循環器疾患の項へのリンク

1.心房細動の臨床的意義
  心房細動では、心房全体としてのまとまった興奮がなく、心房は無秩序に350〜600/分の不規則な興奮を起こす。一般に心拍出量は先行収縮の拡張期の長さに比例する (Starlingの心臓法則)。 心房細動では房室伝導系(房室結節、ヒス束)の伝導能の許す範囲内において多数の興奮を心室に伝えるが、この際、心室興奮間隔が短いと拡張期も短くなり、左室への十分な血液流入が起こらないため、心拍出量が低下し、撓骨動脈で脈拍をふれ得る程度の左室収縮を起こす事が出来ない。そのため、心拍数と脈拍数とは一致せず、後者が前者に比べて少なくなる。これを脈拍欠損(pulse deficit)と呼び、これが多いと(>10/分)ポンプとしての心臓の機械的効率を著しく障害し、心不全に陥る。 このような脈拍欠損を生じ易いことが心房細動の血行動態的特徴の1つである。一般に、脈拍欠損数が10/分以上になると心臓の効率が低下し、患者は労作時に心悸亢進や呼吸困難を生じ易くなるため、ジギタリス薬やCa拮抗薬などを用いて脈拍欠損の消失を図ることが必要となる。

 その他の心房細動の臨床的意義としては、心房内血栓形成による動脈塞栓(ことに脳塞栓)の発生がある。心房内に形成される血栓は大きく、これが血流によって脳動脈を閉塞して生じる脳梗塞は脳内動脈の動脈硬化性病変に起因する脳梗塞に比べて著しく大きく、病状も重い場合が多く生命予後も重篤である。そのため、慢性心房細動例では抗凝血薬(ワーファリン)内服による血栓形成予防を行わねばならない。

 下図は心房細動を伴う僧帽弁狭窄症の左房内に形成された浮遊ボール状血栓の断層心エコー図である。

心房細動例の左房内に認められた浮遊性球状血栓

2. 心房細動の心電図所見
 心房細動の特徴的心電図所見としては、
  (1) P波の消失、
  (2) f波の出現、
  (3) 絶対性不整脈
 の3所見が上げられる。心房細動の際には、刺激は房室結節内に種々の程度に穿通して脱分極を起こし(潜行伝導, concealed conduction)、不規則な不応期を作る。そのため心房興奮の心室への伝導は不規則となり、全く規則性がない不整脈を示す(絶対性不整脈, arrhythmia absoluta)。

3.心房細動の原因、基礎疾患
 心房細動の基礎疾患としては、加齢、高血圧、糖尿病、虚血性心臓病、心臓弁膜症(ことに僧帽弁狭窄)、特発性心肥大、甲状腺機能亢進症などがある。個々の疾患別に見て心房細動の合併率が高いのは僧帽弁膜症、甲状腺機能亢進症であるが、実際に遭遇する心房細動について言えば高血圧、虚血性心臓病などが最も多い。

 これは、心房細動は加齢と共に出現率が著しく増加し、高血圧、虚血性心臓病は高年者に多いことに起因している。しかし、心房細動の中には全く基礎疾患がない例が多くあり、「lone atrial fibrillation」(lone=孤独な)と呼ばれ、従来は「白髪現象」にたとえられていた。これは無害な不整脈と考えられていたが、近年、このような基礎疾患がない心房細動も心房内血栓形成から脳塞栓を起こす場合が少なくないことが認識され、その予防のための抗凝血薬療法の必要性が認識されるようになった。

 心房細動の電気生理学的成因としては、
  (1) 発症因子、
  (2) 維持機構
 の2つの要素に分けて考えることが必要である。
 発症因子としては異所性刺激形成が考えられており、臨床的にも心房の電気刺激で心房細動を誘発できる。発作性心房細動例のホルター心電図による観察からも、1個の心房性期外収縮を契機として心房細動が誘発される現象が観察されている。このような心房細動出現の引き金となる異所性興奮は、肺静脈壁から生じる場合が多いことが明らかになった。Haissaguerreら(1998)は、心房細動の自然発作が頻発する例で、その引き金となった異所性興奮の起源をmapping法を用いて検討し、下表に示すような成績を示し、発作性心房細動の起源として肺静脈内の異所中枢の重要性を指摘した。

