特発性心室細動とJ波

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1.特発性心室細動とは?
  心臓に器質的異常を認め得ない例に発生する心室細動を特発性心室細動(idiopathic ventricular fibrillation, IVF) と呼ぶ。全心室細動の10%, 心臓突然死の5%が特発性心室細動に属する。現在、特発性心室細動に属する疾患としては下記のような諸疾患がある。 しかし、今後の研究の進歩により、現在、特発性心室細動に分類されている疾患が独立した新しい疾患として、特発性心室細動から分離していくと思われる。

2.特発性心室細動の種類
  現在、特発性心室細動と考えられている疾患には次のような諸疾患がある。
  1) イオンチャネル病 
    (1) Brugada症候群、
    (2) カテコラミン感受性多形性心室頻拍、
    (3) 先天性QT延長症候群、
    (4) QT短縮症候群、
    (5) 不整脈原性右室心筋症など。
  2) short-coupled variant of torsade de pointes(Leenhardt)
   3) 早期再分極症候群
  4) その他

3.short-coupled variant of torsade de pointes
 器質的心疾患がない若年成人で、先行する心収縮との連結期が著しく短く(245±28msec, <300msec)、T波頂点よりも前に起始する心室性期外収縮によりtorsade de pointes (TdP) 型心室頻拍が誘発され、しばしば心室細動に移行する疾患である。急死家族歴をしばしば認め、治療にはベラパミルが有効であるが、最終的には植え込み型除細動器が必要である。

 下図はLeenhardtらが示した本症例の心電図である。1-3は3回の別々の発作の記録である。3ではtorsade de pointe 1の短い発作から心室細動に移行している。

 
Leenhardt A et al: Circulaltion 89:206,1994

 Takeuchiら(2003)は、著明なJ波を示し、かつ連結期が短い心室性期外収縮に引き続いて心室細動が誘発される例を発表している。下図は本例の標準12誘導心電図とshort-coupled variant of TdP
発作時の心電図である。J波はV3,4に認められる。このような例の存在は、short-coupled variant of TdPと早期再分極症候群との密接な関連を示唆している。

Takeuchi T et al:PACE 26(PT.1):632,2003

4.心室内伝導障害を伴う徐拍依存性心室細動(Aizawaら,1993)
  Aizawaら(1993)は、心臓に何ら器質的異常がない特発性心室細動8例について、細動前および細動移行時の心電図などについて検討した。これらの8例の内、男性は6例、女性は2例で、年齢は37±14(13〜51)歳であった。

 これらの8例中 4例における心室細動移行時の心電図では、心室細動発作出現以前の心電図には認められていないQRS波終末部に異常な結節を認めた。このような波は、4例中3例では洞リズム時、1例は心房細動時に認められた。このような例において、先行拡張期が長くなるとこの結節の振幅が増大する所見(bradycardia-dependent accentuation) を認めた。


 Aizawaらは、この波を心室内伝導障害の表現と考え、心室性期外収縮後の代償休止期のような長い拡張期後の心収縮においては、心室内伝導障害が増強し、心室細動に移行するのではないかと考え、このような心室細動に対して「心室内伝導障害を伴う徐拍依存性心室細動」と名付けた。そして、この波の特徴の1つとして、先行拡張期が長くなると、振幅増大が起こることをあげている(bradycardia accentuation)。

 しかし、その後の研究により、Aizawaらが心室内伝導障害の表現と考えたQRS波の直後の波は、心室収縮期の波ではなく、実は拡張期の波であり、J波(早期再分極波)であることが明らかとなり、この波の徐脈依存性増強もJ波の特徴の1つであることが明らかになり、J波に起因する心室細動は早期再分極症候群 (early repolarization syndrome) と呼ばれるようになった。

 しかし、J波は特発性心室細動例でみられるだけでなく、正常例でも5%前後に出現ることが報告されており、早期再分極波(J波)の出現自体を異常所見と見なすことができないことも明らかとなり、どのような場合に心室細動を惹起するかなどの問題について更に研究が進められている。

