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心膜心筋炎でBrugada型心電図を示した例の心電図経過

 発熱を主訴とする60歳、男性の入院当日の心電図(7月17日)(下図)では、V1のST部が著明に上昇し、典型的なBrugada型心電図のcoved typeの波形を示していました。その他に、肢誘導で著明な左軸偏位があり、左脚前枝ブロックを合併しています。

心膜心筋炎の心電図
心膜・心筋炎の60歳、男性の入院当日の心電図

  私たちがこの例を経験した当時、Brugada症候群の概念が未だ一般的でなく、心膜・心筋炎による心外膜下筋層障害による傷害電流(injury current) の表現であると考えました。この考えも、あながち根拠がない考え方ではありません。

 異型狭心症の概念を提唱した米国ロサンゼルス市のシーダース・オブ・レバノン病院 のMyron Prinzmetal 博士は、イヌやヒトの心筋層内から多数の単極誘導心電図を記録し、心筋層のうち、心内膜側の2/3くらいの範囲の心筋は傷害があっても、心電図に著明なST上昇を起こさず、体表面心電図に影響を与えるのは心外膜下筋層の外側1/3位の範囲の筋層に傷害がある場合であることを実験的に示しています。



 その理由は, Purkinje線維網が心内膜側筋層に分布しているため、この部の興奮は周囲に放射状に広がるために、その興奮により生じる心起電力ベクトルは互いに打ち消されて、外部に心起電力としては表現されないためであると説明されています。

 下図は、Prinzimetalらが行った多素子心筋層内単極電極による心筋内各層における単極誘導心電図波形を示します。(Massumi, RA, Goldman, A, Rakita, L., Kuramoto, K, Prinzmetal, M.: Studeies on the mechanism of ventricular activity. Report 16, Activation of the human heart. American J  Med. p. 832, Decmber, 1955)。

  針電極を心筋層内に挿入しますと、挿入直後には心筋が傷害されて、各心筋層内からの単極誘導心電図には傷害電流の表現であるST上昇が記録されます。下図からも明らかなように、心外膜面ではST上昇が極めて著明ですが、心外膜表面から10mmくらい入った心筋層内ではST上昇度は著明に減少し, 20mm位の所ではST上昇はほとんど認められなくなっています。

多極針電極による心筋層内電位分布(Prinzmetal)
Prinzmetalらの多極針電極による心筋層内電位の分布に関する研究

 この研究は、私が若い頃(昭和29年〜30年)、米国に留学していた際の留学先であるロサンゼルス市郊外のCity of Hop Medical Centerの心臓外科部門で、ヒトの心臓手術の際に行われた研究結果です。 City of Hope Medical Centerの心臓外科部門のchiefが、この論文の共同研究者に名を連ねているGoldman博士です。また、共著者のうち、kuramotoとあるのは九州大学昭和19年卒で広島赤十字病院の循環器部長をしておられた蔵本 潔先生です。
 
 このPrinzmetalらの研究成績が妥当であるかどうかはさておき、本例におけるV1での単相曲線様(急性心筋梗塞様)のST上昇を心外膜下筋層傷害の反映と考えたわけです。

 前回示した入院当日(7月17日)の胸部X線写真と入院5日後(7月21日)のそれを比べると、前者では心臓陰影、肺野はほぼ正常で、心拡大や肺うつ血所見は全く認められませんが、入院5日後(7月21日)の胸部X線写真では、心臓は著明に拡大し、肺野には著明なうつ血所見を認め、心不全状態が著明になっています。

 しかるに、この時点にの心電図(7月20日)では、下図に示すすようにV1のcoved 型ST上昇は改善してsaddle-back 型に近い所見に変化し、V2のST上昇は典型的なsaddle-back型を示しています。

入院4日目の心電図
入院4日目の心電図(7月20日)

 下図は入院6日目(7月22日)の心電図です。

入院6日目の心電図
入院6日目の心電図(7月22日)

 しかも、このような心電図所見は下図の入院40日後の心電図(8月29日)では完全に消失し、単に左脚前枝ブロック所見を示すのみとなっています。

入院44日後の心電図(8月29日)

 当時は、このST上昇を上述のPrinzmetalらの研究結果と合わせ考え、心膜・心筋炎の結果として起こった心外膜下筋層傷害によるST上昇と考えましたが、現時点で考えると、本例に見られた一連の心電図変化は最近、有力な考え方になりつつあるBrugada phenocopyの1型と考えた方が妥当であると思います。今後、このような症例の経験が積重ねられ、更に基礎的研究の進展と相まって、このような病態の真の解明が行われる日を期待したいと思います。

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