第1124例 左室負荷所見(V4,5のST部sagging低下)の見落とし

 目次へ 第1125例へ 

第1124例
症例:76歳、女性
臨床的事項:昨日、のどが詰まる感じ、動悸が出現したが、約10分ほどで軽快した。そのため、精査を求めて来院した。脈拍66/分、血圧152/70mmHg、 理学的所見正常。自動診断は、正常心電図と診断し、外来担当医(循環器専門医)は心電図所見としてwithin normal limit と記載し、心療内科受診を勧めた。
 皆様方の心電図診断と患者への説明、指導は?

解説
  下図に本例の心電図の解説図を示します。基本リズムは心拍数58/分の洞徐脈で、QRS軸は正常軸を示しています。P波およびQRS波には異常所見は
認められません。ST部はV4-6で軽度ですが、斜めに下降し、いわゆるsagging ST depression(下降性ST低下)所見を示しています。ST低下の諸型の内、水平型ST低下および下降性ST低下は左室負荷ないし冠不全の表現で、病的所見です。

 自動診断及び外来担当の循環器専門医は、この所見を見落として、正常心電図と診断しています。この外来担当医が考えているように、心因性の要素の関与もあるとは思いますが、特に心療内科紹介をする必要があるほど心因性異常の程度が強いとは考えられません。臨床的事項に記載したように、本例には軽症高血圧があります。心電図には左室肥大所見を認めませんが、V4-6に見るように下降性ST低下(sagging ST depression)があり、左室過負荷が認められています。

 臨床的にも軽症高血圧があり、これが本例のST低下の原因である可能性は極めて大きいと考えられます。この高血圧が、不安症状に伴う一過性のもので
あるか、あるいは持続的に高血圧があるかどうかを調べることが本例では必要です。従って、まず本例に指示するべきは家庭血圧の観察、ことに早朝起床時血圧の観察です。家庭血圧を起床時、昼間活動時、夜間安静時に測定し、高血圧があるかどうかを確認することが大切です。それと共に低Na食などのライフスタイル改善を指導することが必要です。ライフスタイル改善でも血圧が正常化しない場合には、Ca拮抗薬などの少量投与が必要になるかも分かりません。

 いずれにせよ、本例の心電図は担当医が言うような正常所見ではなく、左室負荷と診断するべき所見です。
 心電図診断:左室過負荷(V4-6のsagging ST-depression)

この頁の最初へ