カテコールアミン誘発性多形性心室頻拍
(catecholaminergic polymorphic ventricular tachycardia, CPVT)
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1.歴史
Coumelら(1978), Leenhardtら(1995)は、小児例で種々のストレス(精神的、身体的)により誘発され、二方向性心室頻拍(bidirectional
ventricular tachycardia)などの特有の心電図所見を示す多形性心室頻拍の反復出現を特徴とする症例を報告し、これらがカテコラミンと関係があることを指摘した。
本症候群の家系には急死例が多く、常染色体性優性遺伝形式をとり、その原因遺伝子として心臓リアノジン受容体遺伝子の変異の関与が明らかとなってきた。また、常染色体性劣性遺伝形式をとり、CASQ2(calsequestrin 2)遺伝子異常がある例も報告されている。
本症候群の頻度は多くないが、特異の臨床病像と重篤な予後のために、臨床上極めて重要な疾患として位置づけらるに至った。
2.臨床病像
Leenhardtらは、カテコラミン誘発性心室頻拍21例について18年間にわたる経過観察を行い、本症候群の臨床病像の特徴として次の諸点を挙げている(Circulation 91:1512,1995)。
1) 年齢;9.9±4歳、
2) 運動により失神発作が誘発される。基礎疾患はなく、心電図のQT間隔は正常である。
3) 失神発作の原因は、多源性心室頻拍、2方向性心室頻拍、多形性心室頻拍などから心室細動に移行することにより起こる。
4) 家族歴に失神(33.3%)、急死(14.3%)を高率に認める。
5) 平均7年間の経過観察中に失神3例(14.3%)、突然死2例(9.5%)を認めた。失神出現年齢は7.8±4歳(3−16歳)であった。
6) β遮断薬投与により症状、所見の著明な改善を認めた。
住友らは、わが国に於ける多施設協同研究において、本症(CPVT)35例を集め、その臨床病像、予後、治療について検討している(心臓38(5):526,2006)。この報告による35例の所見は次の如くである。
A..性別:男性14例、女性21例。
B.発症年齢:平均11±7.3歳で、2−37歳の範囲に分布していた。
C.合併心疾患:軽症肺動脈狭窄、血管輪各1例を認めたが、何れも軽症例であった。
D.遺伝:31家系中に6家系(19%)に家族歴を認め、何れも常染色体性優性遺伝形式を示した。
E.臨床症状:失神を32例(91%)に認めた。3例では失神を認めず、家族歴から発見された。
3.CPVTの原因
CPVTが遺伝性疾患であることは当初から気づかれていたが、その後の研究でその遺伝形式および異常遺伝子座が明らかにされてきた。CPVTには常染色体性優性遺伝形式をとるものと常染色体性劣性遺伝形式をとるものとがある。
1999年、Swanらは、常染色体性遺伝形式を示す2家系を報告し、この家系の遺伝子解析により変異遺伝子座が1q42-q43染色体にあることを報告した。2002年、Priori
らは1q42-q43に存在する心臓リアノジン受容体遺伝子(RyR2)の変異がCPVTの発症に関与することを指摘した。リアノジン受容体(RyR)は心筋細胞内の筋小胞体膜にあり、Ca++induced Ca++-releaseを介して細胞内Ca++濃度の調節に重要な役割を演じている。
2001年、Lahatらは常染色体性劣性遺伝形式を示すCPVT家系において、CASQ2(calsequestrin
2)遺伝子変異を報告した。calsequestrin 2蛋白は心筋の筋小胞体における主要なCa貯蔵を担っている物質である。
下図は心筋細胞内におけるCa++調節機構を示す(大草知子:Ryanodine 受容体と遺伝性不整脈、循環器科55(4):362, 2004)。
心筋細胞膜のL型Ca++チャネルからのCa++の心筋細胞内流入が筋小胞体(SR)膜にあるリアノジン受容体(RyR)を介して筋小胞体からのCa++放出を惹起し、その結果、心筋細胞内のCa++濃度が上昇し、心筋細胞は収縮する。CPVTの際の心室性不整脈の出現機序は、細胞内Ca++濃度上昇による撃発活動(triggered activity) にい基因する。
ryanodine受容体(ryanodine receptor, RyR)には骨格筋型(RyR1)、心筋型(RyR2)および脳型(RyR3)とがある。
ryanodine受容体の種類 | その異常による疾患 | ||
骨格筋型 | RyR1 | 悪性高熱症、セントラル・コア病 | |
心筋型 | RyR2 | カテコラミン誘発性多源性心室頻拍 | |
脳型 | RyR3 | / |
悪性高熱症(malignant hyperthermia)とは次のような疾患である。
1) 発症トリガー因子:全身麻酔薬(succinylcholine, halothaneなど)使用時。
2)症状:全身骨格筋の異常収縮により、高体温、高CPK血症、横紋筋融解症、ミオグロビン尿症、腎不全など。
3)死亡率が極めて高いため、素因者のます忌め発見が大切である。
セントラルコア病(central core disease)とは次のような疾患である。
1)先天性ミオパシーの1型で、常染色体性優性遺伝形式をとる遺伝性疾患。
2)新生児期、乳幼児期早期から、躯幹近位筋、呼吸筋、顔面筋、頚筋などの筋緊張低下、筋力低下がある。
3)側湾、関節拘縮などもみる。
4)一般的な身体発育は遅延するが著明でなく、あまり進行性ではない。
5) 筋生検が診断に重要である。
6)全身麻酔は禁忌である(悪性高熱症を惹起する)。
RyR2変異キャリアーの頻度と意義(Bruce B, et al:JACC 40:341,2002)
1. 家系に労作後急死若年者、運動関連失神例がある8家系、81例(男性39例、女性42例)のうち、RyR2陽性は43例(53.1%)であった。
2.RyR2陽性例(mutation carrier)43例中28例(65%)で運動誘発性す整脈の出現を認めた。RyR2陰性例ではこのような不整脈は誘発されなかった。
3.carrier 43例中、1例(2.3%)が急死シタ。また、病歴に19例の労作又は情動ストレス後の急死例がある。
4.無症候性carrierは、全carrier43例中15例(35%)で、心臓電気生理学的検査(EPS)を行っても不整脈の誘 発は出来なかった。
5.常染色体性優性遺伝形式が認められた。
CPVTの原因遺伝子
住友は, CPVTの下人遺伝子として,下表の如く示している。
CPVTの心電図所見
CPVTの心電図所見について、Leenhardtらは、次のような特徴をあげている(Leenhardt A, Lucet V, et al:Circulation
91:1512,1995).
