FINGER研究
Type 1波形を示すBrugada症候群症候群例へのICD治療の可否

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 まず問題提起のために症例を提示する。
 
 症例: 47歳、男性
 病歴:以前から時々会社の健康診断の際に心電図検査を受けていたが、異常を指摘されたことはなかった。本年10月会社の健診で高脂血症を指摘されたが、心電図所見については担当医から特に異常は指摘されなかった(恐らく正常ないしそれに近い所見でなかったかと推察される)。
 
 11月20日、会社で作業中にロータリバルブ(製品をつり上げる機械)に挟まれて左第2-5指を切断したため、直ちに救急病院に移送された。移送先病院では直ちに手指断端形成手術を受けた。手術翌日、心電図を記録し異常を指摘されて内科に紹介された。

 内科紹介時現症: 身長162cm、体重52kg、意識清明, 脈拍92/分、整。血圧120/66mmHg, 理学的所見正常。
血液化学検査:特記するべき異常なし。
 心エコー図検査: 僧帽弁逸脱以外には特記すべき異常なし。
 ホルター心電図: 総心拍数11,921/日、基本リズムは洞調律、最大心拍数110/分、最小心拍数61/分、平均心拍数76/分。単発性単源性心室性期外収縮23/日、期外収縮の連発(-)。V1類似誘導でSTの軽度上昇を認めるが, 変動性は認られない。

 受傷3年前、受傷翌日、受傷10日後の心電図および入院時の胸部X線写真)をそれぞれ下図に示す。

 受傷3年目の心電図

 この心電図では, 基本リズムは心拍数68/分の正常洞リズムで、QRS軸は正常軸を示しています。V1, 2のQRS波の直後にJ波(r'波)があり、ことにV2で著明です。V2のJ波(r'波)の振幅は多少の変動を示していますが、約3mmの振幅があり、ST部の形態は上方凹の上昇を示し、凹部の底部の振幅は2mmあり、典型的なsaddle -back型Brugada心電図と診断されます。

受傷翌日の心電図

 この心電図では、V1, 2のST部は典型的なcoved型ST上昇を示すBrugada型心電図波形を示しています。

受傷10日後の心電図

 この心電図ではcoved型Brugada心電図波形は正常化していますが、なおV1-4では著明なST上昇が残存しています。

入院時胸部X線写真

 本例は、受傷前にはsaddle-back型Brugada心電図を示していましたが、 外傷後に一過性に典型的なcoved 型に変化し、その後は正常心電図に変化した例です。coved型はBrugada症候群の最も基本的心電図波形です。Brugada症候群が示す唯一の臨床症状は、心臓性急死ないしその不全型とも言うべき多形性心室頻拍、失神、失神前駆所見、夜間のあえぎ呼吸などです。

 従って、coved型Brugada心電図波形を示すことは臨床的に極めて重要な所見であり、その予後評価は極めて大切です。Brugadaらは、もし心臓電気生理学的検査(EPS)で多型性心室頻拍や心室細動が誘発された場合には、心臓事故(急性心臓死、多形性心室頻拍など)による死亡を防ぐ目的で、体内植えこみ式自動除細動器(ICD)の植えこみを行うことが必要であるとを強調しています。

 第2次コンセンサス委員会報告における「(Brugada症候群の)治療についての勧告、2005」では、自然Type 1 波形を示す例(Naチャネル遮断薬静注を行わずにcoved型波形を示した例)におけろEPS実施およびICD植えこみ適応について、下図の流れ図に示すような勧告をおこなっており、これが現時点における代表的なBrugada症候群の診療指針となっています。

 本例には急性心臓死の家族歴はありませんが、このような例でEPSを実施することのエビデンスレベルはクラスⅡaに分類されます。さらにそのEPSの結果、多形性心室頻拍が誘発された場合には、ICD 植えこみに関するエビデンスレベルもⅡaに分類されます。

 診断法及び治療法のエビデンスレベル(信頼度)の意味は以下の如くです。
  クラスⅠ:有用であるというデータ/または一般的合意がある。
  クラスⅡ:有用性に関し相反するデータand/or意見の相違がある。
    クラスⅡa:有用であるというデータand/or意見が多い。
    クラスⅡb:有用であるという確証が少ない。
  クラスⅢ:有用でなく、場合によっては有害であるというデータand/or一般的合意がある。