発作性心房細動開始の起源となった異所中枢の部位
部位 例数
心房自由壁 右房 4.3 5.7
左房後壁 1.4
肺静脈 左上肺静脈 31 44.9 94.3
右上肺静脈 17 24.6
左下肺静脈 15.9
右下肺静脈 8.7
69 100.0

 (Haissaguerre,M. et a..: New Eng.J. Med. 339:659,1998)

 他方、心房細動維持機構としては、多数の不規則なリエントリー (multiple reentry) が原因であるとする考えが中心になっている。下図は、心房細動の multiple reentry 説を模型的に示したものである。

 トリガー機序(発症機序)により生じた心房興奮は、心房筋の不応期により無数の干渉のために多くの場所で興奮波のリエントリーが起こり、daughter wave(daughter=娘)は急速にその数を増加しつつ更にリエントリーを続け、かくして生じた無数のリエントリーにより心房が不規則に収縮し、心房細動が出現、維持される。

 下図は,加齢による心房細動の増加を示す。心房細動が加齢と共に急激に増加する状態がよく示されている。

年齢・性別分類各群における
心房細動の頻度
(黒:男性,白:女性)
心房細動例の年齢・
性別頻度
 (黒:男性、白:女性)

(Kulbertus HEら:Atrial fibrillation in eldery patients. Ed. Kulbertus HEら:Atrial fibrillation, AB Hassle, Molndal,1982)

4.心房細動の分類
 1)経過による分類
   (1)発作性心房細動:心房細動を反復する間に、心房筋の電気的リモデリングが起こり、漸次、洞調律化し難くなり、遂には慢性心房細動に移行する。
   (2)慢性心房細動:持続的に心房細動を示す。
 2)心拍数による分類 
   (1)頻脈性心房細動:心拍数および脈拍欠損数が多く、心悸亢進、呼吸困難を訴える。これらの症状は身体労作により増強する。
   (2)徐脈性心房細動:心拍数の少ない心房細動で、洞不全症候群の一表現である場合がある。心房筋に広範な病変があるような場合に認められる。

5.心房細動の心電図の実例
 以下に各種の心房細動例の心電図を示す。心房細動の心電図の特徴の1つは絶対性不整脈で、全く規則性を認めない不整脈を示すため脈診のみからでも多くの場合に診断可能である。しかし心房細動に完全房室ブロックを合併すると、心拍は緩徐な整脈となり不整脈は認められなくなる。

 1) 通常の心房細動

 心電図所見
 比較的に心拍数が少ない心房細動である。P波の前に一定間隔で先行するP波を認めず、基線の不規則な動揺を認める(心房細動波、f波)。心室群の出現は不規則で絶対性不整脈(arrhythmia absoluta) を示す。ST−T部には変化がない。

 2)頻脈性心房細動

 心電図所見:
 f波の振幅が高い。f波は通常V1,2で振幅が高い。一見、f波が大きいために心房粗動のF波に類似するが、詳しく見ると心房波の形は不揃いであるため、F波ではなく、f波であると考えられる。第3,9心拍の変形した心室群は変行性心室内伝導による心室群の変形である。一般に変行性心室内伝導による心室群の変形は右脚ブロック型を示す。

 3) 徐脈性心房細動

 心電図所見:
 徐脈があるために、一見、整脈に見えるが、詳しく観察すると絶対性不整脈があり、徐脈性心房細動と診断される。

 4) 発作性心房細動 (paroxysmal atrial fibrillation, PAF)

 心電図所見:
 矢印で示した範囲が発作性心房細動である。心房細動発作は心房性期外収縮で始まり、休止期の後に洞リズムに移行している。本例のように持続が極めて短い発作性心房細動を一過性心房細動(transient atrial fibillation) と呼ぶ場合もある。

