第1128例 房室ブロックへの移行危険度が高い完全右脚ブロック(B型完全右脚ブロック)

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症例:73歳、女性
 外傷による頭骨骨折例で,手術前検査の一環として心電図を記録し,下図のような記録を得た。この心電図に対して内科外来担当医は「完全右脚ブロック」とのみ診断し,自動診断は「完全右脚ブロック、左軸偏位」と診断している。 皆様方の診断は?
 

解説
  下図は本例の標準12誘導心電図の解説図です。QRS間隔の測定は,12誘導心電図の中で最も幅が広いQRS間隔を測定します。本例のQRS間隔は0.15秒と完全脚ブロックの診断基準(≧0.12秒)を越えています。
 完全右脚ブロック波形の特徴は,下記の3所見です。
 1)V1のrsR‘(rR’)型;
 2) V5,6の幅広くスラーを伴うS波、
  3) aVRのlate R波:遅れて出現する幅が広いR波。

 本例では通常の記録では、V1に初期r波を認め難いですが,下図のV1の拡大図では明らかな初期r波を認めます。その結果、V1のQRS波形がrsR'型を示し、V5,6に幅広いS波があるため、完全右脚ブロックと診断されます。またV1のP波は二相性で,陰性相の幅が広く,左房負荷の可能性があります。

 肢誘導のQRS波形を見ますと、第2,3,aVF誘導に深いS波を認め, 第2誘導でもR波の振幅よりもS波の振幅が著しく深く,-30度以上の左軸偏位(-45度近傍)を示しており,左脚前肢ブロックの合併も考えられます。従って本例は、完全右脚ブロックに左脚前枝ブロックを合併し,両脚ブロック(bilateral bundle branch
block,BBBB)と診断されます。

 本例の心電図診断は,通常はこのレベルで終わりですが、以下に述べるような研究結果が発表されており、かなり信憑性が高いと私は感じています。すなわち, 片山ら(1975)は本例と同様の完全右脚ブロック+左脚前肢ブロックの症例25例を集め、これらの症例のベクトル心電図を記録すると共に、経過を観察し, どのような例が将来、完全房室ブロックに移行しやすいか,またアダムス/ストークス症候群を起こしやすいかについて検討しています。

 片山らの研究結果を理解するためにはベクトル心電図についての基礎知識が必要ですので、簡単に以下に説明します。ベクトル心電図は、心臓起電力を
立体的に三次元の電気変化として表現する方法で、心電図の理解には必要な基礎知識の1つです。ベクトル心電図について系統的に勉強したい方は, 以下
に示すURLの私のホームページの中のベクトル心電図に関する解説を是非読んで頂きたいと希望します。
             http://www.udatsu.vs1.jp

 ここでは以下に片山らの論文内容を理解するのに必要な最低限のベクトル心電図についての解説を行いたいと思います。

  下図はFrank誘導法で記録した正常ベクトル心電図の1例です。ベクトル心電図は立体的心起電力変化を前額面(前面図)、矢状面(側面図)及び水平面
(横断面)(水平面図)の直行する3投影面に投影された図(リサージュ像)として記録します。

 正常ベクトル心電図は、P環、QRS環およびT環で構成されていますが、P環は小さく、拡大記録しないと認め難い場合が多くあります。前面図におけるQRS環、T環の回転方向は心臓の位置により多様性を示し、時針式回転、反時針式回転、8字型回転などと種々の回転方向を示します。

 しかし正常例の左側面図および水平面図では、QRS環、T環共に反時針式に回転します。正常例では、各投影面でのQRS最大ベクトルとT最大ベクトルは
ほぼ同方向に向かい、QRS-Tベクトル夾角の拡大はありません。

  下図に正常例及び右脚ブロック例での,水平面図QRS環波形とV1誘導心電図波形との関係を示します。正常例では,QRS環初期ベクトルは右前方に少し出た後、QRS環主部は反時計回りに回転して左側方に伸び、最大QRSベクトルを形成します。

