第1130例 左室肥大、左室負荷の見落とし例

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症例:54歳、男性
主訴:頭重感
病歴:最近、頭重患を感じることが多いとして,精査を求めて来院した。
臨床的事項;身長169cm, 体重62.8kg, MBI=21.7。理学的所見:正常、血圧172/94mmHg, 喫煙歴(-), アルコール歴:晩酌ビール1本程度、空腹時血糖108 mg/dl, HbA1c 5.1%, 尿酸6.8mg/dl, LDLコレステロール97mg/dl, 中性脂肪179mg/dl, HDLコレステロール49mg/dl。
 下図は来院時の心電図記録である。外来初診医はこの心電図に対して[正常心電図]と診断している。この診断は妥当であるか?皆様方の診断は?

解説
 下図に本例の心電図の解説図を示します。心拍数75/分の正常洞調律で、QRS軸は正常軸です。この心電図には下記の3所見があります。
  1) 胸部誘導のQRS波の高電圧
 2) V5,6のST低下
  3) V4-6のJ波

  まずQRS波の高電圧ですが、RV5+SV1=30+13=43mmで、Sokolow-Lyonの左室肥大診断基準値(森補正値:≧40mm)を超えており,左室肥大があると診断され
ます。

 次にV5,6のST低下ですが、標準記録(1mV=1cm)でも明らかですが、下図に示すような拡大記録で見ますと、疑問の余地がないほど明らかなST低下を認め、いわゆる左室肥大+左室過負荷(left ventricular hypertrophy and strain pattern)の所見を示していると診断されます。

 また上図の拡大図で明らかなように、V4-6のQRS波終了直後に低いJ波(Jノッチ、Jスラー)を認めます。しかし、本例ではこれらの誘導でST上昇も著明でなく、かつ不整脈もないことから、このJ 波には特別の臨床的意義はなく、正常variantと考えられます。しかし、平素からこのような一寸した所見にも留意する習慣を付けておくことは大切であると考え、あえて心電所見の1つにあげておきました。

 以上から本例の心電図診断は、外来担当医が診断しているような「正常心電図」ではなく、正しくは下記のように診断するべきであると思います。
 1) 左室肥大
 2) 左室負荷
 3) 前側方早期再分極(J波)(normal variant)

   なお、臨床的事項に記載されているように本例には172/94mmHgと明らかな高血圧がありますので、上記の心電図異常は高血圧に由来するもので、この例は単に高血圧症だけという段階を通り越し、高血圧性心臓病という段階に入った例であることをこの心電図所見は示しています。従って、直ちに生活指導、食事指導を開始しすると共に,降圧薬治療の適応となる状態です。

 J波については、本例では正常所見であり、臨床的意義はないと考えられますから、カルテにはその存在を記載しますが、本人への説明は不要です。

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