 5) 完全房室ブロックを伴う心房細動

  心電図所見:
 P波はなくf波を認めるが、心拍は緩徐で規則的である。心室収縮は、房室接合部中枢の自動能で維持されている。

6.心房細動の治療

 心房細動の治療は、
   (1)発作性心房細動の治療、
   (2)慢性心房細動の治療、
 の2つに分けて考える必要がある。また心房細動の治療の際には、重要な合併症としての動脈塞栓(脳塞栓、脳梗塞)を予防することが必要である。
 
  1)発作性心房細動の治療
   発作性心房細動は頻脈性心房細動の形をとり、脈拍欠損数も多く、患者は心悸亢進、労作時呼吸困難などの自覚症状を強く訴える例が多いため、
   (1)徐脈化、または
    (2)洞調律化,を図る必要がある。
 
 心房細動発作が発作性であるかどうかは時間経過を見ないと分からない。そのため、発作性心房細動という言葉よりも「急性心房細動 (acute atrial fibrillation) という表現が妥当であるとの考えもある。従来は発作性に出現し、再び洞調律化していたものが、今回の発作を契機に慢性心房細動に移行する可能性も充分ある。
 発作性心房細動が長く続くと心房筋の電気的リモデリングが起こり、これが慢性化の原因となることも指摘されているため、細動発作出現後、出来るだけ早期に治療を始める必要がある。 

 発作性心房細動の治療については、2001年に発表された米国心臓病学会(ACC)、米国心臓協会(AHA)および欧州心臓病学会(ESC)によるガイドラインが理解しやすい。 このガイドラインでは新規発症心房細動を発作性(一過性)心房細動と持続性心房細動に分類し、その治療方針を下図の如く示している。

心房細動の発症パターン(ACC/]AGHA/ESCガイドライン)

  発作性(一過性)心房細動とは24時間以内(長くとも1週以内)に自然停止する心房細動で、このような発作は低血圧、心不全、狭心症などの重篤な症状がなければ治療の必要がなく、洞調律化後は抗不整脈薬による維持治療を必要としない。持続性心房細動とは自然洞調律化傾向を示さない持続する心房細動である。
 しかしながら急性心房細動発作で来院した場合、これが一過性であるか持続性であるかは分からないため、すべての急性心房細動は持続性心房細動として対応する。すなわち、高齢者や合併疾患などがあり、慢性心房細動に移行しても良いと思われる例では心拍数のコントロール(rate control)と抗凝血薬療法を行う。
 それ以外の発症48時間以内の心房細動例では、心房内血栓の存在する可能性が低いため、抗不整脈薬による洞調律化を図る。この際、洞調律化に成功した場合には、長期間の抗不整脈薬による治療は不要である。
 発作性心房細動の洞調律化のためには、抗不整脈薬静注療法とピルジカイニド、ピルメノールのような消化管からの吸収性がよく、生体内利用率が高いT群抗不整脈薬の単回経口投与法が行われる。

 (1)抗不整脈薬静注療法
 発作性心房細動の洞調律化に用いる諸種の静注用抗不整脈薬の種類と使用法および洞調律化率率を下表に示す。 

抗不整脈薬 商品名 剤型 投与法
プロカインアミド アミサリン 1管10%(100mg/ml)1,2ml 50-100mg/分の速度で1000mg静注
ジソピラミド リスモダンP 1管50mg,5ml 1.5-2mg/kgを緩徐に静注
シベンゾリン シベノール 1管70mg,5ml 1.5mg/kgを緩徐に静注
ピルジカイニド サンリズム 1管50mg, 5ml 0.75mg/kgを10分で静注
アプリンジン アスペノン 1管50mg,5ml;
100mg,10ml
 5%糖液で10倍希釈,1.5-2.0ml/kgを    
5-10ml/分で緩徐に静注
フレカイニド タンボコール 1管50mg,5ml 2mg/kgヲ10(〜30)分で静注

