Brugada phenocopyの成因としての心臓堤細胞起源説

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 本例のように遺伝素因や失神病歴がなく、平素は正常心電図を示している例が、心筋炎、代謝異常(高K血症、アシードシスなど)、特殊の薬剤使用(3環系抗うつ薬、propofolなど)、心筋虚血、低体温などの際に、一時的に典型的なBrugada型心電図を示し、これらの基礎疾患の消褪とともに、心電図所見も正常化する例があります。以前は このような例は「Brugada様心電図」などと診断され、Brugada症候群の素因者が これらの諸誘因を引き金として、潜在的に持っているBrugada型心電図素因が顕性化した表現であると簡単に考えられていました。

 しかし、このような例ではBrugada症候群とは異なる次のような特性があり、その原因究明に関心が集っており、現時点ではこれらの病態を一括してBrugada phenocopyと診断するとの考えが一般的になってきています。

 Brugada phenocopyがBrugada症候群と異なるのは下記の諸点です。
  1) SCN5AなどのBrugada症候群の原因と考えられている既知の遺伝子変異を認めない。
 2) 薬物(アジュマリンなど)負荷により誘発されない
 3) 誘発因子の除去により心電図は速やかに正常化する。

 Brugada症候群についても、その後の多くの研究から、最初、Brugadaらが記載した臨床病像とは異なった下記のような所見を示す例が少なからずあることが明らかになってきました。
  a) 右室流出路の拡大を持つ例がある。
  b) 右室流出路の収縮性異常を示す例がある。
  c) 画像診断あるいは病理組織学的に右室流出路異常所見を認める例がある。
  d) 遺伝子変異が認められる例は、最も多いSCN5Aを含めて、現時点で変異遺伝子を認めた6種類を含めても25.6%程度にすぎない。
 e) 単に心室性不整脈のみならず、発作性心房細動、心房頻拍などの心房性不整脈を示す例を多く認める。
 f) 房室伝導障害、ことにHV時間延長をしばしば認める。

 Brugada症候群の特徴的心電図は、V1-3ないしその高位記録(V1''-3'';V1''''-V3'''')で記録されますが、これらの部位は右室流出路に対応する誘導部位です。Elizariら(2007)は、Brugada症候群およびBrugada phenocopy の際の特徴的心電図所見が右室流出路に対応するV1-3に好発する所見を、近年の心臓発生に関する胎生学の進歩と関連付け、Brugada phenocopyの成因として、心臓神経堤細胞の関与を仮定する考えを提示しています。

 以上の所見は、遺伝子変異を背景に持ち、明らかな誘因を示さないBrugada症候群と、遺伝子変異を持たず、明らかな原因があって一過性に出現するBrugada phenocopyは、極めて顕著な類縁関係があり、両者の背景に共通して主として右室流出路を中心とした何らかの異常な病的基質があるのではないかと推察させます。Elizariら(2007)はそのような基質として、心臓の発生過程における心臓神経堤細胞(cardiac neural crest cell)の異常が関与しているのではないかとの仮説を提示しています。
 
 ヒト心臓の胎生学的発育過程は非常に複雑ですが、近年、分子発生学の進歩により,ヒト心臓の発生過程も徐々に解明されつつありおます。下図に心臓の発生過程を示します。心臓血管系は幾つかの異なる細胞群により形成されています。マウス胚胎生7.5日(ヒトでは第2週相当)に心臓前駆細胞は三日月型の心臓原基を作りますk(一次心臓領域)。これは胎生8日(ヒト第3週相当)には正中線に沿って融合して原始心筒(原始心臓チューブ)を形成します。一次心臓領域を形成する細胞集団は最終的には心臓流出路を除く心臓の広い領域に分布し, 左心室を主とした心腔を形成します。

 一次心臓領域の他に, 第2の心筋細胞群が心臓原基の内側に発生し、これは二次心臓領域と呼ばれ、この細胞群は原始心筒が形成される頃には背側の咽頭弓中胚葉領域に位置するようになります。

 原始心筒が右方にループを開始すると, 二次心臓領域細胞は心筒の流出路側および流入路側から進入し,
 心臓流出路、将来の右心室および心房に分布します。このように二次心臓領域の心臓前駆細胞が供給された結果、心臓流出路は伸展し、その後、ロテーションしながら短縮し、大動脈および肺動脈が分割され,それぞれが正しく左心室および右心室から起始するようになります。