 参考までに、Naチャネル遮断薬静注によりcoved型波形に変化した例についての第二次コンセンサス委員会報告の治療勧告を参考までに下図に示します。

 この第二次コンセンサス委員会報告をうけて、世界的にcoved Brugada心電図波形を示す無症状例でのEPS実施、及びその陽性例へのICD植えこみ例が非常に増加し、無症状例でのICD植えこみに関連した合併事故例が増加し、死亡例さえ報告され、大きい問題として浮上してきました。

 Probstら(2010)はこのようなBrugada症候群に対する治療の動向に関連して、coved型を示すBrugada型心電図を示す例の予後評価について、多数例についての前向きレジストリー研究(登録研究)を行うために、フランス(France), イタリー(Italy),オランダ(netherland)、ドイツ(germany)の4カ国にある11の地域医療センターとの間で共同前向き研究を行い、coved型波形を示すBrugada 症候群症例の予後予測について検討しました。彼らは,この登録研究を関係4カ国の頭文字をとってFINGER研究と名付けています。この研究はcoved型Brugada心電図波形を示す連続例1029例についての前向き登録研究で、これまでに発表された本症候群に対する前向き研究としては世界的に最大規模の研究です。
 
 Brugada型心電図の分類については, Brugada症候群についての第1次および第2次コンセンサス委員会報告では、何れもType 1-3の3型に分類しています。この内、Type 1はcoved型、Type2, 3はsaddle-back型と呼ばれる特有の心電図波形を示します。しかし、saddle-back型をType 1およびType 2に分類することの臨床的意義が明確でないとして、Lunaらは多国間国際研究において、従来Type 2およびType 3に分類されていたものを統合し、Brugada型心電図を新たにType 1 とType 2の2型に分ける分類法を提案しました。 この考え方は 現在、広く世界的に認められようとしています。

 何れの場合も、Type 1波形が臨床的に重要で、Brugada症候群と診断するには, saddle-back型波形を示すのみでは不十分で、coved型波形を示すことが必須条件となっています。Type 1には、何ら処置を加えない自然な状態でcoved型波形を示す場合と(自然Type-1波形)、無処置状態ではsaddle-back型を示すが、ピルジカイニド、フレカイニド、アジマリンなどのⅠ群抗不整脈薬(Naチャネル遮断薬)を静注負荷することによりcoved型に変化する型(薬剤負荷Type 1波形)との2型があり、これらの2型を予後評価の上で同様に取り扱って良いかどうかも問題です。

 Probstら(2010)はこの問題を検討するために、フランス(France), イタリー(Italy), オランダ(netherland)、ドイツ(germanky)の4カ国にある11の地域医療センターとの間で共同前向き研究を行い、coved型波形を示すBrugada 症候群症例の予後予測について検討しています。彼らは この登録研究を関係4カ国の名前の頭文字をとってFINGER研究と名付けています。

 この研究はcoved型Brugada心電図波形を示す連続例1029例についての前向き登録研究で、これまでに発表された本症候群に対する前向き研究としては世界的に最大規模の研究です。

 Probstらは これらのcoved型波形を示す1029例を下記の如く3群に分けて検討しています。
  1) 心停止蘇生群(SCD, sudden cardiac death): 62例
  2) 失神群: 313例(失神の原因が不整脈起因としか考え難い例)
  3) 無症候群: 654例。病院受診者のルーチン検査、Brugada型心電図を示す例の家族例の検査で見つかった例で、下図Aに示す典型的波形を示す例および下図B ,Cとして示したcoved型波形が疑わしい例を本群
に含めています

 研究対象である上記3群の臨床特性及び研究成績のまとめを下表に示します。経過観察期間の中央値は31.9カ月で、その間に心事故(不整脈事故)は51回(5%)に認められています。

 心臓電気生理学的検査(EPS, electrophysiological study)は638例(62%)に行っています。またSCN5A遺伝子変異の有無についての調査では、516例の発端者中115例(22%), 134例の家族例では70例(52%)に変異出現を認めています。

 ICD(植えこみ式自動除細動器)の植えこみは, 心停止群では87%(54/62)、失神群では66%(208/313), 無症状群では26%(171/654)に行われています。ここで注目するべきことは、失神群ないし無症状群においても かなり高率にICDが植え込まれていることです。

 このように無症状群においても多数例でEPS実施およびICD植えこみが行われた理由は第二次コンセンサス委員会が出した「Brugada症候群についての治療勧告」が無症候群でも症例によってはその臨床的有用性の評価がⅡbないしⅡaと比較的に高く評価されている
ためで、Probstらはこの点が第二次コンセンサス委員会報告の妥当性についての重要な問題点であることを指摘しています。