1) 非発作児心電図では徐脈傾向がある(60.3±9拍/分)
2) QTc間隔は正常。
3) 身体労作(運動)により頻脈発作が誘発される。
4) 頻脈発作の出現状況は次の如くである。
洞頻脈→心拍数が120-130/分くらいになると不整脈が出現する→最初は単源性心室期外収縮の単発 →4連脈(quadrigeminy)→三連脈(trigeminy)→二連脈(bigeminy)→多形性心室期外収縮→単源性ないし
二方向性心室頻拍。
5) 運動中止により、上記と逆の順序で正常化する。
6) 運動を継続すると、典型的な二方向性心室頻拍→不規則な速い多形性心室頻拍(350-450/分)が出現する。
7) 心室遅延電位は通常は記録されない。
下図は、運動時の失神を主訴とした7歳、男児の運動負荷試験中のモニタ心電図の連続記録で、上記の不整脈出現様式がよく現れている。本例は4歳時に運動時の失神発作が初発し,16歳時に急死している。
第1列は洞リズムで、房室解離が認められ、広汎では洞頻度の増加が認められる。
第2列では単源性の心室性期外収縮が二連脈の形で出現している。
第3−5列ではQRS間隔が狭い頻脈(房室接合部性頻脈?)があり、多形性心室期外収縮の単発・連発を認める。
第6列では、CPVTに特徴的な二方向性心室頻拍を認める。
第7列では、運動の中止と共に上記とは逆の経過で正常化の方向に向かっている。
CPVTの頻脈発作(7歳、男児、運動時の失神発作、 (Leenhardt A, Lucet V, et al: Circulation 195;91:1512-1519) |
二方向性心室頻拍は、CPVTに極めて特徴的な不整脈であるが、それ以外でモカ期のような病態で起こることが知られている。
1)ジギタリス中毒
2)カテコラミン誘発性多源性心室頻拍
3)電解質異常(低K血症、低Mg血症)
4)代謝障害(重症心疾患など)
5)K感受性周期性四肢麻痺
下図に典型的な二方向性心室頻拍の心電図を示す。
二方向性心室頻拍 (Bellet S:Clinical Disorder of the Heart Beat,Lea & Febiger,1963) |
二方向性心室頻拍の出現機序としては、下記のようないろんな機序が考えられるが、CPVTの際の二方向性心室頻拍の機序としては心筋細胞内Ca++増加による撃発活動が考えられている。
1)心筋および刺激伝導系細胞の膜電位制御障害(主にCa++チャネル異常)、
2)撃発活動)(triggered activity)(early afterdepolarization, delayed
afterdepolarization)
3)脚でのPhase 4 blockの交互出現
CPVTの予後
Sumitomoら(2003)は29例のCPVT症例について6.8±4.9年間にわたり経過を観察して本症の予後を調査し、下記のような結果を示している(Sumitomo
N et al:Heart 2003;89:66-70に基づいて森が作成)。
予後 | 例数 | % | 註 |
死亡 | 7 | 24 | / |
生存 | 22 | 76 | / |
計 | 29 | 100 | / |
生存例の内訳 | |||
内訳 | 2 | 7 | 虚血性脳障害発症 |
11 | 38 | 薬剤でコントロール可能 | |
7 | 22 | controll不十分であるが、薬剤で発作回数減少、発作時心拍数減少を認めた。 | |
2 | 6 | 不変 |
下図はSumitomoらが示したCPVTの累積生存曲線である。
CPVTの治療
交感神経β受容体遮断薬が第1選択薬として考えられるが、全例に著効を得るとは限らない。Leenhardtらは、本症に対するβ遮断薬の効果を下表のように示している。
β遮断薬 | 例数 | 死亡例 | ||
例数 | % | |||
使用群 | 38 | 4* | 0.5 | |
非使用群 | 21 | 10** | 47.6 | |
Leenhardt A et al:Circulation 91;1512,1995から改変引用 |
*1例(22歳、男性)はウイルス性心筋炎、他の1例は薬剤不服用例。他の2例での死因は不明。
**死亡年齢:平均19.5歳、(9-47歳)
Sumitomoらは、CPVT症例29例で、ほぼ全例にβ遮断薬を使用し、11例(38%)でコントロール可能であったが9例(31%)では効果不十分であった。しかし、効果不十分例でも発作頻度の減少やdizzinessの減少を認めた事を報告している。カテーテル焼灼法は2例に試みているが無効であった(Sumitomo N et al:Heart 89:66,2002)。