5.特発性心室細動と正常群での早期再分極の出現率
 早期再分極波の正常群と特発性心室細動群における出現率についての諸家の研究成績をまとめると下表の如くである。

/ 特発性心室細動 健常対照群
例数 早期再分極 例数 早期再分極
例数 例数
Aizawaら 8 3 37.5 / / /
Nau 15 9 60.0 2395 79 3.3
Jossaguerreら 206 64 31.1 412 21 5.1
Rossoら 何らかのJ波 45 19 42.2 124 16 12.9
>0.1mVのJ波 45 14 31.1 124 11 8.9
特発性心室細動群および正常群における早期再分極波の出現率
1) Aizawa Y et al:Am Heart J 126:1473,1993
2) Nau G:New Eng J Med 358:2078,2008
3) Haissaguerre M et al: New Eng J Med 358:2016,2008
4) Rosso R et al: ACC 52:1231,2008

6.特発性心室細動群における早期再分極波の出現誘導
  Haissaguerre(2008)は早期再分極波を伴う特発性心室細動64例におけるその出現誘導別に見た頻度を下表の如く示している。

/ 例数
下方早期再分極 28 43.8
側方早期再分極 6 9.4
下側方早期再分極 30 46.9

 下図は上表をグラフ化したものである。

早期再分極波を伴う特発性心室細動例での早期再分極波が出現する
誘導部位別頻度(%) (Haissagure M et al:N Eng J Med 358:2016,2008)

7. 特発性心室細動例での早期再分極波の有無による臨床病像の相違
  Haissaguerreら(2008)は、206例の特発性心室細動例について、早期再分極波の有無により臨床病像がどのように異なるかについて検討した。 
 
 この研究に用いた特発性心室細動群としては、60歳未満の心停止からの蘇生例で、ICDを植え込んだ例を用いた。また、早期再分極(+)群としては、ICD植え込み時点の心電図で、下方(第2,3,aVF)、側方(第1,aVL,V4-6誘導)、または両者の2誘導以上でスラーまたは結節として認められる≧0.1mV以上のJ点上昇を示す例を用いた。

 下表は、両群の病態比較成績を示す。早期再分極(+)では、(-)群に比べて、男性が多く、原因不明の失神/心停止病歴を持つ例が多く、心臓電気生理学的検査で心室細動が誘発され易かった。

/ 早期再分極 p値
(+)群
(64例)
(−)群
(142例)
男性 72% 54% 0.007
年齢(歳) 35±19 37±13 ns
原因不明の失神病歴 38% 25% 0.06
原因不明の急死 16% 9% ns
身体活動性 6% 13% ns
最初の心停止
時の状況
睡眠中 19% 4% 0.03
労作時 9% 13% ns
心電図所見 PR間隔延長 5% 5% ns
QRS間隔 91±10ms 92±15ms ns
QTc 392±22ms 401±23ms ns
LP(+) 11% 13% ns
EPS HV時間 45±7ms 46±10ms ns
誘発性VF 34% 20% 0.07
LP:心室遅延電位、EPS:心臓電気生理学的検査、VF:しン室細動,ns:有意差なし。
身体活動性の評価は、週10時間以上の運動により評価。

(Haissaguerre M et al:N Eng J Med358:2016,2008) 

8.早期再分極を示す特発性心室細動例での異所性興奮起源
  Hissaguerreら(2008)は、早期再分極を有する特発性心室細動例8例で、頻拍の引き金となった心室性期外収縮26個の発生起源について検討し下表のような結果を得た。下方誘導のみで再分極波が記録された6例では、全例で異所中枢は下壁にあった。下/側壁誘導で再分極波が記録された例では、異所中枢は複数部位から生じていた。 

発生起源 例数
心室筋 16 pttern 61.5%
Purkinje線維 10 pattern 38.5%
Hissaguerre M et al:New Eng J Med 358: 2016, 2008

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