諸種の抗不整脈薬静注による発作性心房細動の洞調律化率

/ 抗不整脈薬 洞調律化率(%)
欧米での成績
(静注1-2時間以内の停止)
プロカインアミド 20−71
ジソピラミド 28−68
アプリンジン 22−41
シベンゾリン 51−78
フレカイニド 57−92
ピルジカイニド 39−55
小松・奥村
(静注30分以内の停止)
ジソピラミド 29
アプリンジン 22
シベンゾリン 52
その他の我が国での報告 フレカイニド 46
ピルジカイニド 38

(小松隆、奥村謙:心房細動の薬物治療、今月の治療 10(7):725−732,2002)

 (2)抗不整脈薬単回経口投与法
発作性心房細動の単回経口投与による洞調律化にはピルジカイニド(サンリズム、1錠25,50mg)、ピルメノール(ピメノール、1カプセル50,100mg)、フレカイニド(タンボコール、1錠50,100mg)などが用いられる。ピルジカイニド100mg の単回経口投与で3時間以内の洞調律化成功率は73%と報告されている(阪上学:心臓ぺーシング8::240,1992) 。
 (3)抗凝血薬療法
 心房細動出現後48時間以上経過した例では、左心房(ことに左心耳)内に血栓が形成されている可能性がある。このような例では、洞調律化した際に心臓内血栓が剥離して動脈塞栓(ことに脳塞栓)を起こす危険が強いため、経食道心エコー法を用いて心房内血栓の有無について検討する。左心房内血栓を認めた場合にはwarfarinによる抗凝固療法を行い、プロトロンビン時間を測定してINR値(international normalized ratio)を 2.0−3.0 (70歳以上の高年者では1.5−2.5)の間に保つように凝血能を調節する (warfarin使用法については後述)。

2) 再発を繰り返す心房細動の治療

 このような例では洞調律化に成功しても再発の可能性が高いため、ACC/AHA/ESC ガイドラインでは心房細動発作時の自覚症状の有無・程度により下図に示すような指針を示している。無症状例では心拍数コントロールと抗凝血薬療法を行い、抗不整脈薬は投与しない。症状が重い場合には 心拍数コントロールと抗凝血薬療法を行い、抗不整脈薬による洞調律化を行う。



再発を繰り返す心房細動の薬物療法(ACC/AHA/ESCガイドライン,2001)

 3)反復性/持続性心房細動の抗不整脈療法

 反復性/持続性心房細動の洞調律化のための抗不整脈療法として、ACC/AHA/ESCガイドラインは下図に示すような薬剤選択指針を示している。日本循環器学会抗不整脈薬ガイドライン委員会が勧告している心房細動の洞調律化のための抗不整脈薬選択基準はACC/AHA/ESCガイドラインとはかなり異なる。

反復性/持続性心房細動の薬理学的除細動の際の抗不整脈薬の選択基準(ACC/AHS/ESCガイドライン)

  日本循環器学会抗不整脈薬ガイドライン委員会は、心拍数99/分以下の発作性心房細動の薬理学的除細動法として下記のような方法を勧めている。すなわち、アルコール性、心臓手術後性、甲状腺機能亢進症起因の発作性心房細動にはまずβ遮断薬を用いる。β遮断薬無効例あるいはこれらの原因によらない発作性心房細動例では、まず心機能を評価し,その程度により下表に示すような抗不整脈を選択することを勧告している。心拍数が100/分以上の例については、ショック症状の有無に注意し、ショック症状が有れば直流除細動を行い(ヘパリン前投与)、ショック症状がない場合は薬剤による心拍数コントロールを行う。この際、WPW症候群でない場合は、心機能正常例ではβ遮断薬またはジゴキンを用い、心不全がある例ではジゴキシンを用いる。

日本循環器学会抗不整脈薬ガイドライン委員会による発作性心房細動の薬理学的除細動時の抗不整脈薬の選択基準(心拍数<99/分)

