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 心筋細胞膜のNa+チャネルのαサブユニットをcodeする遺伝子SCN5Aの変異により生じるBrugada症候群は、先天性QT延長症候群と共に遺伝性不整脈の代表的疾患で、両者は共に遺伝子異常が致死的不整脈を惹起する基質として広く関心を集めている。

 Brugada症候群にしばしば心房細動が合併することも広く知られており、心房細動を合併するBrugada症候群は、合併しない例よりも予後的に重篤な病態が多いことも知られている。

 Brugada症候群に合併する心房細動の頻度は、報告者により異なるが、下表のような頻度が報告されている。

報告者 報告年次 例数
Brugadaら 1992 2/8 25.0
Eckardtら 2001 1/35 2.9
Itohら 2001 9/30 30.0
Moiritaら 2004 7/18 38.9
Bordacherら 2004 11/59 18.6
Mulitcenter study 2005 13/115 11.3
合計 / 43/265 16.2

 下図は、私が経験した心房細動を伴うBrugada症候群の52歳、男性の心電図である。この心電図は失神発作の3時間後に記録されたものである。本例は数年後に突然死した。

発作性心房細動を伴うBrugada症候群、51歳、男性。

 このような他の遺伝性疾患の合併症としてみる心房細動ではなく、単一所見としての心房細動が家族制に出現する例があり、その原因遺伝子も明らかにされている(遺伝性心房細動)。

 心房細動の発症における遺伝の関与や、心房細動発症および維持機構の分子機序は未だ明らかでないが、遺伝性心房細動例の解析は、これらの問題の解明への手がかりを与える可能性がある。

 家族性心房細動はまれな疾患で、最初の報告は、1993年、Beyerらが「徐脈性不整脈を伴う家族性特発性心房細動」として報告している。

 Brugadaらは、1993年、スペインの26名の生存者からなる小家系で、常染色体性優勢遺伝形式をとる遺伝性心房細動につい報告している。下図はその家系図である。26名中10例(38.5%)に心房細動を認め、他の2例が心房細動の合併症と考えられる疾患で死亡している。

●罹患女性、■罹患男性、〇健康女性、□健康女性、斜線:死亡例
(Brugada R, Tapscott T, etal: N Eng J Med 1997;336-905-911)

 上記の10名の心房細動生存例の性別は、男6名、女4名で、診断時年齢は2-35歳(平均17.8歳)である。10例中9例は慢性心房細動、1例は発作性心房細動である。3人は労作時呼吸困難を訴えたが、他の7例は無症状であった。2例には心拡大を認めたが、8例では心エコー図でも心拡大はなく、駆出分画は69%であった。直流除細動を3例に試みているが、何れも除細動することは出来なかった。死亡した2例中、1例は68歳時に脳卒中で死亡し、他の1例は36歳時に急死している。

 Brugadaらは、上記家系の他に下の家系図に示すような家族性心房細動の2家系を報告している。

家族性心房細動の2家系の家系図(略号:上図と同じ)
(Brugada R, Tapscott T, etal: N Eng J Med 1997;336-905-911)

家系2では10人中5人、家系3では8人中4人が心房細動を発症している。これらの2家系では9人の心房細動例全例が慢性心房細動で、自覚症状もなく、心エコー図上も以上所見を認めていない。これらの例における心房細動診断年齢は2-46歳である。

 2003年、Chenらは4世代にわたる家族性心房細動家系について報告している。下図はその家系図である。

Chenらが経験した家族性心房細動の家系図
(Chen Y, Xu S, et al:Science 2003;299;251-254から引用)

 発端者(U-14)は23年前の22歳時に初めて心房細動と診断された。この家系では心房細動を発症した16人が現在なお生存中である。これらの例の心房細動は持続性(慢性)で、一旦、心房細動が出現するとそのまま持続している。下図は発端者の心電図である。

Chenらの研究における発端者の心電図で、心房細動所見を示す。
(Chen Y, Xu S, et al:Science 2003;299;251-254から引用)

  Chenらは、この家系について遺伝子解析を行い、家族性心房細動の原因遺伝子について研究している。その結果、心房細動を示した例では全例で染色体11p15.5上にある遺伝子KCNQ1で変異(S140G)を認めた。本家系に属する家族の内、心房細動を示さない例については1例(V-16)以外ではこの遺伝子変異は認められておらず、また140人の健康者にもこの遺伝子変異は認められていない。

 下図は、この家系の心房細動例に認められた遺伝子の塩基配列を健康者のそれと対しして示す。染色体11p15.5上のKCNQ1(KvLQT1)に原因となる変異(S140G)を認める。この変異は心房筋の活動電位持続時間および有効不応期を短縮し、心房細動の起始および維持に関与する。

家族性心房細動例の遺伝子KCNQ1に見られた塩基配列異常(左)。右は正常例。
(Chen Y, Xu S, et al:Science 2003;299;251-254から引用)

 心房細動の発現、維持の分子機序については不明の点が多いが、ICa,L(L型Caチャネル)の減少およびIK1, IKAchの増加が重要である。KCNQ1遺伝子は、心臓IKsチャネル(KCNQ1/KCNE1)のpore-forming αサブユニット,KCNQ1/KCNE2およびKCNQ1/KCNE3カリウム・チャネルを支配している。KCNQ1変異遺伝子の機能解析の結果、KCNQ1/KCNE1およびKCNQ1/KCNE2電流の増加を認めた。

 KCNQ1変異は遺伝性QT延長症候群でもみとめられるが、LQTの場合はKCNQ1の主として陰性効果(またはloss-of-function effect) を認めるのに反し、家族性心房細動例に見るKCNQ1変異ではgain-of-function(機能亢進型)効果が認められた。KCNQ1のS140G変異は、心房筋の活動電位持続時間短縮および有効不応期短縮を起こすことにより心房細動の発現と維持をもたらすものと考えられる。

 堀江は、家族性心房さいどうにおける責任遺伝子として下表に示す3つを挙げている(堀江稔:イオンチャネル病と心臓突然死、循環器科,58(5):466-471,2005)。

染色体 分類 責任遺伝子 障害部位と電流
11p15.5 PAF1 KCNQ1 Iks
21q22.1-p22 PAF2 KCNE2 Ikr
3p21-p23 PAF3 SCN5a INa

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