 下図に全対象を自然Type 1群(468例)と薬剤負荷後Type 1群(551例)に分け、それぞれを症候性群と無症候性 群に分けた際の経過観察結果を「枝分かれ図」として示したものです。判断が難しい図ですが、 以下の諸点を指摘できます。
 1) 症候性群で、かつEPS(+)群では、心事故出現率が他群に比べて著しく高い。
 2) 自然Type 1および薬剤誘発性Type 1群の何れの群でも、症候性群の方が無症候性群よりも心事故率が高い。

 下図は、心停止からの蘇生群(SCD群)、失神群(不整脈起因と思われる)及び無症候群の3群における不整脈事故ないし急性心停止死亡出現を終点としたKaplan-Meier曲線を示します。この曲線から、心停止蘇生群では他の2群に比べて心事故出現率が高いことが分かります。また失神群でも無症状群に比べると経過観察による心事故出現率は高いとの結果が示されています。

 下図は、自然type-1群および薬剤誘発性Tykpe-1群の2群のKaplan-Meier曲線ですが、両群間に有意の差を認められません。

 下図は、心臓電気生理検査(EPS)陽性例と陰性例とのKaplan-Meier曲線ですが、Probstらによるとこれらの2群間の差は統計的に有意ではないとのことです。

 ProbstらのFINGER研究の論文は、記載が複雑なため、理解が困難な点がありますが、Probstらはこの論文の中で次の3点を結論として述べ第二次コンセンサス委員会報告における治療勧告については再評価する必要がある旨を提言しています

 1) 有症候群では無症候群に比べると心事故出現の危険が有意に高く、有症候性であることは不整脈事故出現の予測因子である。
 2) 自然Type-1群では薬剤誘発性Type-1群に比べて心事故出現率が高く、自然Type-1であることは不整脈事故出現の予測因子である。 
 3) 他方、性(男性であること)、家族歴(家系に不整脈事故例がいること)、EPSで不整脈が誘発されること、性(男性であること)およびSCN5E遺伝子変異の有無などは、将来の不整脈事故出現の予測因子にはならない。
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 従来の研究に基づくBrugada症候群症例の予後評価についての見解、および今回紹介したFINGER研究の成績などを総合評価して、本例(症例No.1092例)についての設問の答えを考えてみたいと思います。

 設問は下記の如くでした。
 1) これらの心電図診断は?
 2) 本例の予後は?
 3) 本例では心臓電気生理学的検査(EPS)を実施するべきであるか?
 4) もし心臓電気生理学的検査で持続性多形性心室頻拍が誘発された場合、ICD植えこみを行うべきか?

 1) 先ず、本例の心電図診断は下記の如くです。
 本例の外傷受傷以前の心電図は、saddle-back型心電図であり、手指切断及びそれに基づく高度の痛みのために過度の迷走神経緊張状態に陥り、そのような環境下に一過性に典型的coved型Brugada心電図が出現したが、これらは受傷の10日後の心電図では正常化しており、丁度、抗不整脈薬投与後に一過性にcovedd型波形が出現した例と近似的な環境において、一過性にcoved型波形が出現しています。

 2) 本例の予後は?
 FINGER研究結果に徴すると、自然Type 1ではなく、薬剤誘発性起因に近く、かつ無徴候性であるため、予後は良好であると推察される。

 3) 心臓電気生理学的検査(EPS)を実施するべきであるか?
 FINGER研究の結果によると、EPSは不整脈事故の予測に対し手有用でないとのことであるため、EPSの実施は行わなくとも良い。

 4)) もし心臓電気生理学的検査で持続性多形性心室頻拍が誘発された場合、ICD植えこみを行うべきか?
 FINGER研究の結果によると、EPSによる不整脈誘発性は、予後を規定する因子でないため、ICD植えこみは必要としない。

 以上の考えのもとに自覚症状出現、心電図変化の経過観察を注意深く行うべき 例であると考えられます。

 以上 Probst VらのFINGER研究の論文内容を私なりに理解した範囲で紹介しました。原著をお読みになりたい方は下記論文を御参照ください。

  Probst V et al:Long term prognosis of patients diagnosed with Brugada syndrome:Resullts from the FINGER Brugada  syndrome resistry. Circulation 2010;121:635-643 

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