心機能 第一選択 第二選択
正常 slow drug intermediate drug
ジソピラミド、シベンゾリン、ピルジカイニド
(フレカイニド、ピルメノール)
プロカインアミド、キニジン、
プロパフェノン、アプリンジン
軽度低下 intermediatge drug slow drug
プロカインアミド、キニジン、プロパフェノン、
アプリンジン
ジソピラミド、シベンゾリン、ピルジカイニド、
(フレカイニド、ピルメノール)
中等度以上
低下
intermediate drugs (β遮断作用あるものを除く)
プロカインアミド、キニジン、アプリンジン

   (   )内は、健康保険未適用。
   slow, intermediatge, fast : Naチャネルとの結合・解離速度が遅いもの、中間的なもの、速いもの。
  (小川聡:抗不整脈薬ガイドライン、ライフメディコム、東京、2000)

4)細動発作出現時間帯による抗不整脈薬の選択

  心房細動発作の発作出現時間帯は各人により特徴があり、下記のように3型に分けられる。
  (1)夜型(迷走神経型):発作が午後7時から午前7時までの間に発症する型で、迷走神経緊張がその発症に関与していると思われ、ジソピラミドが発作停止、洞調律維持に優れている。
  (2)昼型(交感神経型):発作が午前7時から午後7時までの間に発症する型で、交感神経緊張がその発症に関与すると考えられる。アプリンジン、プロカインアミド。ベプリジルなどの有効性が高い。
  (3)混合型:特に時間的特異性がないものでシベンゾリンの有効性が高い。

 5)心拍数コントロール

 ACC/AHA/ESCガイドラインでは、急性期の心拍数コントロールのためにはCa拮抗薬またはβ遮断薬静注、慢性心房細動の心拍数コントロールにはこれらの薬剤の内服またはジギタリス薬とCa拮抗薬(またはβ遮断薬)の併用を勧めている。心拍数コントロールの目標値としては安静時60〜90/分、軽度〜中等度労作時に110〜120/分、ホルター心電図の平均心拍数50〜90 (<85)/分、1日総心拍数13万以下が望ましい。

 6)WPW症候群に合併した心房

 Kent束などの副伝導路は一般心筋であるため、房室結節に比べて不応期が短かく、心房細動の際には著しい頻脈を生じ、心拍数が300/分以上に達する例もある。その結果、心室内に不規則な不応期が作られて心室細動を誘発し、急死する例も少なくない。このような例の心房細動発作の際にはジソピラミド,ジギタリス剤の使用は禁忌で、副伝導路の不応期を延長するような抗不整脈薬(プロカインアミド、フレカイニド、アプリンジンなど)の静注を行うか、または直流ショック療法を行う。心房細動発作時の最短RR間隔が<250msceの場合は危険な状態であり、直流ショック療法が勧められる。このような例では発作間欠期に副伝導路のablationを行っておくことが必要である。

7) 発作性心房細動の慢性心房細動への移行率と移行期間

   T.発作性心房細動の慢性心房細動への移行率

基礎疾患 発作性心房細動
→ 慢性心房細動
虚血性心疾患 27%
高血圧性心疾患 40%
虚血性兼高血圧性心疾患 5%
リウマチ性心疾患 66%
甲状腺機能亢進症 32%
急性心筋梗塞症 25%

 U.発作性心房細動の初発から慢性心房細動への移行時期

基礎疾患 移行期間
高血圧性心疾患 33〜61カ月
虚血性心疾患 12〜32カ月
リウマチ性心疾患
平均 34カ月

 8) 慢性心房細動の治療

 慢性心房細動の治療の基本は、従来は下記の2項目に置かれていた。
    (1) 心拍数のコントロール、
    (2) 動脈塞栓症(脳塞栓、脳梗塞)の予防、
 現在でもこれらが治療法の主流をなすが、近年、慢性心房細動を非薬物的に洞調律化する方法がかなりの成果を収めるようになった。   