 心臓神経堤細胞は、自己複製能と多分化能を持つ外胚葉由来の間葉系細胞で, 耳胞から体節3までの神経管背側に起源し,神経管から剥離した後、咽頭弓をへて心臓流出路へと遊走し、流出路中隔を形成します。この心臓流出路形成に必要な心臓神経堤細胞の遊走と凝集には、二次心臓領域との相互作用が必要で, 多くのシグナル分子により制御されています。下図は、心臓神経堤細胞が 神経堤から右室流出路に遊出する状態を示します。

 このように右室流出路の形成には, 他の心臓部分とは異なった由来を持つ細胞群が関与していることが, 臨床的にも右室流出路が他の心臓部位とは異なる生理学的特性を持つことに関係している可能性が考えられます。また、右室流出路はPurkinje 線維を欠いていおり、このことも右室流出路およびその近傍組織の異なった生理学的、臨床的特異性に関連している可能性があります。

 Brugada症候群の際の心電図変化が右室流室路に出現する機序として, この領域にcriticalに障害された組織があり, 薬物の影響または他のトリガー因子の関与により, gap junctionないしイオン電流が障害され, 活動電位特性が有意に障害され, 興奮伝導の緩徐化、非均質な再分極(再分極分散)をおこし、これらがJ波の
顕性化、ST上昇、心室性不整脈発現を惹起する可能性が考えられます。

 上記の機序の原因となる細胞として心臓神経堤細胞ないしその変化した細胞の遺残が1つの可能性として推察されます。神経堤細胞の発達には多くの分子が関与しているが,それらの中でコネキシン(Cxs)ことにx43(コネキシン43)が堤細胞の遊出に関与しています。またこのCx43は、gap juctionを作る蛋白のファミリーでもあります。興味深いことにCx43の心臓での表出は心室壁を通じて均一でなく,心室筋層の深層では心外膜下筋層
よりも有意に低いことが知られています。

 下図は生後4週のヒト胎児の肺動脈弁及び右室流出路の肺動脈下領域に認められる異常心筋組織を示します。

 下図はその強拡大写真です。豊富なグリコーゲンのために明るく見える核周辺領域を示す大きいPurkinje様細胞と絡み合ってい心筋細胞の錯綜した配列を示します。

 下図は生後16週のヒト胎児の有為s津流出路の肺静脈下領域の組織所見です。

 また、下図は上図の丸印の部位の強拡大写真です。脂肪沈着とPurkinje様細胞とが入り交じった多方向に向かう筋肉細胞の領域を示します。

 一般にgap juncionのチャネル機能はCxs、ことにCx43に関連しています。Cx43の貫壁性分布は不均一で, 心筋中層及び心内膜側では, 心外膜側に比べて二倍ほど豊富です。心外膜側でのCx43の少ない表出は、心外膜側心筋でのgap junctionの障害を起こし、心室壁の非均質性の電気生理学的特性を生じ,貫壁性再分極分散の増大のみでなく、心外膜面での緩徐伝導を生じ、これが不整脈の引き金になり得ると考えられます。

 また神経堤細胞は、刺激伝導系の形成にも関与しており、Brugada症候群での房室伝導傷害(HV時間延長)に関与している可能性も考えらます。

 このような諸考察から、右室流出路における心臓神経堤細胞に依存した異常な心筋細胞化はBrugada症候群の心電図phenotypeの形成に関与することが考えられます。胎生発育障害の結果として, 臨床所見が現れていない(潜在性の)異常基質が右室流出路に存在し、薬剤ないし他の環境下に典型的なBrugada症候群phenotypeの心電図所見を示すまでにイオン電流が変化することがBrugada phenotypeの成因であるとするElizariらの考えは以上のような考え方です。.SCN5A変異がある例では、このような変化が更に良い起こり得ると考えられます。

 このようなElizari等の考えは,未だ仮説の段階でしかありません。しかし雑多な原因で起こるBrugada pheno
copyの成因を、Brugada症候群の遺伝子変異が未だ発見されていない例が非常に多いことの説明としてもある程度、説得力がある仮説であると思われます。

 (Elizari MV et al:Abnormal expression of cardiac neural crest cells in heart development: A different hypothesis for the etiopathogenesis of Bruga syndrome. Heart Rhythm 2007;4(3):59-365)

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