 完全右脚ブロックでは、QRS環主部は正常と同様に反時針式に回転し、左側方に向かう最大QRSベクトルを形成し、QRS環終末部は伝導障害のために著明な刻時点の密集を示して右前方に向かいます。この部分はその波形の特徴からQRS環終末付加部(terminal appendage)と呼び、完全右脚ブロックの最も特徴的なベクトル心電図所見です

  片山らは、完全右脚ブロック+左脚前枝ブロックのベクトル心電図水平面図波形にはQRS環の回転方向が異なる2種類あることが明らかになりました。すなわち、水平面図QRS環が正常と同様に判事新式回転を示す型と、QRS環全体として前方に偏位肢、時針式回転を示す例です。これらの2型のベクトル心電図の実例を下図に示します(森自験例)。

 上図では、水平面図QRS環の初期部分及び主部は正常と同様に反時針式に描かれていますが,終末部は刻時点の密集を示し,右前方に突出しており、
いわゆるQRS環終末付加部(terminal appendage)の所見を示しており、典型的な右脚ブロックのベクトル心電図水平面図QRS環の波形を示しています(A型)。
他方、下図では水平面図QRS環は、上図とは異なり、水平面図QRS環は時針式に回転し,QRS環全体が前方区画に含まれており、QRS環終末部は刻時点の
著しい密集を示し、右脚ブロック所見の特徴を示しています(B型)。

 下図は片山らの完全右脚ブロックA型+左脚前肢ブロックを示す例の標準12誘導心電図です。V1では著明なR'型波形が認めますが、V2,3ではR波はさほど著明ではありません(前方成分が少ない)。

  他方、下図は完全右脚ブロック(B型)+左脚前肢ブロック例の標準12誘導心電図です。R'波(あるいはR波)がV1のみならず,全ての胸部誘導(V1-6)で著明で、QRS環全体が前方区画に含まれるというB型右脚ブロックのベクトル心電図所見とよく対応しています。

 下表に完全右脚ブロック+左脚前肢ブロックのA群(水平面図QRS環が反時針式回転を示す群)とB群(水平面図QRS環が時針式回転を示す群)の2群について、その後の経過観察により高度房室ブロック移行例及びアダムス/ストークス症候群への移行例の頻度を調査した成績をに示します。

  本来、右脚ブロックは予後がそれほど悪くない心電図所見です。片山らの研究結果においても、A型17例の経過観察期間中に高度房室ブロック例への移行例は1例(5.9%)のみで、アダムス・ストークス症候群への移行例は認められていません。他方B型(7例)からは3例(42.9%)が高度房室ブロックに移行し,アダムスストークス症候群への移行例も2例(28.6%)に認められ、両者を会わせると7例中5例(71.4%)が高度房室ブロックないしアダムス/ストークス症候群に移行しています。

 片山らの研究は、ベクトル心電図を用いた研究ではありますが、ベクトル心電図の所見は標準l2誘導心電図にもよく反映されます。従って,完全右脚ブロック例ないし完全右脚ブロック+左脚前肢ブロック例の心電図を見た際には、V1-3のQRS波形に注意し,前方成分増大が著明であると考えられる例ではB型の可能性を考慮し、注意深い経過観察を行うことが必要です。

 翻って、本例の標準12誘導心電図波形を観察しますと,完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック所見を示しており、V1-3で陽性部分が著明で,ベクトル心電図
を記録するとB型である可能性が疑われますので、高度房室ブロックないしアダムスストークス症候群への進展につて意注意深い観察を行うことが必要であるとが考えられます。

 尚、なぜB型(すなわち水平面図QRS環が時針式回転を示す例)がA型に比べて予後が悪い機序については、片山ら記載していませんが、私どもはこのような例ではは、完全右脚ブロック、左脚前肢ブロックに加えて、左脚中隔枝ブロックの関与があるのではないかと推察しています。

 以上の考察から、本例の心電図診断は下記の如くなります。
 1. 両脚ブロック (完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック) (Type Bの可能性があるため、慎重な経過観察が必要)
  2. 左房負荷(疑)

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