 T.心拍数のコントロール
   この目的には。β遮断薬、Ca拮抗薬を内服させる。メチルジゴキシン(ラニラピド、1錠0.1mg, 0.05mg)が耐薬性が良好なためよく用いられる。急がない場合は、1日1錠ずつの継続投与でよいが、症状が強く急ぐ場合は最初の3日間は3錠(1日量0.3mg、分3)、以後は1日1錠を用いる。 

 U.慢性心房細動における脳塞栓の予防
   慢性心房細動は、脳梗塞(脳塞栓)の重要な危険因子であり、慢性心房細動に合併した脳梗塞は、脳内動脈の動脈硬化性閉塞ないし血栓による脳梗塞に比べて梗塞巣が大きく予後も重篤である。一般的に、慢性心房細動に起因する脳塞栓には下記のような特徴がある。
    (1) 60歳以上の年齢層における脳血管障害中に占める脳梗塞の頻度は75%である。
    (2) 脳梗塞中に占める脳塞栓の頻度は15〜20%である。
    (3) 脳塞栓の基礎疾患としては非弁膜症性心房細動が最も多い(45%、5%/年)。
    (4) 心房細動例における動脈塞栓の部位としては脳(33〜82%)、四肢(13〜33%)、内臓(4〜42%)が多い。
    (5) 使用薬剤については、ワーフアリンが最も有効で、アスピリンの効果はワーフアリンに劣る。動脈塞栓の出現率はワーフアリンでは1.5%であるが、アスピリンでは6.3%程度である。

 V.外来ワーフアリン療法
   慢性心房細動例は自覚症状が少なく外来診療が大分部を占める。したがってワーフアリン療法も主として外来で行う。この際は少量投与からはじめ、凝血能を観察しながら少量ずつ増量してINR値(international normalized ratio)を2.0−3.0に保つ。患者血漿のプロトロンビン時間(PT)を正常血漿のそれで除してプロトロンビン時間比(prothrombin time ratio, PTR) を求め、試薬に添付されている換算表でINRを求める。INRの正常値は1.0で、PTが延長するにつれてINRは大きくなる。下表にINR値トトロンボテスト値(%)との関係を示す。

INR値とトロンボテスト値(TT)との関係

INR トロンボテスト(TT)(%)
1.0 81.0
1.5 27.2
2.0 16.3
2.5 11.8
3.0 9.2
3.5 7.7
4.0 6.5
4.5 5.7
5.0 4.9

INR: international normalized ratio, TT: thrombo test
(青崎正彦、細田瑳一:前川正ら監修、ワーファリン、メディカルジャーナル社、東京、1990)

 〔註〕外来ワーフアリン療法の実施法 

  1)第1法
   (1) 初回ワーファリン 1mg/日を2週間処方する。
   (2) プロトロンビン時間(INR値)測定を2週に1度実施しながら、INR 2.0−3.0を目標として投与量を2週毎に0.25〜0.5mg/日ずつ増減する。
   (3) 安定したらプロトロンビン時間(INR)測定を2カ月に一度実施する。

  2)第2法 :
   (1) プロトロンビン時間を測定してINRを求め、これが1.0前後であればワーフアリン(1錠1mg)を初回3mg/日を与える(1日1回、朝食後)。
   (2) 第2日以後は1mg/日を与え、毎日プロトロンビン時間を測定し,INRが2.0−3.0の間の値を維持できるように投与量を調節する。
   (3) 投与量の増減は0.5mg/日。
   (4) 1週で安定域に入る。その後はトロンボテスト実施間隔を1週→2週→1月→2月と延長する。 

