞内に流入する電流(内向き電流)が細胞外へ流出する電流(外向き電流)よりも大きいことにより生じる。すなわち、Ica>(Ikr + Iks + Ik1)の場合に生じる。

 2001年、PlasterらはAndersen症候群の遺伝子配座(17q23)をつきとめ、Kir2.1をcodeする遺伝子KCNJ2の変異が原因であることを明らかにした。

 一般的に、Kチャネルは電位依存性Kチャネル群(Kvチャネル)と内向き整流型Kチャネル群(Kirチャネル)に分けられる。内向き整流型Kチャネル(Kir)とは、「内向き及び外向きの両方向に電流を流し得るが、内向きにより多く電流を流し易い整流型K+チャネル」という意味である。Kirチャネルには下表のような3種がある(山下武志:心筋細胞の電気生理学、メディカル・サイエンス・インターナショナル、東京、2002)。 

生理学的命名 分子生物学的命名
Ik1 Kir 2.1 および Kir 2.2
IkAch Kir 3.1とKir 3.4の複合体
IKATP Kir 6.2とSUR2の複合体

 このうち、Ik1チャネルは常に開閉し、膜のK+透過性を高めて膜静止電位を維持している。このチャネルはー40〜ー90mVの間で外向き電流を流すため、膜の再分極に寄与している(山下武志:心筋細胞の電気生理学、メディカルサイエンスインターナショナル、東京、2002)。 

 Andersen症候群の成因は長期間にわたり不明であったが、2001年、Plasterらは本症候群の遺伝子配座が17q23にあることを突き止め, Kir2.1をcodeする遺伝子KCNJ2 のミスセンスが本症候群の原因であることを発表した(Plaster NM et al:Cell 2001;105:511)。

 彼らは、アフリカ・ツメガエル卵母細胞に正常あるいは変異遺伝子を導入して発現させたKチャネルの機能解析を行い、正常遺伝子では内向き整流特性を示すK+チャネルが観察されたが、変異遺伝子単独発現では電流は消失し(loss of function), 正常遺伝子と変異遺伝子を1:1で発現させた場合には、電流は正常遺伝子の場合の1/2以下に減少することを見いだした(dominant negative effect)。このことはAndersen症候群がKir2.1の機能異常によることを示している。



 2002年、Tristani-Firouziらは, 合計12カ所のKCNJ2遺伝子異常の機能解析を行い、全例でIk1電流の強い減少を認めた。また、本症候群の心室性不整脈の原因については、家兎心室筋をモデルとしたコンピューター・シミュレーションにおいてIk1電流の減少が、遅延後脱分極(delayed afterdepolarization)を惹起する可能性を示した(Tristani-Firouzi M et al:J Clin Invest 2002;110-381-8)。

6.Andersen症候群の予後、治療

 本症候群では、他のLQTに比べて心停止や急死例はすくない。治療法も未だ確立されていないが、失神発作を起こす例ではICD植え込みも考慮される。

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