9)心房細動の非薬物療法

  心房細動の非薬物療法としては次のような方法がある。
  (1) maze手術: Coxら(1991)により始められた方法で、心房筋を迷路状に切断して心房細動の原因となっているリエントリー回路を遮断する手術である(maze=迷路)。
  (2) catheter maze 法:カテーテル焼灼法により両心房に線状のablationを行い、maze手術に類似した状態を心房筋に作成する。
  (3) 肺静脈ablation, 肺静脈隔離法:肺静脈内の過敏な異所中枢をcatheter ablation法を用いて局所的に焼灼する方法である。この方法では、肺静脈狭窄などの合併症を起こしやすいため、肺静脈と左心房との電気的連絡路を遮断する方法が考案され、比較的高い成功率を示している(肺静脈隔離法)。
 熊谷は、肺静脈隔離ablationの成功率を発作性心房細動47例で検討し、平均8カ月の経過観察期間中の無投薬例での成功率は68%、抗不整脈薬投与下での成功率は81%であったことを報告している(熊谷浩一郎:心房細動のカテーテルアブレーション、今月の治療, 10 (7): 733〜738 , 2002) 。

10)心房細動治療におけるリズムコントロールとレートコントロール(AFFIRM研究)

 心房細動では、心房筋のまとまった収縮がないため、洞調律に比べて血行動態的に不利であり、身体労作などの際に頻脈になり易く、脈拍欠損が増加すると心臓の機械的効率が著しく障害される。また心房細動では心房内血栓を生じ心原性脳塞栓(虚血性脳梗塞)の原因となる。そのために心房細動では洞調律化を図られることが多いが、抗不整脈薬にはtorsade de pointesなどの重篤な不整脈誘発作用があり、死亡する場合も決して少なくない。また、抗不整脈薬などを用いて心房細動の洞調律化に成功しても、再発率が著しく高い。
 下表は、洞調律化に成功した後、各種の抗不整脈薬の継続内服を行った例における1年および2年の観察期間における洞調律維持率(%)を示す。1年後における洞調律維持率は35〜51%, 2年後のそれは21〜47%で高率に再発している。

抗不整脈薬の洞調律維持効果

抗不整脈薬 洞調律維持率(%)
1年後 2年後
ジソピラミド 51 47
アプリンジン 35 21
シベンゾリン 47 37

(小松隆、奥村謙:心房細動の薬物治療、今月の治療 10(7):725−732,2002)

 そのため、心房細動例の管理に洞調律化を図った方がよいのか、あるいは心臓リズムは心房細動のままとし、心拍数コントロールと抗凝血薬投与による血栓・塞栓症の予防を図った方がよいのかは難しい問題で、evidenceに基づいた信頼性が高い研究が望まれていた。
この問題に関する大規模臨床試験成績が最近発表された。この研究はAFFIRM Study(Atrial Fibrillation Follow-up Investigation of Rhythm Managemet)と名付けられ、心房細動例においてリズムコントロール(洞調律維持)とレートコントロール(心拍数コントロール)の何れがよいかを4,060例の心房細動例について検討した多施設共同研究である。
 この研究は、脳卒中の危険因子を有する65歳以上の心房細動例をリズムコントロール群(2,033例)とレートコントロール群(2,027例)に分け、一次エンドポイントを総死亡、二次エンドポイントを死亡、後遺症を残す脳血管障害(または虚血性脳症)、重篤な出血、心停止に置いて両群間の比較を行った。
 その結果、一次エンドポイントについては、レートコントロール群の方が、リズムコントロール群よりも総死亡率がやや低い傾向を認めたものの、両群間に有意差は認めなかった。二次エンドポイントについても同様に両群間に有意差を認めていない。
 また両群についてQO L (quolity of life)を調査しているが、全経過の各時点において両群は類似した成績を示した。さらに生存、洞調律維持、除細動非実施、割り付けられた抗不整脈薬の服用維持を一次エンドポイントとして各抗不整脈薬のサブ解析を行い、アミオダロンが最も効果的であったとの結果を得た。
 AFFIRM研究については、対象の定め方、使用した抗不整脈薬の種類などに若干の問題があるとの指摘もあるが、致死的不整脈誘発の危険を侵して抗不整脈薬による除細動を図るよりも、心拍数調節と抗凝血薬療法で経過を観察するので十分な場合があることを示しており、非常に重要な意義を有する研究である。

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